妹は、悪いモノに取り憑かれたようです。

仙道佳帆

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第三章/駄目なんです。

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「ただいま~!」
 玄関のほうから聞こえてきた声に、思わず緊張してしまう。ドアに近づいて聞き耳を立ててしまいそうなのを、ぐ、っとこらえて、俺は机に向かった姿勢のまま息を潜めた。
 軽く小気味よい足音が、階段を上がってくる。妹の部屋は、俺の部屋の正面に位置していた。だから、ドアの前で立ち止まる気配がしても、まさかこちらをノックする、とは咄嗟に考えない。とんとん、と叩く音が響いた瞬間、俺は本気で椅子から飛び上がった。
「お兄ちゃあん、いる? 入っていい?」
「あ、ああ」
 椅子ごと振り向き、思わず膝に拳を置いてかしこまってしまう。
 ドアを開けるなり、ずみは屈託のない口調で訊ねた。
「お兄ちゃん、授業中、居眠りしなかった?」
「……してない」
「それじゃ、保健室使わせてもらったんだ」
「…………使ってない」
「え? じゃあ、けっきょく寝なかったの?」
「……そうみたい、だな」
「そうみたいだな、って……もう」泉澄は呆れた様子で、溜息をつく。「それじゃ、早く寝た方がいいよ。お兄ちゃん、ご飯の前にお風呂、入ったら?」
「え? ご飯の前に、って……」
「それだけ寝不足だったら、ご飯を食べたらそのまま寝ちゃうかも知れないよ。今のうちに入ったほうがいいよ」
「で、でも……今から泉澄、入るんだろ?」
 ――うん。だから、一緒に入る?
 一瞬、頭の中で妄想が弾ける。顔が熱くなったが、当然だけど、実際に泉澄が返したのは違う台詞だった。
「私はあとでいいよ。あ、でも、早めに上がってね?」
「……じゃあ、入るよ。うん」
 泉澄はにっこりと笑って、部屋を出る。


 手早くシャワーを浴びながら、俺はずっと、泉澄のことを考えた。
 ……あいつ、なんであんな平気な顔でいられるんだ?
 さっき、泉澄は秘めていた想いをゆいに告白させられている。挙げ句の果てに、俺の姿を妄想しながら絶頂に導かれた。俺がもし泉澄と同じ立場だったら、すぐには顔を合わせられない。
 油断するとすぐに勃ちそうになる逸物に悩まされても、思案は止められなかった。
 ――もしかしたら泉澄は、ずっと昔から、そうやって態度を繕っていたのかも知れない。
 だから、惟花に想いを暴かれた直後でも、まだ俺の前で装う術を体得している。だが、そうやって考えるとなおさらに、言いようのない感情が胸の奥に湧いてきた。
 よその家の話を聞くと、きょうだいは必ずしも仲がいいわけじゃない。それに比べれば、俺と泉澄は良好な関係を築いている、と思っていた。
 でも、もしかしたら、近すぎたんだろうか。
 近すぎたせいで、普通なら兄に対して抱くはずのない感情を抱いてしまったのかも知れない。よその異性のきょうだいと同じように、ランドセルを背負わなくなる頃から、少しずつ距離を置くべきだったんだろうか。
 或いは、自分で思っていたよりも、隔たっていたんだろうか。
 喧嘩することなんか皆無で、一緒に出かけることも抵抗はない。けれど、それは俺の一方的な思い込みで、泉澄のほうは俺に対して屈折した感情がどこかにあったのかも知れない。それがいつしか、本来は許されない想いに行き着いてしまったんだろうか。
 ――俺は、どうすれば良かったんだろうか。
 ――俺は、どうするべきなんだろうか。
「――お兄ちゃ~ん?」
「ふはひっ?!」
 不意の呼びかけに、奇声が漏れてしまった。曇りガラスの向こうで、泉澄がびくん、と身をすくめているのが見える。
「わ……ビックリした。どうしたの? もしかして、居眠りしてた?」
「いや、その……ちょっと、考え事してた。もう上がる」
「じゃあ、リビングで待ってるね。声かけて」
 解った、と返すと、浴室のガラスにうっすら見えたシルエットが薄れていった。
 普通ならすぐにドアを開け閉めして出て行く気配がするはず、なのに、一瞬間が残る。何故かドギマギしてしまう俺をよそに、泉澄の気配は、脱衣所の入口の辺りで停滞していた。
「……泉澄、何やってるんだ?」
「え――あ、ううん。何でもない」
 慌てた様子で応えると、泉澄はそそくさと出ていく。
 ぼーっと考えてるうちに、どこまで洗ったのか解らなくなっていたけど、急いでシャワーを浴び泡を流した。浴室を出ると、軽く足許がふらつく。考え事に夢中になりすぎて、少しのぼせたみたいだった。
 服を着てリビングに行くと、ソファで膝を抱え、スマホを眺めている泉澄に声をかける。「悪かったな。もういいぞ」
 すぐに返事がなかった。スマホをタップするでもなくスクロールするでもなく、表示された何かをぼんやりと眺めている。
 もういちど呼びかけようとした矢先、おもむろに振り向いて、泉澄は言った。
「あ……私、やっぱり、あとにする」
「へ?」
「ごめんね、急がせちゃったのに」
「あ……いや、それはいいんだけど……泉澄は平気なのか?」
「んー……大丈夫。あとでゆっくり入るよ」
 泉澄は急にスマホの上に何度も指を滑らせたかと思うと、腰を上げる。心持ち駆け足で、階段を登る音が聞こえた。
 やっぱり、ちょっとだけ様子がおかしい。
 でも、俺はその違和感に、却って安堵を覚えた。どうやら泉澄にも、多少はわだかまりがあるらしい。



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