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06 ピエトロ・ドーリアの最期

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「突撃だ! おれたちの女を、あのアドリア海の女王・ヴェネツィアを、下着一枚残して脱がすなんざ、許しちゃあおけないぜ!」
 カルロ・ゼンの放言は、乗組員らの失笑を誘ったが、拒まれたわけではなかった。
「……いいか、手前てめえら、先に受け取ったヴェットール・ピサーニからの書状のとおりにしろよ!」
 ヴェットールはカルロ・ゼン艦隊接近の報を受け、すぐさま書状を送った。
 これから行うある作戦を実行するために、友軍の「効果的」な戦いについて、指示を送ったのだ。
「まさかこんな策を採るとは」
 カルロの背後で、副官が天を仰いでいた。
 カルロは振り向いた。
「だからヴェットール・ピサーニはヴェネツィア海軍の『司令官』なのさ」
 ヴェネツィアの貴族の生まれだからこそ、ヴェネツィアの掟を、決まりを守る。
 それこそが、カルロをしてヴェットールを堅物と評した所以ゆえんである。
 だが一方で。
「あの男には何かがある。その何かがあるからこそ、こういう作戦を取れる。元首ドゥージェコンタリーニをして、全権を委ねられる」
 それから、この放埓無頼の男・カルロをして、その命に従わせられる……同じ何かをもっているからこそ。
 だがそれは、さすがのカルロも照れがあって言えなかった。
 思えば、そもそも二正面作戦を提案してきたのも、ヴェットールだった。
 ヴェットールが提案しなければ自分が提案、あるいはそれが却下されたら、ヴェネツィアではなくどこかへ去ろうとしていたカルロである。
 そんなヴェットールと艦列を並べて戦える。
 その僥倖に、カルロは震えた。
「……よしよし、おれたちの女を襲う、くそ野郎どもに、目に物見せてやろうぜ!」
 カルロが吼える。
「取り舵! そしてこのまま、ブロンドロ島へ突っ込む!」
「野郎ども! 取り舵だ!」
 副官も調子が出てきたのか、カルロと口調を合わせる。
 ヴェネツィア共和国第二艦隊が走る。

 ヴェットールは、カルロ率いるヴェネツィア第二艦隊が、ジェノヴァ陸軍の守るブロンドロ島へ突進していく姿を確認して、アンドレア・コンタリーニに目配せした。
 アンドレアは鷹揚に頷く。
「諸君。時が来ました」
 アンドレアはそこまで言って、ヴェットールに譲る。
 お飾りの司令官である以上、差し出口は慎むという腹づもりである。
 ヴェットールはアンドレアに一礼してから言った。
いかりげ、もやいけ!」
 復活したヴェネツィア共和国第一艦隊が動き出す。
 目標はキオッジャ。
 だがキオッジャ奪還が狙いではない。
「天気、晴朗! キオッジャ、至近!」
 旗艦の艦長が周囲を視認して、洋上の天気と目的のポイント――キオッジャの至近距離に達することを告げた。
 晴朗きわまるキオッジャを横目に、第一艦隊は、ブロンドロ島に気を取られているジェノヴァの司令塔、ピエトロ・ドーリアの籠る港湾施設の前を進んでいく。
「射石砲用意!」
 ヴェットールの朗々たる声が第一艦隊に響く。
 ごろごろ、と重々しい音がして、甲板に射石砲が転がされてきた。
「撃て!」
 轟音が周囲の耳をつんざき、砲弾が飛んで行った。

「射石砲だと?」
 ピエトロはわが目を疑ったが、ヴェネツィア艦隊からの砲撃を食らって、それを信じざるを得なくなった。
 この時代、射石砲はただ『虚仮威し』の道具。
 精度も何もない、至近距離で壁を崩すための花火。
 そういう認識だった。
 ところが。
「船に射石砲を載せて、しかも撃って来るだと?」
 ここまで近ければ、いかに船の上でも有効だということか。
 ピエトロが動揺している間にも、ヴェネツィアから二撃、三撃の砲撃が来る。
「莫迦な」
 気がついた頃には、ヴェネツィア共和国第一艦隊は、艦列を並べ、タイミングを合わせて斉射するようになっていた。
「このままでは」
 ピエトロが事態の不利を悟り、この場は退こうとしたその時。
「ドーリア提督!」
 ブロンドロ島にいたはずのジェノヴァ陸軍の隊長の声が聞こえた。
「何だ。退け、お前も」
 この時、ピエトロはなりふり構わず逃げるべきだった。
 だが血相を変えた隊長の様子に、思わず耳を傾けてしまった。
「ブロンドロ島が」
 カルロ・ゼンに奪還された。
 そこまで言おうとした時に。
 轟音。
 衝撃。
 破壊。
 崩落。
「な、何故」
 ジェノヴァは、勝っていたはずなのに。
 その発言は未然に終わった。
 永遠に。

 ピエトロ・ドーリア。
 ヴェネツィア艦隊の一斉砲撃を受けた港湾施設の崩落に巻き込まれ、上方からの石材に圧し潰され、そのまま命を失う。
 この世を去らんとする彼の耳に響くのは、いまだしまぬ、射石砲の轟音だった。
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