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17 八方美人のコウちゃん
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矢坂さんは、お客さんと話していた時、三十代後半だと言っていたような気がしたけれど、瑠伊さんは同級生と言っていたし、私の聞き間違い?
「アネキ、店では少しでも若く見られたいみたいで、三十代後半で通してるから。ヒロさんが同級生ってことはお客さんにバレてるし、ヒロさんも口裏合わせに付き合わされてるみたいですよ」
そういうことか。もちろん気持ちはわかる。
口裏合わせって……。瑠伊さんほどのナチュラルな人でも年齢は気になるんだ。私だけじゃないって安心したし、なんだかちょっと微笑ましい。
コウさんから、瑠伊さんが隠していたかったかもしれない本当の年齢を聞いてしまった。
「そんなに驚きました? アネキもそうだけど、葉摘さんも自分の年齢、そんなに気になるのかなぁ? 前に自分は四十だからとかなんとか、そんなことも言ってたけど」
コウさんが穏やかな顔つきで、また私のほうを覗き込んで来る。
「年齢は、正直気になります。女性は気にしない人の方が少ないと思います。誰でも若く見られたいっていうか。コウさんは男性だし、まだ三十代半ばで切実じゃないから、わからないかもしれませんけど。女心は色々……複雑なんです」
「でも四十だろうが、五十だろうが、葉摘さんは葉摘さんでしょう? 今まで生きてきたあなた自身の価値は年齢で下がったりしない。むしろ長く生きてる分上がると思うし。だから年齢のことであまり卑屈になって欲しくはないです」
私自身の価値?
今までおそらく平凡に普通に生きて来たけど、そもそも私は価値のある人間なの?
コウさんの真っ直ぐな視線が辛くなり、俯きそうになった時、繋いでいた手をコウさんにギュっとされた。
「自信持って。そのままのあなたがいいです」
そのままの私がいい? って……。
「オレ、葉摘さんとこうして一緒に過ごせて嬉しいし、楽しいですよ」
「ありがとうございます。……私もです」
コウさんは、私の欲しい言葉をくれる人。頬も緊張も緩んでしまう。コウさんみたいな人とずっと一緒にいられるなら、どんなに嬉しいことだろう。
お化け屋敷の方向へ歩きながら、コウさんから瑠伊さんたちが不妊治療を一時期行っていたことも聞いた。
「オレは姉の苦労を見て来てるんで、自分の子どもは自然の成り行きで良いと思ってます」
コウさんは独り言のような静かな口調で、喋っていて……。
それに対して、私は何も言えなかった。
繋いだままのコウさんの手の温もりを離したくはないけれど、それを望んで良いの?
ーーふたりで育てますか?
冗談よね。
◇◇◇
お化け屋敷前に着いて、調整中の立札の前でふたりで顔を見合わせた。
「あれ? やってない。惜しかったなあ。葉摘さんに、きゃあ怖い~って、ギューって腕にしがみついてもらおうと思ってたのに」
「ま、まさか、そんな理由で……?」
私にしがみついてもらって嬉しいの?
胸だって普通だし。
「お化け屋敷は、下心ありの選択です。男なんてそんなもんですよ」
どこかダークな色気を含んだ笑みを向けられて、また心臓にダメージを受けた。
「仕方がない。葉摘さん、何か他のアトラクションにしますか? それとも観覧車に乗って、遊園地は終わりにしますか?」
「あの、ふれあいコーナーを見てから観覧車でも良いですか?」
「ふれあいコーナー?」
「入り口でイベントの看板見たんです」
「ああ、小動物たちとふれあえるってやつですね。じゃあ、そこへ行きましよう」
「はい!」
ちらっとで良いから看板にあったフクロウとかうさぎとか、可愛い動物を間近で見てみたかった。そのくらいはコウさんも付き合ってくれるよね。
「葉摘さん、すごく嬉しそう。小動物好きなんですか?」
「好きです」
「……結構破壊力ありますね」
「?」
あれ? コウさん、横向いてる……引かれたかな。
ふれあいコーナーは、芝生広場の一角にあった。家族連れで大いに賑わっている。低めのフェンスの中にはたくさんのうさぎたちが放されていた。子どもたちにさわられたり軽く追いかけられたり、怖がっているかも。子どもたちに混じっていい大人女子がうさぎを追うのはさすがに憚られるので、ただ見るだけにした。
隅の方で、可愛らしい茶系のまだら模様のフクロウと、大きいオウムのような白い鳥が止まり木にいる。飼育員さんが傍にいて、家族連れになにやら特徴などを説明していた。
「あのフクロウ寝てるみたい? 触られても微動だにしない。確かに夜行性だもんなあ。葉摘さん、近くで見てみる?」
コウさんが誘ってくれた。
見たい!
