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     サイエンス

     無 限 小(数学)

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   アミーア・アレクサンダー 著
             岩波書店

 近代初期、ヨーロッパでは、ルターが腐敗したカトリックを糾弾したことがきっかけとなって、カトリックとそれに反対する勢力の間で戦争が起こった。宗教戦争である。

 カトリックは教皇を頂点として、世俗権力を支配していた。教条主義的で硬直した位階制からなる組織は、柔軟性を欠いていることを安定と勘違いしていた。

 現在プロテスタントと呼ばれる宗派は、これに異を唱えた者達である。しかし、この16~17世紀にかけての争いは、近代とはどうあるべきか、といった思想上の争いであり、その宗教版が、宗教戦争であった。

 それは学術の分野でも起こった。それまでヨーロッパの学術を支配していたのは、中世カトリック教会であった。古代ギリシャのアリストテレス哲学が、公認の学問であった。アリストテレスの哲学が、学問的に正しいから公認された訳ではなく、単にキリスト教会の運営上、都合が良かったから公認されたのである。

 教会に都合が良いことと、現実世界の事実は結び付かない。カトリックにとって重要なのは、教会に都合のよい世界の姿だった。そのためなら、都合の悪い世界の事実など、平気で黙殺したり改竄したりして人々の世界認識をねじ曲げてきた。

 しかし、東洋経由で羅針盤や火薬などの新技術が登場したことで、南北アメリカ大陸が発見されて、カトリックの世界認識を覆したり、火器が発明されて、これまで武の中心だった騎士が没落して、熟練を必要としない、火器で装備した農民兵が登場することで、社会の力関係に変化が現れた。

 これら新たな胎動は、既成の秩序を作り支配してきたカトリックの影響力を弱めた。カトリック独裁の元で甚だしかった聖職者や支配層の腐敗が、社会の攻撃対象となる。

 本書は、そんな時代背景の中で、数学をめぐっての近代のあるべき姿を争った者達の物語である。数学の世界では、無限小をめぐって争われた。

 その中心は、カトリックの総本山のイタリアである。コペルニクス、ケプラー、そしてガリレオなどの新勢力と、旧秩序を固守するカトリックとの間で激しく火花を散らした。

 この近代をめぐる戦いに、ローマカトリックは劣勢だった。なすすべもなかった。しかし、イエズス会の登場で状況は一変して、イタリアでは最終的に古いカトリックが勝利を修めた。

 だが、この勝利はヨーロッパ文化の中心地だったイタリアを、没落の暗黒へと投げ込んだ。ガリレオらに勝利したばっかりに、カトリックは変化する機会をいっし、旧態依然とした世界観がいよいよ蔓延はびこることとなった。都合の良いものだけを世界と偽るカトリックの学術は、世界の趨勢から取り残されていった。

 変化の中心は、アルプスの北に移った。ドイツやイギリスに代表されるプロテスタント諸国である。プロテスタント諸国はどこも似たような情勢であったが、著者は英語圏の人物なので、イギリスの状況から、古い学問から新しい科学ヘの変化を追っている。

 『リヴァイアサン』で有名なホッブスと王立協会員ウォリスの間で戦われた、無限小をめぐる論争がそれを象徴している。

 イタリアと違って、こちらでは新しい科学の信奉者である、ウォリスを始めとした王立協会が勝利した。その後、王立協会では、ニュートン、マクスウェル、ダーウィン、そして、ケルビンや最近ではホーキングなど、国外会員ではラボアジェやアインシュタインなどと、一部を取り上げて見るだけでも、科学技術を開拓した学者がずらりと並んでいる。

 もし、イタリアでイエズス会が敗れて、ガリレオらが勝利していたら、ルネサンス期以降も近現代に至るまで、イタリアがヨーロッパ文化の中心であり続けただろうと言われている。

 数学を普遍の絶対真理と見る旧勢力と、現実の自然を理解する上での、1つの道具と見る新勢力の違いが、その後を大きく分けた。

 一方は停滞と衰退を招き、もう一方は科学技術文明を創造した。

 日本はかつて高度成長からバブル経済への流れの中で、世界第2位の経済大国となり、多くの国が羨むほどの成功を見た。

 しかし、グローバル化が進んでからというもの、日本は成功した時のまま変わることが出来ず、停滞の泥濘に足を取られていると言われて久しい。その姿は、変化を拒んだカトリックが支配するイタリアのようである。

 《強いものが生き残るのではなく、変化したものが生き残る》

 よく耳にする言葉だが、どうやら本当のことのようだ。自分も変化を拒んで取り残されないように注意しようと思う。
 

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