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王都へ
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~ユーゴ視点~
「王都へ行く、準備を頼む」
屋敷に戻るなり家令にそう告げると、彼は目を丸くした。
「え、王都に……ですか?」
「ああ。俺の気が変わらないうちに急いで準備をしてくれ」
自分でも驚いている。何年も避けてきた場所へ、こんなにもあっさり行く気になるとは思わなかった。
家令が手を叩くと、使用人たちが慌ただしく動き出す。その様子をぼんやり眺めながら、ソファに身を沈めた。
気が変わらないうちに、か。
まさにその通りだ。
王都へ行けば、過去に向き合うことになる。できれば一生関わりたくなかった。なのに、なぜだろう。今回は、行ってもいいと思えた。
……一人ではないからか。
ブランシュの顔が浮かぶ。
若い娘がアンティークを扱うはずがない。そう決めつけて、あんな言葉が口から出た。
盗品じゃないだろうな、などと。
本当に最低だ。
あの大きな目が、まっすぐ俺を睨み返してきたとき、初めて自分がどれだけ失礼なことを言ったのか思い知った。
それでも、素直に謝れなかった。
伯爵家の名を出せば、態度を変える令嬢ばかり見てきた。媚びるか、取り繕うか、そのどちらかだ。
だがあいつは違った。
俺が誰だろうと関係ない、と言わんばかりの態度。
……不思議と、それが心地よかった。
副会長が「楽しい子だ」と言った意味も分かる気がした。
売り場に立つ姿は堂々としていて、年上の商人相手に臆することもない。知識もあるし、度胸もある。なのに
――銀行に行く時はあんなに無防備だ。
しっかりしているのか抜けているのか、まるで分からない。目が離せなかった。
余計なお世話だと思いながらも、ついて行ったのは、何かあってからでは後味が悪いと思ったからだ。
……そう、自分に言い訳をしていた。
銀行を出た後、すぐにカバンを奪われたとき、心臓が跳ねた。
俺は何をやっている。
もっと早く気を配るべきだった。
追いついて男を蹴り倒したときには、妙な焦りが残っていた。あいつに何かあったら、後悔するところだった。
戻ると、壁際で俺のジャケットを抱えて待っていた。
あんな顔をして礼を言われると、調子が狂う。
素直な顔をするな。
あの威勢の良さはどこへ行った。
……どっちが本当のあいつなんだ。
王都へ行く理由を聞いたときもそうだ。
くだらない、と笑われるのを覚悟している顔だった。
誰にそんな扱いをされてきたんだ。
巾着から出てきたカメオを見た時、息を呑んだ。あれが本物なら、確かに然るべき場所に置くべき品だ。
伝手はあるのかと聞いて、あいつは胸を張って言った。
「ない!」
……放っておけるわけがないだろう!
王都であいつが一人で動けば、食い物にされる未来しか見えない。
夢見が悪い、などと理由をつけたが、本当は違う。
もう少し、あいつを見ていたいと思っただけだ。
「パートナーをしろ」と言ったとき、自分でも呆れた。
もっとましな言い方があっただろうに。
だがあいつは、呆れながらも、ちゃんと頷いた。
旅は道連れ、か。
……厄介な娘を拾ったものだ。
それなのに、なぜか悪くない気分でいる自分が、一番厄介だった。
「王都へ行く、準備を頼む」
屋敷に戻るなり家令にそう告げると、彼は目を丸くした。
「え、王都に……ですか?」
「ああ。俺の気が変わらないうちに急いで準備をしてくれ」
自分でも驚いている。何年も避けてきた場所へ、こんなにもあっさり行く気になるとは思わなかった。
家令が手を叩くと、使用人たちが慌ただしく動き出す。その様子をぼんやり眺めながら、ソファに身を沈めた。
気が変わらないうちに、か。
まさにその通りだ。
王都へ行けば、過去に向き合うことになる。できれば一生関わりたくなかった。なのに、なぜだろう。今回は、行ってもいいと思えた。
……一人ではないからか。
ブランシュの顔が浮かぶ。
若い娘がアンティークを扱うはずがない。そう決めつけて、あんな言葉が口から出た。
盗品じゃないだろうな、などと。
本当に最低だ。
あの大きな目が、まっすぐ俺を睨み返してきたとき、初めて自分がどれだけ失礼なことを言ったのか思い知った。
それでも、素直に謝れなかった。
伯爵家の名を出せば、態度を変える令嬢ばかり見てきた。媚びるか、取り繕うか、そのどちらかだ。
だがあいつは違った。
俺が誰だろうと関係ない、と言わんばかりの態度。
……不思議と、それが心地よかった。
副会長が「楽しい子だ」と言った意味も分かる気がした。
売り場に立つ姿は堂々としていて、年上の商人相手に臆することもない。知識もあるし、度胸もある。なのに
――銀行に行く時はあんなに無防備だ。
しっかりしているのか抜けているのか、まるで分からない。目が離せなかった。
余計なお世話だと思いながらも、ついて行ったのは、何かあってからでは後味が悪いと思ったからだ。
……そう、自分に言い訳をしていた。
銀行を出た後、すぐにカバンを奪われたとき、心臓が跳ねた。
俺は何をやっている。
もっと早く気を配るべきだった。
追いついて男を蹴り倒したときには、妙な焦りが残っていた。あいつに何かあったら、後悔するところだった。
戻ると、壁際で俺のジャケットを抱えて待っていた。
あんな顔をして礼を言われると、調子が狂う。
素直な顔をするな。
あの威勢の良さはどこへ行った。
……どっちが本当のあいつなんだ。
王都へ行く理由を聞いたときもそうだ。
くだらない、と笑われるのを覚悟している顔だった。
誰にそんな扱いをされてきたんだ。
巾着から出てきたカメオを見た時、息を呑んだ。あれが本物なら、確かに然るべき場所に置くべき品だ。
伝手はあるのかと聞いて、あいつは胸を張って言った。
「ない!」
……放っておけるわけがないだろう!
王都であいつが一人で動けば、食い物にされる未来しか見えない。
夢見が悪い、などと理由をつけたが、本当は違う。
もう少し、あいつを見ていたいと思っただけだ。
「パートナーをしろ」と言ったとき、自分でも呆れた。
もっとましな言い方があっただろうに。
だがあいつは、呆れながらも、ちゃんと頷いた。
旅は道連れ、か。
……厄介な娘を拾ったものだ。
それなのに、なぜか悪くない気分でいる自分が、一番厄介だった。
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