頷いて、ふたりで近くに寄って行く。すぐに私たちの順番になった。
目を閉じたり半開きにしたり眠そうな小型のフクロウとオオバタンというギョロ目で大きなカーブした嘴を持つ体長四、五十センチの鳥が間近に!
可愛い!!
「この子たちは、モリフクロウのフクちゃんとオオバタンのコウちゃんです!」
という明るい女性飼育員さんの説明。
コ、コウちゃん?
思わずふきそうになって、慌てて口を手で抑えた。肩を揺らしたの、コウさんにバレた?
「……葉摘さん、我慢しないで笑っていいですよ。フクロウがフクちゃんなら、オオバタンはオオちゃんですよね。腑に落ちないなあ」
「ふふっ、そう? ごめんなさい。ふふ……」
腑に落ちないって、それ、コウさんおかしいったら。
妙にウケてしまって笑ったままでいると、コウさんも私につられたのか笑い出した。
オオバタンのコウちゃんに近づくと、コウちゃんが頭を下げて爪のあるごつい足でぎこちなく、おいでおいでーと私に何か訴えている。
「珍しい! コウちゃんが自分から頭撫でてって、意思表示してます。おねえさん、コウちゃんに気に入られたみたいです。良かったらコウちゃんの額とか嘴を優しく撫でていただいてもよろしいですか?」
「わ、私?」
おねえさん、ね。呼び方って難しいけど、お客さまで良くない?
「ぜひ、お願いします!」
飼育員さんが私にそうすすめるので、私はオオバタンのコウちゃんの額と嘴を用心深く撫でてあげた。すると、コウちゃんは大人しく頭を下げ、うっとりと目を細めて気持ち良さそうにしている。
可愛い!
「コウちゃん……」
呼びかけてしまった。
ふと横を見ると、人間のコウさんがスマホで明らかに私を撮影していた。
「や、写真?」
「いいのが撮れました。後で写真あげますね」
「ええっ……!?」
写真とか……困るのに。残るものは……。
「オオバタンは、寿命が五十年から七十年と言われてます。この子は今五歳です」
「え? すごい。オレたちより長生きするかもしれないんだ。気軽に飼えないね」
コウさんが感心している。飼うという発想はないけど、本当に一般人が飼うなら覚悟がいる。
オオバタンのコウちゃんが、足をゆっくり動かしてまた私にアピールしてきたので、もう一度額と嘴を丁寧に撫でてあげた。
「鳥さんたちは、嘴を撫でられると愛情を感じるそうです。仲良しの鳥さん同士は、嘴を擦り合わせたりもします」
飼育員さんが、さらにニコニコ説明してくれた。
嘴を擦り合わせるのは、愛情表現なのね。人間のキス……と似てる。
キス……嫌なこと思い出しちゃった。
列がいつの間にか長くなって来ていたので、私たちは、お礼を言ってそこから離れた。
名残惜しく振り返ると、コウちゃんは次に並んでいた小学校高学年くらいの女の子にも頭を下げて撫でてアピールをしていた。
え?
