呪法師のススメ 〜呪に偏見を抱くのは勝手だが、俺をそこらの素人と一緒にされては困る〜

春風駘蕩

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第一章:追放編

003:清々(暁の旅団視点)

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「ぐっ…! く、くそっ……くそが! あの野郎巫山戯た真似しやがって…!」


 全身に走る、声を発する事さえ真面にできなくなるほどの痺れが、ようやく弱まってきた。
 無様に地面に這い蹲り、呻き声を漏らすだけの屈辱的な姿を晒され、アレスは悔しさに歯を食い縛る。

 せめてもの救いは、ここが人目につかない深い森の中であった事か。


「あの野郎…! 自分の荷物に常に呪いをかけていたのか? 味方にまで攻撃するなんて……なんて卑劣な男だ、ラグナ!!」
「いや、流石にあれはお前が悪い……」
「ていうか、こんな事ができるならさっさとやれよあの糞野郎! 自分の為にしか使わないとか、仲間を何だと思ってやがる! 畜生が!」


 他人の荷物を奪おうとしたから返り討ちに遭った。
 そんな当たり前の結果を考えもせず、全てラグナの所為であると責任転嫁をし、アレスは憎々しげに舌打ちをこぼす。

 レッカ達はやや引いた目を向けるが、それ以上何も言わなかった。
 ラグナの存在を疎ましく、そして力を不気味に思い、追放に全面的に賛成していたからだ。

 やがて、ひとしきり騒いだ頃に、アレスはにやりと満足げな笑みを浮かべた。


「だがまぁ……これで正式に奴を排除する口実ができた。馬鹿な奴だ、反撃なんてしなきゃ最低限の立場を失わずに済んだのによ…!」


 もっと意地汚く縋りついてくるものだと思っていたが、思いのほかあっさりと去った元仲間。
 あまりにも執着がなかった為、苛立ってつい興味の欠片もない荷物も巻き上げようと思ったのが、それが自分の立場をさらに有利にするとはあの男も思いもしなかっただろう。

 後で泣きついて来てもこれで存分に追い返せる、と不敵に笑うアレスに、不意にリリィが振り向き声をかけてきた。


「……聞きたい事がある」
「あ?」
「なぜラグナを仲間に入れたの?」


 人形のような無表情のまま、不思議そうに首を傾げて尋ねてくる森人の少女。

 その質問に、アレスはむっと不機嫌そうに顔を顰めて視線を他所に逸らす。だが、疑問の視線を向けているのはレッカも同じで、アレスが目を逸らした先で訝しげに顔を覗き込んでくる。


「確かに、何であんな奴仲間に入れたんだ?」
「ラグナは嫌い。気持ち悪い。手を貸されても気持ち悪いからされない方がまし。役に立っても使いたくないから実質お荷物。なのに何故仲間にしたの? アレスが誘ったからって本当?」
「……あの屑の言う事なんか真に受けるなよ」


 納得のいく説明を求め、リリィとレッカが尋ねてくる。
 だがアレスは苛立たし気に体ごと顔を背け、拒否の言葉を吐き捨てる。折角追い出した男について問い質される事に、顔を醜く歪めて拒絶の意思を示していた。


「あいつは俺に懇願してきたんだ! 何でもします、お役に立ちますってよ! 俺も奴が嫌いだったから最初は断ったんだが、奴があんまりにしつこいもんで雑用係として雇ってやったんだよ! 俺の情けを裏切ったのはあいつなんだよ!」


 大きな声で吠え、鼻を鳴らすアレス。それ以外に事実はないのだと声を荒げ、これ以上話を続けたくなどないと子供のような駄々をこねる。
 レッカとリリィはまだ訝しげに首を傾げていたが、元々大して興味もなかった話題故に、そんなものかと適当に受け入れる。わざわざ質問しておいて、実に身勝手な理解の仕方であった。


「……ま、もうあの野郎はいないんだからいいじゃないか。正直何考えてるのかわかんねぇ不気味な奴が仲間は、落ち着かなかったところさ」
「その通りです」


 場の空気が悪くなり出した事に気付き、アレスはぱっと表情を明るくさせて三人の少女達に向き直る。
 邪魔者を排除し、見目麗しい女達に囲まれる環境を手に入れた男は、これからの楽しい日々を期待し胸を躍らせ、気付かれぬように下半身を昂らせていた。

 そしてそんな彼に、〈僧侶〉である美女はどこかうすら寒い笑みを湛えて語り始めた。


「相手は穢らわしき〈呪術〉の使い手……本来であれば捕縛し死罪にすべき醜悪な存在でした。それをアレス様に救われたというのに、恩を仇で返した性根の腐った男です。もはや情けは不要かと」
「えっと……うん、そこまでは言ってないが」
「いや、ナナハの言う通りだ。あいつは俺を裏切った。役目を疎かにして、何度も班の窮地を招いてきたんだ。本音を言えば、俺が直接殺してやりたかったよ」


 人よりも信心深い教徒にありがちな過激な発言に、レッカはこめかみに冷や汗を垂らして頬を掻く。
 そういえばナナハの属する宗教は、印象の悪い〝天職〟に対して過剰な程の弾圧を行っている集団であったな、と味方の危うい部分に対して不安を抱き、表情を引きつらせる。

 だが、引いているのはレッカだけで、アレスもリリィもナナハの言葉に深く頷きを返してみせていた。


「だが……人殺しは駄目だからな。どんな悪人だって法律で最低限命を守られてる。胸糞悪い話だぜ、あんな屑がのうのうと生きているなんて」
「お望みならば、教会の権限を以ってあの男を異端者として捕らえる事も可能ですが?」
「そこまでやらなくてもいい。どうせ誰にも必要とされない、信じられて貰えない屑だ。勝手にどこぞで野垂れ死ぬだろうよ―――もうあの町で暮らす事もままならないだろうしな」


 もうどこにいるかもわからない陰湿な男が、着の身着のままに彷徨い嘆く様を想像し、アレスははっ!と嘲笑する。
 今回の依頼に赴く前に撒いておいた種が今頃芽吹いている頃合だろう。後でどうなったか詳しく話を聞くのが楽しみだ、と内心で期待に打ち震え、そわそわと落ち着かない様を滲ませる。


「……お腹すいた」


 その時、ふっとため息を吐いたリリィがぼそりと呟き、自分の腹をさすり始める。
 彼女の声に、他の者達も自分の空腹具合に気付き、それぞれでのそりと立ち上がり出した。


「よし、ならさっさと飯にしようぜ! あいつがいなくなった記念にぱーっとやろうぜ!」
「いいねぇ! 酒も出そうか!」
「神よ、あの愚か者の脱退に感謝を……」
「早く食べたい」


 わいわいと騒ぎ、四人で一斉に荷物の中の食料を取りに向かう。
 いつも食事を作らせていた男を追い出した事だけは失態だったかもしれないが、料理程度その気になればすぐにできる、と楽観的に考え調理具を探す。




 ―――邪魔者を排除した事を喜び、状況に酔っていた四人は……いや、アレスは気づかなかった。
 クラン《暁の旅団》において最も貢献していたのは誰で、自分が如何に怠け、何もせずに彼の恩恵だけを享受していたのかを。

 それを自ら手放してしまった彼には、最早転落する以外の未来が遺されていないのだという事を。
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