君に愛を

河嶋 亜津希

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遠くに行ってしまう。追いかけても追いかけても追いつかない。葉津希がいくら叫んで求めてもその手では掴めない。

『父さん…母さん、待って!』

遠くにいる両親は葉津希を振り向いてとても優しい笑顔を向けた。

『何もっ、!何もわからないんだ、、どうしたらいい?なにをしたらいい?奈津希も志津希も進む道が分かってるのにっ!』

このままひとりになってしまう。葉津希の叫びは届かないのか両親は微笑んだままなにも言ってくれない。葉津希はだんだん息が苦しくなってきた。

〝大丈夫。〟

母の口がそう動いて誰かに肩を叩かれた。あぁ、そうか。俺にはこの人がいるんだ。俺はもうこの人に落ちていてこの人を手に入れたいと望んでいる。咲樹は俺の生きる意味になるかもしれない。

「…さか、き…」

「葉津希くんっ、葉津希くん。」

ベッドに腕をついて寝ていた葉津希の肩を咲樹は優しく叩く。葉津希ははっと顔を上げた。見上げると咲樹と目線が絡まる。

「だい、じょうぶ?…うなされてた。」

心配そうに眉を下げる咲樹は葉津希の髪にふらりと触れた。咲樹の指が優しく葉津希を撫でる。

「顔色、良くなったな…」

葉津希はほっと息をついた。外はすっかり真っ暗でベッドサイドの小さな朱い灯りだけが灯っている。窓の外からはぴゅーぴゅーと甲高い風の音が響く。葉津希は咲樹と同じように手を伸ばしてぽんと頭に触れた。

「なにか食べられそうか?」

葉津希は立ち上がってぱちんと電気を付ける。蛍光灯の白い光が部屋を照らした。

「食欲、ない…」

咲樹は力なく首を振る。顔色はだいぶ回復したように見えるがまだ体は辛いらしい。咲樹の首に手を伸ばして触れるとまだ少し体温が高かった。制服のズボンに入った携帯を取り出すと19時ちょうど。まだ少し早いかもしれないが薬を飲ませた方がいい。葉津希はうーんと頭を悩ませる。とりあえずローテーブルに置いてあるスポーツドリンクの蓋を開けて咲樹に手渡した。

「開けれる、のに…」

「俺がしたいからしてるんだ。まだ熱あるから薬飲んだ方がいいけど、なにか食べないと。」

葉津希は冷蔵庫に移動して3つに繋がったゼリーを取り出す。ベッドに座る咲樹に蓋をとってひとつ渡すと不思議そうに葉津希を見つめた。

「りんご、ぜりー…?」

「なにか食べないと薬飲めないだろ。苦手か?」

「ううん。1番、好きこのりんごゼリー」

プラスチックのスプーンの袋を破って手渡すと咲樹はゆっくりと口にゼリーを運ぶ。小さい頃3人同時に風邪をひくと必ず父が買ってきたどこにでもある普通のゼリー。甘えて母に食べさせてもらったことも奈津希と志津希はぶどう味が好きだからりんご味が好きな葉津希はいつも文句を言って父を困らせたこともよく覚えている。次の日に父が他の味のゼリーやプリン、ヨーグルトまで買ってきてこんなに買ってきても食べきれないと母に咎められていた。葉津希が忘れられない家族の時間。あの頃はいつも家族がそばにいて、奈津希と志津希が隣にいた。あの頃に戻れるなら両親が生きていた頃に全てを記録しておきたかった。あんな幸せもう葉津希には巡ってこないかもしれない。ゆっくりとゼリーを食べる咲樹を葉津希はじっと見つめた。

「ごめん、なさい…いろいろ」

まっすぐと咲樹は葉津希を捉え謝る。葉津希は優しく首を振った。どうすれば目の前の人が葉津希を受け入れ、葉津希の行為を許してくれるのか葉津希はそればかり考えている。咲樹はゆっくりとゼリーを完食し葉津希は頃合いをみてあのポーチから薬を取り出す。

「この薬、昨日俺が飲んだものだよな?」

緑色のカプセルには一回一錠と目立つように書かれなんだか禍々しい。錠剤を押し出して咲樹に渡すと素直に受け取った。

「ごめんね、勝手に…すごく熱、高かったから」

「いいんだ。俺はすぐ効いたから助かった。店で飲んだのに熱、下がってないな。」

「うーん、…僕よく頭痛があるから、効かなくなってるの、かな?」

苦笑いを浮かべる咲樹に葉津希の心臓はぎゅっと痛くなった。カフェで見た凛とした咲樹とのギャップで今目の前にいる咲樹は震えながらひとりで必死に立とうとしているように感じる。葉津希が無理矢理店長に頼んで咲樹を連れて帰らなければあのまま薬を飲んで咲樹はまたあの姿に戻らなければならなかった。葉津希は痛む胸の内を誤魔化すように咲樹の頭に触れる。

「は、づきくん、?」

「明日病院行こう。土曜日だし学校休みだから俺もついて行く。午前中なら診療してるはず」

自分でもどうしてそこまで咲樹が気になるのかわからなかった。だけど放っておけない。咲樹は葉津希の言葉を噛み締めた後勢いよく首を振った。

「やだっ、だめだめだめ…今日もバイト休んでるしっ明日もバイトだし、迷惑かけたくないし、まずそもそも葉津希くんには関係ないし、」

咲樹の拒否は激しかった。譫言のように嫌だ駄目だと繰り返す咲樹はだんだんと呼吸が上擦ってくる。葉津希は思わず咲樹の体を抱き寄せた。落ち着かせるように背中を優しく撫でる。

「大丈夫、大丈夫だから。咲樹さん、落ち着いて。…でも咲樹さんが心配なんだ。俺のわがままでごめん、…熱下がってたら午後からバイト行ってもいいから。」

「はづき、くん?」

「お願い。咲樹さん。俺のわがまま聞いてほしい。」

咲樹の腕が遠慮がちに葉津希の背中に回る。ぎゅっと咲樹が葉津希に抱きついて声には出さずこくんと頷いた。葉津希はほっと息をつく。腕の力をぎゅっと込める。大丈夫と母が葉津希に掛けた言葉を葉津希は胸に仕舞い込んだ。
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