呪法師のススメ 〜呪に偏見を抱くのは勝手だが、俺をそこらの素人と一緒にされては困る〜

春風駘蕩

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第四章:謝罪編

040:昔話

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 どのくらい昔の事だったか……もう随分経っちまったんで覚えちゃいねぇが、最低でも三百年は前だったかな。

 当時にゃ珍しくねぇ、貧しい父母子三人の家族の、つまらねぇ話だ。




 俺の親父は、はっきり言って屑だった。

 昔は大工だったらしいが、事故で腕を怪我してからは呑んだくれるようになり、自分の不満を他人に……特に俺やお袋にぶつけるようになった。

 それだけなら同情の余地はあったんだが……さして腕も良くなく、事故の原因も親父自身の不注意であり、どこからどう見ても自業自得の怪我であったという。

 詳しい事は親父の元仕事先の人間の機嫌が悪くなるので聞けなかったが……。
 時折聞こえてきた噂話の中にあった『浮気』だの『寝取り』だの『上司の妻』だの『部下の恋人』だの『借金』だの『横領』だのの単語で大体の事は察せた。
 齢五歳にして、俺は大人の汚い世界をこれでもかと思い知る事になった。

 うちに帰っても酒ばっか飲んで、酔っ払って俺とお袋に乱暴するような奴だったし、驚きゃしなかったがな。


 ……で、一応の一家の大黒柱の働きがなくなり、その皺寄せは俺とお袋に来る事になった。
 親父の稼ぎは親父の酒代になっていて、俺とおふくろでそれぞれ仕事をして何とか生計を保っていたんだが、その均衡は一気に崩れる事となった。

 飯は晩の分しか出なくなり、服も古いまま洗濯もままならず、俺もお袋もがりがりに痩せていった。
 そんな状況なのにあの親父は、俺とお袋の稼ぎをほとんど酒代に変えるもんだから、穴の空いた柄杓で水をすくうような状況がいつまでもいつまでも続いた。
 そんで腹が減ったと喚き、酒が足りねぇと暴れるもんで、俺もお袋も全身青痣だらけになったもんだ。

 何度殺してやろうかと思ったか。それでも血の繋がった親父なんだと、餓鬼らしく良心が働いていたけど。


 ……え?
 そんなに酷い家だったならだれかに助けを求めりゃ良かったんじゃないのかって?

 俺がその時いた村は貧しくてなぁ……他人を気遣う余裕なんかそこまでなかったんだよ。
 そもそも親父の悪名が強すぎて、関わる事すら忌避されてたからな……あの家族に関わったら破滅するぞ、近寄るな、目も合わせるな、って感じでな。

 実際、酔った親父が無理矢理押し入って、脅して金を毟り取ろうとした事もあったらしい。すぐにその家の旦那に叩き出されたそうだけど。

 ……それで捕まってないのはおかしいって?
 捕まえるまでもなく弱かったみたいよ、あの親父。それ以来やらなかったみたいだし。


 それで、あー……どこまで話した?

 あぁ、そうそう。貧しかった家がもっと貧しく大変になったんだった。
 お袋も昔はもっと誠実に見えて惚れていた男の為だって、毎日一言も文句も言わず働いていたんだが……我慢の限界に達したんかね。

 唯一自分に優しくしてくれる男がいて、そいつに悩みを相談するようになったらしいのよ。
 お袋はその頃随分窶れちまってたが、元が美人な上に若くして夫婦になったから綺麗さは残ってて、親父のものになった後も割と大勢に好かれててな。親父の目を盗んでこっそり会ってたらしいのよ。

