「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~

月城 友麻

文字の大きさ
189 / 193

189. 大いなる力には

しおりを挟む
「木星ではお前は力を使えんからな。この宇宙最強の娘には誰もかなわんだろう? はっはっは! お前の時代は終わったんだよ!」

 やりたい放題のヌチ・ギは極めて上機嫌だった。その碧い瞳からは勝利の確信と、復讐の愉悦ゆえつあふれている。宇宙の闇を背景に、乗っ取られたシアンの姿が不気味な輝きを放っていた。

 ヴィーナはピクッと頬を引きつらせると、手を振りほどこうとするが、ヌチ・ギの力は圧倒的でビクともしない。その姿は、蜘蛛くもの巣にからめ取られたちょう――――輝かしい金星の女神も、今は無力な捕虜に成り下がってしまった。

「お前の身体は一度味わってみたいと思っていたんだ。どんな声で鳴いてくれるかな? クフフフ……」

 ヌチ・ギの声には底知れぬ邪悪じゃあくさがにじんでいる。木星の赤味がかった光が、その表情をより一層不気味ぶきみに照らし出す。

 ヴィーナでもかなわないのであれば、もはや全滅するより他ない。みんな殺されてしまうのだ。想像するだけで冷たい恐怖が背筋をい上がる。ここまでようやくたどり着いたのに……。悔しさと無力感が渦巻うずまき、ほとんど息ができなかった。

「あ、あなたぁ……」

 ドロシーが俺の腕にしがみついてくる。その細い指先は、恐怖に震えていた。ほおを伝う涙が、木星の赤い光にらされて宝石のように輝いている。

 俺は優しくドロシーを抱き寄せたが……、これは、もう俺がどうこうできるレベルを超えている。宇宙の理を書き換える者に、人間の力などありほどの価値もない。

 『宇宙最強』の娘に捕らわれた女神――――。

 絶望が俺を支配し、ドロシーをキュッと抱きしめることしかできない。その温もりだけが、唯一のすくいだった。

 ところが――――、ヴィーナは軽く微笑み、静かに口を開いた。

「お前は……、勘違いをしているよ」

 その声は小さいながらも、不思議な凄みを帯びていた。まるで宇宙の深淵しんえんから響く古の声のように、威厳いげんに満ちていた。

 俺は驚いた。宇宙最強が乗っ取られてもまだ終わりではないとはどういうことなのだろうか? しかし、この凄みのある声はブラフとも思えない。サークルでもこういう時の先輩は頼りになったのだ。

「なんだその生意気な態度は!」

 険しい表情を見せたヌチ・ギは一気にヴィーナの腕をひねり上げる――――。

 ぐぁっ!

 美しい顔が苦痛で歪む。チェストナットブラウンの髪が宙に舞いあがる。

 あっ! 

 その苦しそうな声に俺はいてもたってもいられなくなる。胸の奥から湧き上がる怒りが、恐怖を押し流していく。

「止めろぉ!」

 ヌチ・ギの腕に飛びつこうと一気に距離を詰めたが――――。

 もう少しというところで、いきなり見えない壁にぶつかったように弾き飛ばされてしまった。まるで鋼鉄の壁に全力で激突げきとつしたかのような衝撃が、全身をおそう。

 グハッ!

 無様にもんどりうって転がってしまう。

「あなたぁ!」

 ドロシーが駆け寄って抱き起こしてくれるが、俺は自らの間抜けっぷりにギリッと奥歯を鳴らした。

「はっはっは! ただの人間のくせに目障りな奴だ」

 ヌチ・ギはまるで虫けらをさげすむように俺を見下ろす。

 しかし――――。

「いや、彼は結構いい仕事をしたのよ? ふふっ」

 ヴィーナは意味ありげに笑う。その笑みには、何か秘めた計画があるようなニュアンスが宿やどっていた。

「は? 私は今『宇宙最強』だ。誰も私には勝てんのだが?」

 ヴィーナをにらみつけるヌチ・ギ。しかし、その表情には一瞬、戸惑いがよぎった。彼の確信に、かすかな亀裂きれつが入り始めている。

「シアンは確かに宇宙最強。誰もかなわない」

「そう、最高だ! だから私はこの体を選んだんだ!」

 ヌチ・ギは勝ち誇ったように高らかに言い放つ。

 だが――――、ヴィーナの静かな微笑みは消えない。その目にはるぎない確信がともっていた。

「With great power comes great responsibility. 『大いなる力には大きな責任が伴う』だよ。その身体を操れるのはシアンだけだ」

 ヴィーナの声には確信が宿り、その琥珀色の目は強い光を放っていた。

「はっはっは! 何を言い出すかと思えば……。こうやって自在に操っているじゃないか! 苦し紛れもいい加減にしろ! お前に何ができる?」

 ヌチ・ギの笑い声が、ホールに反響する。

「ふふっ、その身体にはね、我々の宇宙の百万個の星の管理プロセスが走っている……。シアンは楽しそうに笑っていながらも、裏では常に百万個の星を管理してるんだよ」

 ヴィーナの声は穏やかだが、女神の威厳が、徐々に戻ってきている。

 俺は一瞬混乱した。可愛い女の子の中で星を管理するプロセスが走っている……、一体どういうことだろうか? 人間にそんなことはできない、となればシアンは人間ではない――――。

 つまり宇宙最強の少女は単なる強い存在ではなく、宇宙の管理システムそのものなのではないか? その考えが、俺の中で急速に形を成していく。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...