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2.アメリアの秘密
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王立医局に勤めるヒーラー、アメリアには秘密がある。十年前の魔の大氾濫と呼ばれる魔物の大量発生の際、活躍した紅の魔女。十七歳にして溢れ出た百万もの魔物の半分を殲滅し、国土の三割を焼いたとも焼かなかったとも噂されている。
魔物の半分を焼き払ったのは事実だが、国土はちょっとだけ焦がした程度である。国は紅の魔女が名乗り出るのであれば多額の報奨金を与える、と募ったのだが集まったのは偽物ばかり。本物は現れず、紅の魔女は国を救った伝説的魔女として今もなお語り継がれている。
その紅の魔女ことアメリアはめんどくさいの一言で身分を隠し攻撃魔法を操る魔女とは正反対の王立医局でヒーラーとして過ごしているのだ。正体を知っているのは使い魔のルルと医局長のナターシャくらいである。
ヒーラーでいることに窮屈さは感じなかった。元々世話焼きなところはあるし、人の役に立つことは気分がいい。関わる人にお節介を焼きながらも過ごす医局での生活は楽しいものだった。
だが、いくらヒーラーとして過ごしていても持って生まれた魔法の才覚は隠せない。治癒魔法であっても難なく使いこなしたアメリアは着実に評価され、今では医局の筆頭ヒーラーとして名を連ねているのだ。
アメリアが応接室を出ると、そこにはたった今来たばかりと言った様子の中年女性が立っていた。ふっくらとした体つきが包容力を感じさせるその人が王立医局長のナターシャだ。
「局長」
「アメリア。お疲れ様、コーネリアス王子とはうまくいきそう?」
「さあ。病は気からというか、治さないといけないのに治るわけないなんて治癒魔法を下に見て、ちょっとかんに障っちゃいますよ」
アメリアが少しおどけた調子で言ってみせれば、ナターシャはたしなめるようにアメリアに答える。
「王子の体質も関わっているから懐疑的になるのもしかたないわ。元々治癒魔法の効きづらい特異体質、傷の治りは自然治癒に任せるしかないばかりの方ですから」
「だとしてももう少しこちらに気を遣ってもいいんじゃないですかね。あんなんじゃあ貴族のご令嬢なんてみんなヘソを曲げちゃいますよ」
「確かに、そろそろ王子も二十五歳になられるし、婚約を結ぶ頃合いだけど。そんな事を言いふらしたらあなた連れていかれるのは療養地じゃなくて牢屋かもしれないわよ」
「うーん、それは勘弁してほしいかも……」
局長のナターシャと医局の待機室に戻れば、王子療養の噂を聞きつけた後輩達が口々にアメリアに話しかける。
「お疲れ様です、アメリアさん。聞きましたよ、コーネリアス王子への療養計画のこと。王命で指名されるなんてもう誉ですよ~!」
王子療養の他にも拝命していることがあるのだが、それを言うと面倒になるからアメリアは黙っておく。代わりに、自分がしばらく留守にする医局のことを口にした。
「ありがとう、でもこの忙しい時に王子一人に私がつきっきりなんて、もっとやれることは多いでしょうに」
「さっすがアメリア先輩、こんな時でも治療を求める人達を案ずるお考え! やっぱり尊敬しちゃいます~」
「そんなんじゃないわよ。私がいなくてもみんな怪我人の治療や介抱、回していけるかって心配してるの」
「確かに先輩の受け持ちって私達の担当の三倍ですもんね」
アメリアは卓越した治癒魔法の力があるが、それを鼻にかけるような驕った態度は一切取らない。そして先輩後輩にかかわらず礼節の取れた態度で人に接する。そのしっかり者な立ち振る舞いと確かな実力から、先輩後輩問わず医局の皆から慕われているのだ。
「でも安心してください、アメリア先輩の担当はきっちり引き継ぎも済んでます! とはいえこの前の魔物掃討の怪我人が多いから、しばらくは仮眠室が家になっちゃいますけど」
明るく後輩が言ってのける後ろで、パンパン、とナターシャが手を叩いて注意を向けさせる。
「こらこら小ヒバリちゃんたち。元気にさえずるのもいいけど仕事はちゃんと取り組みなさい? ほら、様子を見ておいで!」
ヒバリのように賑やかだった後輩達が蜘蛛の子を散らすようにそれぞれ担当している怪我人なりフロアなりに早足で向かう。
相変わらず賑やかなことだとアメリアが息を吐いていれば、ナターシャがアメリアの肩に手を置いて信頼した眼差しを向ける。
「ともかく、あなたには期待してるわ。王子療養含め、王命の完遂はきっとできると信じています」
「ありがとうございます、ナターシャ局長。期待を裏切らないよう、尽力して参ります」
「リムネアに着いたら手紙の一つでも寄越してちょうだい。すぐに返事が書けるかはわからないけど、あなたの活躍を見守っているわ」
「はい」
「それと」
ナターシャはふっと笑みを湛えてアメリアを見やる。その表情は、どこかおかしげだ。
「くれぐれも、あなたの正体がバレるようなことはしないようにね。カッとなるとすぐに攻撃魔法を使っちゃうんだから、あなた」
自分の欠点を心配され、あはは、とアメリアは空笑いをして答えた。
「気を付けまーす……」
こうして、元紅の魔女ことアメリア、今は王立医局筆頭ヒーラーのアメリアは療養地リムネアへと旅立つことになったのである。
魔物の半分を焼き払ったのは事実だが、国土はちょっとだけ焦がした程度である。国は紅の魔女が名乗り出るのであれば多額の報奨金を与える、と募ったのだが集まったのは偽物ばかり。本物は現れず、紅の魔女は国を救った伝説的魔女として今もなお語り継がれている。
その紅の魔女ことアメリアはめんどくさいの一言で身分を隠し攻撃魔法を操る魔女とは正反対の王立医局でヒーラーとして過ごしているのだ。正体を知っているのは使い魔のルルと医局長のナターシャくらいである。
ヒーラーでいることに窮屈さは感じなかった。元々世話焼きなところはあるし、人の役に立つことは気分がいい。関わる人にお節介を焼きながらも過ごす医局での生活は楽しいものだった。
だが、いくらヒーラーとして過ごしていても持って生まれた魔法の才覚は隠せない。治癒魔法であっても難なく使いこなしたアメリアは着実に評価され、今では医局の筆頭ヒーラーとして名を連ねているのだ。
アメリアが応接室を出ると、そこにはたった今来たばかりと言った様子の中年女性が立っていた。ふっくらとした体つきが包容力を感じさせるその人が王立医局長のナターシャだ。
「局長」
「アメリア。お疲れ様、コーネリアス王子とはうまくいきそう?」
「さあ。病は気からというか、治さないといけないのに治るわけないなんて治癒魔法を下に見て、ちょっとかんに障っちゃいますよ」
アメリアが少しおどけた調子で言ってみせれば、ナターシャはたしなめるようにアメリアに答える。
「王子の体質も関わっているから懐疑的になるのもしかたないわ。元々治癒魔法の効きづらい特異体質、傷の治りは自然治癒に任せるしかないばかりの方ですから」
「だとしてももう少しこちらに気を遣ってもいいんじゃないですかね。あんなんじゃあ貴族のご令嬢なんてみんなヘソを曲げちゃいますよ」
「確かに、そろそろ王子も二十五歳になられるし、婚約を結ぶ頃合いだけど。そんな事を言いふらしたらあなた連れていかれるのは療養地じゃなくて牢屋かもしれないわよ」
「うーん、それは勘弁してほしいかも……」
局長のナターシャと医局の待機室に戻れば、王子療養の噂を聞きつけた後輩達が口々にアメリアに話しかける。
「お疲れ様です、アメリアさん。聞きましたよ、コーネリアス王子への療養計画のこと。王命で指名されるなんてもう誉ですよ~!」
王子療養の他にも拝命していることがあるのだが、それを言うと面倒になるからアメリアは黙っておく。代わりに、自分がしばらく留守にする医局のことを口にした。
「ありがとう、でもこの忙しい時に王子一人に私がつきっきりなんて、もっとやれることは多いでしょうに」
「さっすがアメリア先輩、こんな時でも治療を求める人達を案ずるお考え! やっぱり尊敬しちゃいます~」
「そんなんじゃないわよ。私がいなくてもみんな怪我人の治療や介抱、回していけるかって心配してるの」
「確かに先輩の受け持ちって私達の担当の三倍ですもんね」
アメリアは卓越した治癒魔法の力があるが、それを鼻にかけるような驕った態度は一切取らない。そして先輩後輩にかかわらず礼節の取れた態度で人に接する。そのしっかり者な立ち振る舞いと確かな実力から、先輩後輩問わず医局の皆から慕われているのだ。
「でも安心してください、アメリア先輩の担当はきっちり引き継ぎも済んでます! とはいえこの前の魔物掃討の怪我人が多いから、しばらくは仮眠室が家になっちゃいますけど」
明るく後輩が言ってのける後ろで、パンパン、とナターシャが手を叩いて注意を向けさせる。
「こらこら小ヒバリちゃんたち。元気にさえずるのもいいけど仕事はちゃんと取り組みなさい? ほら、様子を見ておいで!」
ヒバリのように賑やかだった後輩達が蜘蛛の子を散らすようにそれぞれ担当している怪我人なりフロアなりに早足で向かう。
相変わらず賑やかなことだとアメリアが息を吐いていれば、ナターシャがアメリアの肩に手を置いて信頼した眼差しを向ける。
「ともかく、あなたには期待してるわ。王子療養含め、王命の完遂はきっとできると信じています」
「ありがとうございます、ナターシャ局長。期待を裏切らないよう、尽力して参ります」
「リムネアに着いたら手紙の一つでも寄越してちょうだい。すぐに返事が書けるかはわからないけど、あなたの活躍を見守っているわ」
「はい」
「それと」
ナターシャはふっと笑みを湛えてアメリアを見やる。その表情は、どこかおかしげだ。
「くれぐれも、あなたの正体がバレるようなことはしないようにね。カッとなるとすぐに攻撃魔法を使っちゃうんだから、あなた」
自分の欠点を心配され、あはは、とアメリアは空笑いをして答えた。
「気を付けまーす……」
こうして、元紅の魔女ことアメリア、今は王立医局筆頭ヒーラーのアメリアは療養地リムネアへと旅立つことになったのである。
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