俺の人生を捧ぐ人

宮部ネコ

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第12章 追いかけっこ

追いかけっこ

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 普通に考えたら57の大人で、子供じゃないんだからいずれ帰ってくるだろうと待っていればいいのだ。
 お互いそれぞれの人生があって、常に一緒にいる必要などないのだから。
 ただ、隣にいないのがこんなにも寂しい。あいつも同じ気持ちだと思ったのに、違ったのか?
 あの時一緒にいたのが幻のように思えてくる。俺が異常なのかもしれない。

 俺は透馬が出て行った理由を必死で考えた。昨日の夜何か言ってた。
 全部含めて俺だとかなんだとか。そういえば、あいつが俺のこと忘れていた時にも言ってた。「全部合わせて俺だよ」とか。それと関係があるのか。
 まさか俺のことを思い出して、嫌になったのか? いや、そんなはずはない。だって、あいつはすでに最初の日に俺のことを思い出していた。俺はただ気付かない振りをしていただけ。

 絶対にあいつは気付いてた。そうきっと多分きっかけは俺からしたキス。それを思い出してつい赤面する。
 今はそんなことよりあいつがどこに行ったかだ。
 俺はとりあえず中島に聞いてみることにした。
 中島は、二週間ほど前に飲み会で会ったきり見ていないと言う。
 二時間ぐらい前に何も言わずに勝手に出て行った話をすると、「別に透馬さんだって子供じゃないんだからほっといて大丈夫だろ」と言う。
 そんなことはわかってる。ただ、何か嫌な予感がするのだ。
 俺はそんな風に中島に言って、あいつを見かけたら教えてほしいと伝えた。
「それはいいけど、お前」
「え?」
「いや、なんでも」
 もしかしてばれたかなと思ったけど、そんなこと構っている場合じゃなかった。

 中島との電話を切り、とりあえず井口の学校にでも行ってみようかと思った。もう十時を過ぎている。今電話したら仕事中で嫌がられるかもしれないが、気にしている余裕はなかった。
 井口は、授業が始まる前に透馬と話したと言うのだった。
「それで、あいつはどこに?」
「関本先生に話があるって。二年一組に行ったみたいだけど」
「関本先生?」
「同級生だっただろ」
 俺は彼女のことを思い出した。何で透馬はわざわざ会いに行ったんだ?
「わかった。俺も行く」
「さすがにもういないんじゃ。帰ったんじゃないのか?」
 井口にはそう言われたが、そんなことはわかっていた。あいつが関本さんに会いに行った理由が知りたかった。もしかしてと思ったのだ。

 俺は何度か行ったことがある神奈川県の西部にある学校に車を飛ばした。
 井口は十年ほど前に、新しい小学校を創ってそこで校長をしている。今では小、中、高の一貫校になっているが、当時そんな簡単に学校なんて創れるのかと思った。
 もちろん簡単ではなかったんだろう。出資してくれる人や、他の教師を集めるために奮闘していたのは知っている。
 小五と小六で同級生だった田原も少しの間働いていたが、今は別の学校を回っているようだ。
 関本さんがあいつの学校で働いていたのはさすがに知らなかった。何で透馬は知っていたんだろう。

 俺は駐車場に車を止め、校舎の中に向かう。そういえば透馬はどうやって来たんだろう。車は乗れないはずだし。電車とバスを乗り継いでわざわざ来たのか?
 最初と比べると薄汚れてきた校舎の壁を見ながら、俺は関本さんがいるはずの二年一組の教室に向かった。
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