「サービス精神旺盛なのか、八方美人なだけか。女好きのコウちゃんめ……」
コウさんが私と同じ方を見て、ブツブツ言っているのがおかしくて、また笑ってしまった。
「葉摘さん、あんな奴とっとと忘れて、早く観覧車に行きましょう!」
コウさんは、離していた私の手をまたサッと握った。
「アネキ、店では少しでも若く見られたいみたいで、三十代後半で通してるから。ヒロさんが同級生ってことはお客さんにバレてるし、ヒロさんも口裏合わせに付き合わされてるみたいですよ」
そういうことか。もちろん気持ちはわかる。
口裏合わせって……。瑠伊さんほどのナチュラルな人でも年齢は気になるんだ。私だけじゃないって安心したし、なんだかちょっと微笑ましい。
コウさんから、瑠伊さんが隠していたかったかもしれない本当の年齢を聞いてしまった。
「そんなに驚きました? アネキもそうだけど、葉摘さんも自分の年齢、そんなに気になるのかなぁ? 前に自分は四十だからとかなんとか、そんなことも言ってたけど」
コウさんが穏やかな顔つきで、また私のほうを覗き込んで来る。
「年齢は、正直気になります。女性は気にしない人の方が少ないと思います。誰でも若く見られたいっていうか。コウさんは男性だし、まだ三十代半ばで切実じゃないから、わからないかもしれませんけど。女心は色々……複雑なんです」
「でも四十だろうが、五十だろうが、葉摘さんは葉摘さんでしょう? 今まで生きてきたあなた自身の価値は年齢で下がったりしない。むしろ長く生きてる分上がると思うし。だから年齢のことであまり卑屈になって欲しくはないです」
私自身の価値?
今までおそらく平凡に普通に生きて来たけど、そもそも私は価値のある人間なの?
コウさんの真っ直ぐな視線が辛くなり、俯きそうになった時、繋いでいた手をコウさんにギュっとされた。
「自信持って。そのままのあなたがいいです」
そのままの私がいい? って……。
「オレ、葉摘さんとこうして一緒に過ごせて嬉しいし、楽しいですよ」
「ありがとうございます。……私もです」
コウさんは、私の欲しい言葉をくれる人。頬も緊張も緩んでしまう。コウさんみたいな人とずっと一緒にいられるなら、どんなに嬉しいことだろう。
お化け屋敷の方向へ歩きながら、コウさんから瑠伊さんたちが不妊治療を一時期行っていたことも聞いた。
「オレは姉の苦労を見て来てるんで、自分の子どもは自然の成り行きで良いと思ってます」
コウさんは独り言のような静かな口調で、喋っていて……。
それに対して、私は何も言えなかった。
繋いだままのコウさんの手の温もりを離したくはないけれど、それを望んで良いの?
ーーふたりで育てますか?
冗談よね。
◇◇◇
お化け屋敷前に着いて、調整中の立札の前でふたりで顔を見合わせた。
「あれ? やってない。惜しかったなあ。葉摘さんに、きゃあ怖い~って、ギューって腕にしがみついてもらおうと思ってたのに」
「ま、まさか、そんな理由で……?」
私にしがみついてもらって嬉しいの?
胸だって普通だし。
「お化け屋敷は、下心ありの選択です。男なんてそんなもんですよ」
どこかダークな色気を含んだ笑みを向けられて、また心臓にダメージを受けた。
「仕方がない。葉摘さん、何か他のアトラクションにしますか? それとも観覧車に乗って、遊園地は終わりにしますか?」
「あの、ふれあいコーナーを見てから観覧車でも良いですか?」
「ふれあいコーナー?」
「入り口でイベントの看板見たんです」
「ああ、小動物たちとふれあえるってやつですね。じゃあ、そこへ行きましよう」
「はい!」
ちらっとで良いから看板にあったフクロウとかうさぎとか、可愛い動物を間近で見てみたかった。そのくらいはコウさんも付き合ってくれるよね。
「葉摘さん、すごく嬉しそう。小動物好きなんですか?」
「好きです」
「……結構破壊力ありますね」
「?」
あれ? コウさん、横向いてる……引かれたかな。
ふれあいコーナーは、芝生広場の一角にあった。家族連れで大いに賑わっている。低めのフェンスの中にはたくさんのうさぎたちが放されていた。子どもたちにさわられたり軽く追いかけられたり、怖がっているかも。子どもたちに混じっていい大人女子がうさぎを追うのはさすがに憚られるので、ただ見るだけにした。
隅の方で、可愛らしい茶系のまだら模様のフクロウと、大きいオウムのような白い鳥が止まり木にいる。飼育員さんが傍にいて、家族連れになにやら特徴などを説明していた。
「あのフクロウ寝てるみたい? 触られても微動だにしない。確かに夜行性だもんなあ。葉摘さん、近くで見てみる?」
コウさんが誘ってくれた。
見たい!