 お袋も最初は迷惑かけられないって拒んでたらしいが……気が滅入ってたのと内心嬉しかったのとでそいつに惹かれ始めたらしい。

 ……言っておくが、お袋とその男に肉体関係はなかったぞ。ただ相談する仲だった。

 だがまぁ……親父がそれを知っちまって、怒り狂った。
 自分の物を奪う下衆と裏切った最低な女に見えたんだろうな、実際は自分がそうなのに。


 自分の妻とその相手を刃物で滅多刺しにして殺しちまったのよ。


 流石に俺も魂消たわ、家に帰ったら部屋中真っ赤なんだもの。
 お袋は本気で逢引じてるつもりなんてなかった。相手の男が何考えてたかは知らねぇが、親父をしてるつもりなんてさらさらなくて、むしろどうやったらまともになるかってのをずっと考えてたぐらいだ。

 だが、親父はそれを信じなかった。
 お袋の話す真実を、全部その場凌ぎの嘘、言い訳だと思い込んで切れちまった。


 そして親父は俺に……血塗れで横たわったお袋と相談相手を踏みつけにして、真っ赤に染まった顔で俺に振り向いてこう聞いてきた。

『お前も、俺を見下すのか……!?』

 そう言って、親父は俺にも刃物を向けて突っ込んできた。


 普通なら、ここで俺も死んで、流石に親父は殺人犯として村で捕まって、場合によっちゃ死罪になって、一家全員お陀仏って終わりなんだろうが。
 生憎うちの場合は普通じゃなかった。

 親父の凶行には、俺も日頃から不満を募らせていた。他人に何と言われようが、自分の手で殺してやりたくて仕方がなかった。
 そうしなかったのは、一度は親父を愛したお袋がそれを望んでいなかったからに他ならない。

 そしてそんなお袋の想いを踏み躙り、命を奪った親父を前にして……俺も完全に切れた。


 丁度その時だったな……俺の〝天職〟が目覚めたのは。
 俺は無意識のうちに〝力〟を発揮し、親父に向けて【呪い】を掛けた。

『地獄の苦しみを永遠に受け続けろ』っていう、今思えば甘い内容だ。

 途端に親父は腹を抑えて倒れ込み、悲鳴を上げてその場を転げ回った。
 もう完全に正気を失っていて何言ってるのかわからなかったんだが、『痛い』とか『苦しい』とか『熱い』とか『気持ち悪い』とか、いろんな苦痛を一気に味わってる事はわかった。


 それで終わったら満足だったんだが……問題はそれが俺にも襲いかかってきた事なんだよな。
 まず腹を刺されたような痛みがあって、次に全身を火に焼かれるような熱さがあって、押し潰されるような圧迫感や目を回したような気持ち悪さが襲ってきた。

〝人を呪わば穴二つ〟って言葉の通り……初めて〝力〟を使った俺は、自分自身をも呪っちまったんだ。


 それからずっと、俺と親父は苦しみ続けた。
 俺が掛けた【呪い】を解ければそれで解決したんだが、掛け方も無意識だったのに解き方なんてわかるはずもなくてな、一年くらい続いたな。

 そんでそのくらい経つと……俺はその苦しみに
 親父は未だにのたうち回ってたが、俺は最初の頃ほど苦痛を感じなくなっていた。途中で感覚が壊れたのかもしれない。


 俺はしばらく考えると、転げ回る親父を引き摺って山に入った。そして誰も入ってこない険しい谷間で行くと、そこへ親父を投げ捨てた。

 そして谷から延々と悲鳴が聞こえてくるようになるのを確認すると……そのまま家に引き返し、お袋と相談相手の亡骸を抱えて、それぞれ山に埋めてやった。
 親父に対しては特に何もしないで、二人にだけ墓を作ってそこに眠らせてやった。

 そんで俺は村の連中に何も言わず、家の中から僅かながら金目のものを持ち出して、村を出て行ったんだ。
 ……流石にそこに住み続けるのは居心地が悪かったからな。




 その後、親父がどうなったのかは知らないし興味もなかった。
 だが聞いた話によると、故郷の近くの谷からはーーー人の呻き声のような風の音が、ずっと聞こえてくるんだそうな。
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