妹は、悪いモノに取り憑かれたようです。

仙道佳帆

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第三章/駄目なんです。

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 一回生の教室が並ぶ一角に近づくにつれ、大勢の声がリズミカルに唱和する、賑やかな響きが聞こえてきた。声の塊の中に、耳に馴染んだずみの声も重なっているのが解って、俺は少しだけ安心する。
 ドアの小窓から、一年B組の中を覗きこんだ。部員たちと思しい数人の男女が、等間隔で横に並んで発声練習をしている。背筋を伸ばし、腹から声を出す姿が爽やかで、部活と縁のない俺にはなんだか眩しかった。
 泉澄は奥のほう、ゆいと肩を並べて声を上げている。セミロングの髪を、珍しくアップにして束ねていた。声を張るたびに、ぴょこんとした毛先が弾むのがやけに可愛い。
 思わずしばし見入っていると、ふ、と視線を動かした泉澄と目が合った。驚いて目を見開いたあと、はにかんで、小さく手を振る。動揺したけれど、無視するのも悪いから、俺も同じようにこっそりと手を振った。
 途端、惟花とも目が合ってしまう。
 一切の遠慮なしに、ぶんぶかと大きく手を振ってきた。当然、ほかの部員も気づいて、こちらを見やる。
 さすがに居たたまれなかった。逃げるようにきびすを返そうとした矢先に、背後でドアが開いて、やたらと小柄な女子学生が現れ俺を呼ぶ。
「泉澄ちゃんのお兄さんですよね? 泉澄ちゃんに用があるんじゃ?」
「あ……いや、特に用があるわけじゃ……ちょっと、妹が部活でどんな様子なのか、気になっただけなんで……」
「いいですよ。中に入って、見学してってください!」
 急な提案に、俺は思わず後ずさった。「い、いや、俺……確かに無所属だけど、演劇に興味があるわけじゃないし……」
「遠慮しないでいいですよ! 演劇は、ひとに見てもらってナンボですから、稽古でも第三者の目があるほうがありがたいんです!」
 ぽんぽん、と肩を叩き、教室へと促される。振り払うのも悪い気がして、誘導されるまま、ドアを通ってしまった。
「わたしは部長のそうもと、二回生です。とりあえず、その辺に座って見ててください!
 あ、気が乗らないなら大丈夫ですよ、遠慮しないで帰っちゃっても。わたし、いつも勝手に動いちゃってうざがられるんです。強引すぎましたよね? ごめんなさい」
「あ、いや……」
 ひとの話を聞かない――と言うより、俺の切り返しも予測し、先回りして次の質問に移しているらしい。確かにひとによってはうざがられそうだが、はしっこく、しっかりした部長みたいだった。
 部員たちの好奇の視線を感じながら、部長が差し出した椅子に座る。散漫になった空気を、部長の拍手が軽く引き締めた。
「じゃあ、せっかく観客もいることだし、今日は準備運動のあと、エチュードを試してみようか!」
 おお、という微かなどよめきが挙がる。俺がひとり首を傾げているのを察したのか、部長は親切に説明を加えてくれた。
「エチュードは、音楽の世界だと“練習曲”なんだけど、演劇の世界では“即興劇”。台本なしで、それぞれの配役に合わせて即興で演技をすることなんです。
 自分が演じてるひとは、こういうことを言われたらどんな感情になるか、どういう行動をするか、っていうのをきっちり考えるから、役作りの訓練になるし、台本のある舞台でトラブルが起きても、アドリブで対応する力がつくんです。
 身内でやってる分には、間違えてもやり直せば済みますけど、お客さんを入れたら、そこで素に戻ったらおしまいですから。だから、観客がいるいまこそ、いい練習のチャンスなんです!
 そういうわけでよろしくお願いします、泉澄ちゃんのお兄さん!」
「……は、はあ」
 なんだか、都合よく利用されたっぽい。
「では、とりあえず役柄とジャンルを決めまーす。アイディアを適当に挙げてください」
「部長、ジャンルは何でもいいんですけど、コメディにならないようにしません?」
 女子部員の提案に、部長はしたり顔で頷いた。
「そうなのよね~、実際、本業のひとでも笑いに寄せがちになっちゃうみたいなんだけど……じゃあ今日は、ロマンスになるように頑張ってみる?」
 おおお、と興奮とひと匙の不安がない混ざった歓声が上がる。
 それから部員たちが役柄を提案すると、副部長らしき女子学生が黒板に書き留めていった。“ロマンス”と指定したせいか、《お姫様と騎士》とか《執事とメイド》とか、浮世離れした単語がずらりと並ぶ。
 ひととおり黒板に出揃った役柄を見渡すと、部長は俺を振り向きながら言った。
「観客がいるから、改めて説明するけど、いまからここに挙げた設定に従って、即興でお芝居をしてもらいます。
 設定と矛盾しない限りは自由に色々付け足していいけど、お題から大きくズレるのはダメ。それから、出来るだけみんなに演じてもらいたいから、なるべく短い時間でオチがつくように努めてね。設定をやたらに付け足すと話が延びちゃうし、混乱の元にもなるから、その辺も注意して」
 はーい、と部員たちが声を揃えて返事した。
「あと、これも部員のみんなには最初に説明したとおり、これはうちの部伝統の即興劇エチユードのやり方だから、よそでは通用しないかも。特に声優志望の泉澄ちゃん、本気でやるなら確実に色んなやり方に接するはずだから、そのつもりでね」
「あ、は……はい……」
 泉澄は俺と部長とを交互に見やり、おずおずと頷く。
「せっかくだから、最初のヒロイン役は泉澄ちゃんにやってもらおうか!」
「ふぇ?! え、で、でも――」
「家族の前でロマンス演じるのは恥ずかしいよね。でも、プロを目指す以上、演劇と関係のない家族とか友達に見られるのは、どこかで必ず通らなきゃいけないんだから、何事も経験経験!」
 泉澄は目を大きく見開いて俺を見て、弾かれたように顔を伏せた。髪を結んで露わになった耳が、真っ赤に染まっている。
「あいや待たれよ部長! さすがにそれは少々、泉澄どのばかりかがくどのにも酷な要求! ここは愚生が代わ――」
「惟花は駄目」
「即答?!」
「だって、惟花にやらせるとすぐに引っかき回すから。コメディ、っていうか、コントになる」
 ……目に浮かぶようだった。
「しかしどのみち全員いちどは演じるのでしょう?! であれば、順番は――」
「だ・と・し・て・も、惟花が最初にやるのは却下。絶対、みんなペースが乱される。惟花は最後」
「む~~~~……」
 いつもの惟花ならもっと屁理屈でごねそうな場面だが、意外とあっさり引き下がる。
「泉澄ちゃん、とにかくちょっと頑張ってみようよ。あくまで稽古なんだし、失敗したり恥かいたりするのを怖がるより、自分が人前でどんな芝居が出来て、まだ何が出来ないのか、確かめてみよう?」
 部長に改めて諭され、泉澄は視線を落とし、悩む素振りを見せた。その瞳が、ちら、と俺のほうを窺う。
 俺はこっそりと頷いてみせた。
「…………解りました、やります」
 数名の女子部員が小さな歓声を上げる。
 正直、ここ数日の成り行きのあとてで、ロマンスを演じる泉澄を冷静に眺められる気がしなかった。でも、例の件はさておき、泉澄が声優を目指しているのは本当だし、そのために経験が必要、という部長の意見は正しい。兄としては、妹の背中を押してやるべきだ、と思った。
 ……確実にモヤモヤした気分を味わう羽目になりそうだけど、それはひとまず、耐える。



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