「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~

月城 友麻

文字の大きさ
188 / 193

188. 巨大な赤い目

しおりを挟む
「クハハハハ! 凄い! 凄いぞぉ!! この大いなる力、膨大な知識……全てが私のものだ! はーっはっはっは!」

 シアンの不気味な笑い声に誘われるように意識が戻ってきた。

「くっ! こ、ここは……?」

 暗闇に包まれ焦る俺。だが、上を見上げて圧倒された。そこには壮大な天の川が雄大に流れていた。無数の星々がまたたき、神秘的な光の帯が宇宙をくように横たわっている。

 どうやら俺たちはホールごといきなり宇宙へと転送されたらしい。いきなりの展開に現実感のない、まるで夢を見ているような感覚に襲われる。

 ただ――――、最悪な事態が進行していることは間違いない。世界の秩序を司る大天使が、敵の手に落ちたのだから。その事実が、宇宙の冷気れいきよりも冷たく心をめ付ける。

 ホールはゆっくりと回転しており、向こう側から何かが見えてくる。不気味ぶきみな赤茶色の光が、崩れたホールの壁から顔を覗かせてきた。その光はおだやかでありながら、底知そこしれぬ威圧感いあつかんを放っている。

 だんだんと見えてきた赤茶色の巨大な球体……そこに走る精緻な横じま模様――――、それは見まごうことのない木星だった。そう、俺たちはホールごと木星に飛ばされたのだ。

 俺は唖然あぜんとした。一体これから何が起こるのか……。ブルブルッと体が震えてしまう。

 太陽系第五惑星、木星。それは地球の千三百倍のサイズをほこる太陽系最大の惑星だ。やがて見えてくる巨大な目のような真っ赤で大きな渦――――【大赤斑】。その地球よりも大きな渦の存在感は圧倒的で、まるで生きた神のような威容いようを放っている。

「はーっはっはっは! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ! この宇宙、この全てが私のものだ!」

 シアンは狂ったように叫ぶ。その声は虚空に響き、不気味な反響はんきょうを生み出す。

 この笑い方……、ヌチ・ギだ。ヌチ・ギがシアンを乗っ取ったのだ。きっとあのビキニアーマーの子の中の意識領域にヌチ・ギは自分のバックアップを残していたに違いない。そして、シアンが近づいてきたので意識を奪ったのだ。何という抜け目なさ。本当に嫌な奴だ。

 考えうる限り最悪の展開――――。シアンは宇宙最強。それを乗っ取ったヌチ・ギはこの宇宙を滅ぼす事すらできてしまう。もはや止められる者などこの宇宙に誰もいない。その事実が胸に重くのしかかる。

 皆、言葉を失い、お互いの顔を見合わすばかり。恐怖と絶望に押し潰されそうな重い沈黙が流れる。

「さて……、諸君! とんでもない事をしてくれたな……。まず、お前だ!」

 シアンはレヴィアをにらむと、腕をカメレオンの舌のようにぐぅっと伸ばし、一気にレヴィアの胸ぐらをつかんだ。

「ぐはっ! 止めろ!!」

 おかっぱ頭の少女は何とか逃げようともがくがあらがえない。ものすごい怪力を発しているはずなのに宇宙最強には全く歯が立たなかった。

「ロリババア! お前は許さん! このヌチ・ギ様に逆らった報いを受けるのだ!」

 いやらしい笑みをこぼしながらレヴィアの身体を高々と持ち上げるヌチ・ギ。その腕から漆黒の闇がこぼれだし、レヴィアの体を包み込んでいく。

「止めろ! 何するんじゃ! 放せ――――!」

「あばよ!」

 直後、レヴィアが壊れたTVの映像みたいに、四角いブロックノイズに包まれていく――――。

「うぎゃぁぁぁ! 助けて……、誰か……!」

 悲痛なレヴィアの声がホールに響き渡った。その声には、千年の管理者の威厳いげんも尊厳も消え失せ、ただ純粋な恐怖だけが伝わってくる。

 何とかしてあげたいがどうしようもない。俺はうつむき、ギュッとこぶしを握ることしかできなかった。俺の無力さが、のどの奥に苦い味を残す。

 やがて、四角いノイズ群はどんどんとレヴィアを覆い……、消えてしまった――――。

 最後にかすかな悲鳴を残し、レヴィアの存在が虚空こくうに溶けていった。

 いきなり始まった凄惨なリンチに俺たちは戦慄を覚え、固まって動けなくなる。きっとヌチ・ギは俺たちを許さないだろう。恐怖が体をしばり付け、息をすることさえ忘れそうになる。

 静まり返ったホールの上を、巨大な木星がゆっくりと動いていく。その威容いようは変わらず、宇宙の光景は悠久ゆうきゅうの時を刻み続けている。まるで今起きた恐ろしい出来事など眼中にないかのように――――。


       ◇


「次に、ヴィーナ! お前だ!」

 ヌチ・ギはシアンの碧眼でヴィーナをにらみつける。その目には憎悪ぞうおと共に、よこしまな欲望が宿っていた。

 ヴィーナは無言でジッとシアンを見つめる。その瞳には恐怖の色はなく、ただ静謐せいひつな決意だけが映っていた。

「今まで散々かわいがってくれたなぁ! ご主人様面して! おい!」

 ヌチ・ギは腕を伸ばし、ヴィーナの腕をつかんだ。そのつかんだ指先から黒いきりのようなものがにじみ出し、ヴィーナの肌にからみつく。

 ヴィーナは顔をしかめる。

「どうだ? 振りほどくこともできんだろう。くっくっく……」

 いやらしく笑うヌチ・ギ。

 ヴィーナはただ口をキュッと結び、ヌチ・ギをにらむばかりだった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...