創世の賢者【騒動誘引体質者《トラブルメイカー》な弟子と厭人師匠の旅の記録】

春風駘蕩

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第1章 師と弟子と異世界漂流者

第ニ話 自称・賢者の弟子

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「……ししょーのせいでせっかくのお客さんが逃げた」


 かちゃかちゃと棚を弄る師を睨み、唇を尖らせる。

 せっかく来てくれていたお客がいなくなっている事に気付き、その主な原因である大男を咎めるも、相手は振り向く事なく作業を続ける。
 いくつもの色鮮やかな小瓶を並べ替え、配置を変える師はやがて唸るような声を返してくる。


「人の所為にするな。お前が馬鹿をやったからだろう」
「ししょーが人前であんな乱暴な事をするから……痛いのは別にいいけど、人に見られるのは恥ずかしいんだぞ♡」
「どうやら本格的に脳が使い物にならなくなったようだな」
「すみません嘘です冗談です嫌いじゃないのは本当だけどもう二度と言いませんはい」


 ごき、と不意に振り向いた師の手が軋みをあげ、咄嗟に居住いを正す。悪乗りが過ぎた、あまり巫山戯過ぎると今度こそ頭蓋を割られる。
 師は仮面の奥の目を細め、また視線を逸らして整理を再開させた。

 厳つく鋭い、鋼鉄の腕で洒落た造りの小瓶を並べる師の姿は、やはり似合わないと思ってしまう。
 巨体を隠す怪しさの種類は、場末の店の主人向きではなく、未踏の森に現れる魔物や怪物に相応しい雰囲気だ。
 街はずれとはいえ、客の対応をするに相応しい装いでは決してない。


「…でもししょーにも問題があるとは思う。そんな見た目で接客ができるとは思えない」
「去る者は追わず……というか、繁盛して煩くなられても迷惑だ。それに、これを見た程度で去るのなら、所詮はその程度の用事だっただけの事だ」
「…客商売なめてんのかししょー」
「お前にだけは言われたくない」


 はっきりと罵倒され、思わず頬を膨らませるも、言い返せず半目でそっぽを向く他にない。魔女の女主人ごっこロールが楽しそうだからやったのは事実だ。

 はぁ、と溜息を吐き、勘定台に肘をつく。また胸が台の上に乗っかったので、顎を乗せて寛ぐ。普段は邪魔だがこういう時には非常に楽で便利だ。

 つまらなそうに台の下で足をゆらゆらと揺らしていると、不意に師が整理の手を止め、咎めるような厳しい視線を向けてきた。


「……そもそもシオンよ、俺はお前を魔術師にはならせぬと言ったはずだが?」


 その言葉に、思わずむっと眉間にしわを寄せて師を睨む。
 かーん、と脳内で何故か鐘の音がなった気がして、聞き捨てならない発言に立ち上がって抗議の姿勢を示す。


「違う、私は魔術師としての師匠の弟子……そうなるってずっと前から決めてる」
「許した覚えはないな。俺はもう弟子を取る気などない……お前はあくまでこの店の居候だ。弟子にするつもりで引き取ったわけではない」
「色々勉強とか知識とか教えてくれてるのに?」
「最低限の知識だけだ。いずれお前と俺は別れる定め……それまでに独り立ちできるようにしておくのが、親代わりの俺の義務だ。それ以外に目的などない」


 ことん、と小瓶を並び終えた師が、ぎょろりと仮面の奥の赤い目を向けてくる。
 そこにあるのは、明確な拒絶の意思とーーー何処か嫌悪感にも似た、刺々しい苛立ちの感情であった。


「お前は勘違いをしている……魔術はお前が考えているほど清らかな力ではない。今の世のこれは利己的で有害な歪な力だ。そんなものに憧れを抱くな、人生を損なう」
「ししょー……」


 このやり取りも、何度繰り返しただろうか。固く意思を口にしても一向に認めてくれない師に、半目で睨みつつ頬を膨らませる。

 物心ついた時からーーー彼に拾われ、育てられ、彼の力を目の当たりにしてきたうちに、自分もそうなりたいと思うようになっていた……それだけなのに。



 己はかつてーーー森の中で一人泣いているのを見つけ、拾われたらしい。
 親の姿は見えず、攫われたのか捨てられたのかは定かではなく、放っておけば野獣に食われ死んでいたであろう環境にいたらしい。

 偶然その地を通りがかった師は、ほんの気紛れのつもりで育てる事を決めたそうだ。
 当時の事を、師は「本当に気の迷いだった。安易な真似をするべきではなかった」と本人を前に躊躇いなく口にし、堪らず抗議の声をあげた事があったが割愛する。

 とにかくそういう経緯で、孤児の黒猫少女シオンはその者ーーー名高き魔術師、〝賢者〟と評される男に育てられる事となった。

 赤子の頃の記憶はほとんどないが、覚えている限りの間、苦痛とは無縁の暮らしであったと感じている。
 血の繋がりがなくとも、親密な愛情表現があったわけでなくとも、師がシオンを生かし育む行為を怠る真似は一度もしなかった。

 シオン自身の気質か体質か、頻繁に面倒事や厄介事を招く時があり、師はその度にシオンを叱り拳骨を落としてきた。
 そして、その暮らしの中でシオンは師が普通ではない、世間では知らぬ者のいないほどの優れた術師である事を知り、憧れを抱くようになった。

 自然な事であった。親の仕事に、恩人の行為に焦がれ、同じ道を志そうとする子供としてごく普通の思考だった。

 しかしそんな想いを、自身の夢と理想を自覚し始めたシオンが口にすると、師は一切耳を貸さず否定するようになった。

 何がそんなに嫌なのか、ならば何故師はそれになったのか。
 何度聞いても明確な答えを提示してくれず、シオンは毎日不満を募らせ、それでも諦めきれず教えを請い、理想の自分を気取り続けた。

 自身の本当の望みがどこにあるのかーーーそれを自覚しないまま、シオンは9年という月日を師の元で過ごしていた。



「……ししょー、私は」


 内に秘された、本人も自覚のない強い想い。
 それに突き動かされ、維持になって懇願を続けようとしたその時だった。

 ちりん、と扉の鈴が鳴り、とある集団が姿を見せた。





「ーーー賢者殿はご在宅かな?」
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