頷いて、ふたりで近くに寄って行く。すぐに私たちの順番になった。
目を閉じたり半開きにしたり眠そうな小型のフクロウとオオバタンというギョロ目で大きなカーブした嘴を持つ体長四、五十センチの鳥が間近に!
可愛い!!
「この子たちは、モリフクロウのフクちゃんとオオバタンのコウちゃんです!」
という明るい女性飼育員さんの説明。
コ、コウちゃん?
思わずふきそうになって、慌てて口を手で抑えた。肩を揺らしたの、コウさんにバレた?
「……葉摘さん、我慢しないで笑っていいですよ。フクロウがフクちゃんなら、オオバタンはオオちゃんですよね。腑に落ちないなあ」
「ふふっ、そう? ごめんなさい。ふふ……」
腑に落ちないって、それ、コウさんおかしいったら。
妙にウケてしまって笑ったままでいると、コウさんも私につられたのか笑い出した。
オオバタンのコウちゃんに近づくと、コウちゃんが頭を下げて爪のあるごつい足でぎこちなく、おいでおいでーと私に何か訴えている。
「珍しい! コウちゃんが自分から頭撫でてって、意思表示してます。おねえさん、コウちゃんに気に入られたみたいです。良かったらコウちゃんの額とか嘴を優しく撫でていただいてもよろしいですか?」
「わ、私?」
おねえさん、ね。呼び方って難しいけど、お客さまで良くない?
「ぜひ、お願いします!」
飼育員さんが私にそうすすめるので、私はオオバタンのコウちゃんの額と嘴を用心深く撫でてあげた。すると、コウちゃんは大人しく頭を下げ、うっとりと目を細めて気持ち良さそうにしている。
可愛い!
「コウちゃん……」
呼びかけてしまった。
ふと横を見ると、人間のコウさんがスマホで明らかに私を撮影していた。
「や、写真?」
「いいのが撮れました。後で写真あげますね」
「ええっ……!?」
写真とか……困るのに。残るものは……。
「オオバタンは、寿命が五十年から七十年と言われてます。この子は今五歳です」
「え? すごい。オレたちより長生きするかもしれないんだ。気軽に飼えないね」
コウさんが感心している。飼うという発想はないけど、本当に一般人が飼うなら覚悟がいる。
オオバタンのコウちゃんが、足をゆっくり動かしてまた私にアピールしてきたので、もう一度額と嘴を丁寧に撫でてあげた。
「鳥さんたちは、嘴を撫でられると愛情を感じるそうです。仲良しの鳥さん同士は、嘴を擦り合わせたりもします」
飼育員さんが、さらにニコニコ説明してくれた。
嘴を擦り合わせるのは、愛情表現なのね。人間のキス……と似てる。
キス……嫌なこと思い出しちゃった。
列がいつの間にか長くなって来ていたので、私たちは、お礼を言ってそこから離れた。
名残惜しく振り返ると、コウちゃんは次に並んでいた小学校高学年くらいの女の子にも頭を下げて撫でてアピールをしていた。
え?
「サービス精神旺盛なのか、八方美人なだけか。女好きのコウちゃんめ……」
コウさんが私と同じ方を見て、ブツブツ言っているのがおかしくて、また笑ってしまった。
「葉摘さん、あんな奴とっとと忘れて、早く観覧車に行きましょう!」
コウさんは、離していた私の手をまたサッと握った。
応援ありがとうございます!
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