俺の人生を捧ぐ人

宮部ネコ

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第11章 現実

現実

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 俺たちを現実に引き戻したのは、一本の電話だった。
「野上っちが?」
「わかった」
 透馬は電話を切る。
「野上がどうかしたのか?」
 野上とは透馬の仲間の一人だった。
「癌で入院してるって」
「えっ」
「命に関わるとかじゃないみたいだけど」
 そう言われてもなんとなく心配になった。
「じゃあ、行ってみるか?」
 あいつ確か年上だっけ。確かにもう誰か病気になってもおかしくない年齢だ。
「忠敏はいいの?」
「何が?」
「それならそれでいいけど」
 俺は黙って透馬にキスをした。
「お前を束縛する権利俺にはないだろ。それに俺も行くし」
「そういう意味じゃないけど」
 俺はわかっているつもりだった。だけど、何もわかっていなかったのかもしれない。

 野上は癌の摘出手術を終えて、経過観察のため入院しているようだった。病室に顔を出すと、思いのほか元気そうで安心した。
 野上は透馬が顔を出したのを見て、
「誰が透馬さんに言ったんだよ。内緒にしろって言ったのに」
 とかぶつぶつ言っていた。
「何それ。俺に黙ってる気だったわけ?」
「す、すみません。大したことないから、言うなって言っただけで」
「大したことないってたまたまでしょ。水くさい」
 野上はしきりに謝っていた。透馬のボスっぷりを改めて見ると、やっぱり慣れないなと思った。
「高橋?」
「久しぶり」
 適当に挨拶をする。そもそも俺はほとんど野上と話したこともなく、藤越の手下だってことぐらいしか知らない。
「何で一緒に?」
「ラブラブだから」
 そういうことを人前で言うのはやめてほしい。
「へ?」
 野上だって変に思ってるじゃないか。
「お大事に」
 俺はめんどくさくなって病室の外に出た。
「ちょっと忠敏」
 呼ばれても無視して病室の外で待っていた。2、3こと野上と話して透馬は病室から出て来た。
「野上っちにばれたら何か問題あるの?」
「そういうことじゃなくて、ただ単に恥ずかしいんだよ」
「ふーん」
 なんか俺が悪いような気がしてきて嫌になる。
「別にお前だからとかじゃなくて、たとえ女の子だとしても見せびらかす趣味はないんだよ」
 何を俺は言い訳してるんだと思った。
「忠敏は照れ屋だね」
 仕方ないだろと思う。そもそも今になって初めて想いが通じたのだから。そんな風に考えるとますます照れくさくなる。
 病院の外に出たら、透馬の手を握ってみた。自分からやったくせに、心臓の鼓動が高まり、抑えきれない。俺は一体何やってるんだと思った。
「忠敏?」
 透馬が俺の方を向いて来て俺は赤くなった。まじまじと顔を見つめないでほしい。
「なんかピュア過ぎない?」
「ほっとけよ」
 透馬は一週間もやりまくっててとか言うけれど、俺の中ではそういう問題じゃないのだ。
 恥ずかしいのはただ俺が透馬といるだけで心が落ち着かないからかもしれない。触れ合おうと、一線を越えようと、その感覚は変わらなくて。俺がどうにかなりそうだった。
「で、どうするんだ?」
「帰ろっか」
「でも、いいのか?」
「何が?」
「愛良ちゃんとか」
「忠敏は気に過ぎじゃない。そんなに俺以外のこと今まで構ってたっけ? 一緒に住んでから変わった?」
「そういうわけじゃなくて。ただお前の家族だからだろ」
 いくらなんでも俺たちがそのまま帰ったら、愛良ちゃんには合わす顔がない。
「俺を置いて出てくもんね。俺以上に大切なものがあるんじゃないの」
 透馬が本気で言ってるのかわからないが、心外だった。そんなこと言われたくない。
「いい加減にしろよな」
 もう公衆の面前とか気にしている場合じゃないと思って、その場で抱きしめてキスをした。
「そうやってごまかす」
「ごまかしてなんかいないだろ。お前以上に大切なものなんてあるわけがない」
 そんなこと言わせんなと思った。
「わかってるよ。ただ言ってみただけ」
 透馬が何が言いたかったのか、何がしたかったのかわからなかった。ただ俺はそれを後で後悔することになる。
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