6 / 10
六 夢中の舞
しおりを挟む
斯波義銀、沓掛城に入る。
太田又助は急ぎ書状を認め、清州にいる織田信長へと報じた。
「義元の言辞、弟である河内の目、輿の紋……」
信長はその書状を懐中に入れると、「舞う」と言って、寝所を出た。
濃姫も出でて、その美しい裸体の上に、羅一枚のみ、まとった。
「敦盛よ。濃、鼓を」
「……あい」
清州城、城主の間。
信長と濃姫の二人だけ。
人間五十年
下天のうちを比ぶれば
夢幻の如くなり
一度生を享け
滅せぬもののあるべきか
朗々たる信長の声。
切々たる濃姫の鼓。
二人とも、互いに言葉は交わさない。
二人とも、互いに目線を交わさない。
それでも、通じるものがあった。
……一指しの舞が終わり、濃姫は下がった。
「誰かある」
信長の声に、諸将が集まる。
敦盛は、「来よ」という符丁だった。
「これを見よ」
信長は、又助が寄越した書状を広げた。
一同、食い入るように見る。
「輿が来た」
信長は、それだけを言った。
一同、しんと静まり返る中、信長は「輿の上の敵を討て」と述べた。
「し、しかし」
「何だ、小平太」
服部小平太が、息をひそめながらも、他の同輩たちの目線を受けて、語った。
「何ゆえに斯波義銀を」
「……そうであった」
信長はひとり頷いて、かつて、政綱に語った策を開陳した。
「以上により、輿の上の敵を討てば、今川は腰砕けとなる」
信長の策に、誰一人反論する者はいなかった。
斯波義銀を討てば、今川は尾張支配の名目を失う。
その策は、ある種の安心感を信長の家臣たちに与えた。
今川義元は、音に聞こえた海道一の弓取りであり、先代・信秀の頃から何度も苦杯を呑まされている。
だが、斯波義銀ならば。
傀儡として織田信友に戴かれ、やはり織田信長にも傀儡として戴かれた男。
威張り腐るしか、能のない男。
それが、織田家中における、斯波義銀の評価だった。
……こんな話がある。
信長が、三河の吉良氏との和睦を進めるため、斯波氏の斯波義銀を前面に押し出して、上野原という地にて、吉良氏の吉良義昭と義銀の面会を設定した。
ところが吉良氏も斯波氏も足利幕府の名門同士、当然ながら義昭も義銀も自分が上と譲らず、互いに軍勢を率いて現れ、そして一町ほど離れた地点に陣を構え、そして面会をと言われても、ただ十歩のみ進み出て、文字通り面を通しただけで終わった。
「名門の出ということが、それほど大事か」
呆れ果てた信長は、義銀の放逐を決意したという。
つまり、それだけ格式張ることしかできない人間で、信長を始めとする織田家の者ならば、これを討つことは易いこととの自負がある。
「これが義元なら別だが、義銀ならば」
小平太が気勢を上げる。
「むしろ、義元を討つつもりで行け」
これは信長の台詞である。
恐縮恐縮といって、小平太は頭を下げ、一同は笑い出した。
いい雰囲気だ、と信長は満足し、出陣を命じた。
太田又助は急ぎ書状を認め、清州にいる織田信長へと報じた。
「義元の言辞、弟である河内の目、輿の紋……」
信長はその書状を懐中に入れると、「舞う」と言って、寝所を出た。
濃姫も出でて、その美しい裸体の上に、羅一枚のみ、まとった。
「敦盛よ。濃、鼓を」
「……あい」
清州城、城主の間。
信長と濃姫の二人だけ。
人間五十年
下天のうちを比ぶれば
夢幻の如くなり
一度生を享け
滅せぬもののあるべきか
朗々たる信長の声。
切々たる濃姫の鼓。
二人とも、互いに言葉は交わさない。
二人とも、互いに目線を交わさない。
それでも、通じるものがあった。
……一指しの舞が終わり、濃姫は下がった。
「誰かある」
信長の声に、諸将が集まる。
敦盛は、「来よ」という符丁だった。
「これを見よ」
信長は、又助が寄越した書状を広げた。
一同、食い入るように見る。
「輿が来た」
信長は、それだけを言った。
一同、しんと静まり返る中、信長は「輿の上の敵を討て」と述べた。
「し、しかし」
「何だ、小平太」
服部小平太が、息をひそめながらも、他の同輩たちの目線を受けて、語った。
「何ゆえに斯波義銀を」
「……そうであった」
信長はひとり頷いて、かつて、政綱に語った策を開陳した。
「以上により、輿の上の敵を討てば、今川は腰砕けとなる」
信長の策に、誰一人反論する者はいなかった。
斯波義銀を討てば、今川は尾張支配の名目を失う。
その策は、ある種の安心感を信長の家臣たちに与えた。
今川義元は、音に聞こえた海道一の弓取りであり、先代・信秀の頃から何度も苦杯を呑まされている。
だが、斯波義銀ならば。
傀儡として織田信友に戴かれ、やはり織田信長にも傀儡として戴かれた男。
威張り腐るしか、能のない男。
それが、織田家中における、斯波義銀の評価だった。
……こんな話がある。
信長が、三河の吉良氏との和睦を進めるため、斯波氏の斯波義銀を前面に押し出して、上野原という地にて、吉良氏の吉良義昭と義銀の面会を設定した。
ところが吉良氏も斯波氏も足利幕府の名門同士、当然ながら義昭も義銀も自分が上と譲らず、互いに軍勢を率いて現れ、そして一町ほど離れた地点に陣を構え、そして面会をと言われても、ただ十歩のみ進み出て、文字通り面を通しただけで終わった。
「名門の出ということが、それほど大事か」
呆れ果てた信長は、義銀の放逐を決意したという。
つまり、それだけ格式張ることしかできない人間で、信長を始めとする織田家の者ならば、これを討つことは易いこととの自負がある。
「これが義元なら別だが、義銀ならば」
小平太が気勢を上げる。
「むしろ、義元を討つつもりで行け」
これは信長の台詞である。
恐縮恐縮といって、小平太は頭を下げ、一同は笑い出した。
いい雰囲気だ、と信長は満足し、出陣を命じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる