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しおりを挟む雲ひとつない澄んだ青空を見上げる。テラスの様子は昨日から何ひとつ変わっていない。
「注文取りに来た店員じゃないのか?」
「違う。」
向かいで文庫本を開きながら嫌味のように長い足を組む宝に葉津希は首を振った。テラスから店内を見渡すも昨日の店員はいなかった。今日は出勤じゃないかもしれない。宝に面白がられる面倒くささよりもあの店員をもう一度見たいという気持ちの方が強かった。
「なにがそんなに気になるんだ。」
首を傾げる宝は心底不思議そうだ。確かになにがそんなに気になるのか葉津希にもわからない。葉津希は力なく首を振りながら口を開く。
「わからない。奈津希と喧嘩して気が立ってたのもあるとは思う…」
「でも普段絶対そんな面倒事に首突っ込まないだろ?」
宝のいうことはごもっともすぎている。頭を悩ませても答えは出てこない。
「お待たせしました。」
ふいに聞こえてきた声にふたり同時に振り向く。葉津希は思わず息を呑んだ。ネームプレートには〝SAKAKI〟の文字が並んでいる。店員は葉津希の目を見て微笑む。あの穏やかで綺麗な笑顔だ。
「昨日はどうもありがとうございました。ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。こちら店長と私からです。」
丁寧な動作で店員は注文したコーヒーとチョコレートケーキをテーブルにセッティングしていく。ツヤツヤとしたケーキは散らばった小さな金箔が輝いている。葉津希はあっけに取られていた意識を手繰り寄せ慌てて店員に向き直る。
「すいません、。気を使わせてしまったみたいで…いいんですか?」
謝る葉津希に店員は一瞬目を見開き驚いた表情を作ってすぐに笑顔に戻る。
「はい。お客様は助けてくださったのにこちらはなにもできず…」
「あれは俺が勝手にしたことなので、」
「本当にありがとうございました。では、ごゆっくりお過ごしください。」
一度深々とお辞儀をし、店員は店の中に戻って行った。余韻が残る。店員の認識の中に自分があることに葉津希は無意識に喜びを感じていた。
「…あれか。」
はっと意識を取り戻し葉津希はやっと宝を視界に入れた。案の定ニヤニヤと趣味が悪い笑顔を浮かべた宝が店内に顔を向けている。葉津希は軽い力で宝の足を蹴った。
「お前、楽しんでるだろ。」
「楽しいにきまってるだろ!〝親友〟の恋だぞ?しかもあの河嶋・葉津希の。さらに相手は綺麗な男。久しぶりにわくわくしてきたな。」
「宝、お前なぁ…」
葉津希の軽蔑の視線とため息は宝には届かない。でも宝の言い分もわかってしまう自分がいた。葉津希は基本的に他人に興味がない。友達はいるが宝ほど心が許せる人はいない。恋人と呼ばれるものも向こうから好きだと言われて付き合ったことはあるが大体数ヶ月が葉津希が振られてしまう。〝好きな人〟がどういうものなのか葉津希はまだ理解していなかった。
「恋とか、正直よく分からない。」
ぽつんとつぶやいた言葉は宝の笑顔をより鮮やかに彩った。この男は本当に性格が悪い。宝にきゃーきゃー歓声を上げる女子たちにこの姿を見せてやりたかった。
「葉津希は女心が分からないからな。淡白すぎるんだよ。」
ちゃっかり自分の分も出されたチョコレートケーキをつつきながら宝は葉津希に指を刺す。
「淡白ね、」
歴代の元カノから振られるときに絶対に言われる単語。あなたは私のことが好きじゃないでしょ?と何回言われたか分からない。実際葉津希は本当に好きで大事にしているつもりなのに相手には伝わらないらしかった。
「1番と2番に向ける過保護さを彼女にも出せばいいんだ。簡単だろ?」
「まだその呼び方してるのか?」
宝は奈津希と志津希を必ず数字で呼んだ。宝以外にそんな言い方されたらブチ切れる自信があるが目の前の男は言っても聞かないから葉津希はもう諦めている。
「奈津希と志津希はまた別だ、俺の中では。」
「出たよ、異常愛。」
からからと笑う宝を睨みながら葉津希はもう一度机の下で足を軽く蹴る。宝はびくともせず肩をすくめた。
「まぁ、でも…気になるんだろ?連絡先ぐらい聞け。」
眼鏡をくいっと上げて宝はもう一度チョコレートケーキにフォークを突き刺した。
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