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第三章/駄目なんです。
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寝付ける気がしない。
いつも午前一時くらいまで粘るところを、日付が変わる前に灯りを消して横になってみたけれど、眠気が訪れる気配もなかった。
目を閉じると、途端に泉澄の裸身が網膜に蘇る。
小柄で華奢だけど、男とはまるで違う、優美な曲線を描く肢体。お椀を伏せたような形良い胸の膨らみの頂にある、桃色の突起も、はっきりと目に焼きついていた。
そして、泉澄が出たあとの脱衣所で嗅いだ、爽やかでほんのりと酸っぱい、肌の香り。
あまりにも生々しすぎる感覚のせいで、昂ぶりが治まりそうもなかった。とうとう音を上げて、身を起こす。
(明日は母さんと泉澄と、三人で朝から出かけるんだし……ちゃんと寝ないといけないんだけどな……)
久々に休みの取れた母の希望で、三人で出かける約束になっていた。メインはショッピングみたいだけど、ついでに母の遅い初詣にも付き合う。
……正直、いま倉築神社を訪ねるのは複雑な心境だった。でも、久しぶりの家族三人での外出を喜んでいる母を思うと、約束を反故には出来ない。
(少し、頭冷やすか……)
夏が近づき、気温も湿度もじわじわと上昇する頃合いだった。色々なこと――大別したら一種類にまとまりそうだけど――があって、ずっと頭に血が昇っている心地もしている。物理的に冷やせば、少しは眠気も湧くかも知れない、と思った。
部屋を出る。既に他の家族は寝静まっているはずだから、音を立てずにドアを閉め、足音を殺してゆっくりと一階に降りた。
冷凍庫にストックしてある冷感はちまきを持って階段を上がりきる手前で、暗い廊下に僅かな光と、物音がしているのに気づいて、俺は更に気配を殺す。
「…………ぁ、………………ぅん、ふぁ……………………ぁ、ぅ…………」
まさか、と思った。俺は更に気配を殺し、足音を押さえ、呼吸さえも忍んで、ゆっくりと二階に上がる。
出るときは気づかなかったが、泉澄の部屋のドアが少しだけ開いていた。静かに閉めようとして、ノッチがちゃんとはまっていなかったのかも知れない。室内も灯りは消しているみたいだけど、闇よりも少しだけ明るい影が廊下にうっすらと伸びていた。
その細い影の上に、微かな喘ぎ声が漏れている。
「はぁ……んあ、っく……う、んっ……ひふっ……!」
もう既に二度、遭遇しているから、もはや自分の目で直接確かめなくても、その声の意味は解った。
――“お祓い”、出来てないぞ惟花……!
胸のなかで罵る。
他人に見つかる危険の少ないところでしているあたり、惟花の“お祓い”も多少は効果があったのかも知れない。でも、これで俺の知る限り三日連続――もしかしたら火曜日から四日連続で自慰に耽るのは、年頃の女子でも行きすぎてる気がした。少なくとも、俺の知る泉澄のイメージと合致しない。
「はぁ…………っふ、ん……はふ、んっ、そこ……やぁ、くふっ……」
さすがに家族の存在を意識してるのか、漏らす吐息は抑え気味だった。ドアを閉めてやれば、たぶん廊下にまでは漏れてこない。
ちょっとでも物音に気づかれたら、たぶん泉澄の精神衛生に重大な影響を及ぼす。俺は忍者になった心境で抜き足差し足、泉澄の部屋に近づき、ドアに手を差し伸べた。
「……やだ、よぉ……切ないよ、お兄ちゃん……お兄ちゃあん……」
びくん、と跳ねた腕を慌てて押さえ込む。心拍数がとんでもないことになっているのを感じた。ゆっくり、そして静かに深呼吸を繰り返し、暴れる心臓をなだめる。
改めて手を伸ばし、泉澄の部屋のドアノブを掴んだ。こそりとも音を立てないよう、細心の注意を払って、ノブをひねり、ドアを押す。廊下に漏れていた影が消えたところで、慎重に手を回し、ノブを元の位置に戻した。
まだ喘ぎ声は少し聞こえる。けれど、耳を澄まさなければ解らないくらいには小さくなった。ほ、っと息をついて、俺は自分の部屋へと引き返した。
もちろん、自分の部屋のドアも、音を立てずに閉める。
「…………はぁぁ…………」
自然と溜息がこぼれてしまった。
これで三回目。俺の引きも良すぎると思うけど――やっぱり俺には、泉澄もおかしくなってる気がしてならなかった。
――やっぱり、ちゃんと忠告してやるべきかも知れない。
惟花の、どこまで本気か解らない“取り憑かれてる”という与太話に乗じて、解決を委ねていたけれど、やはり正攻法を選ぶべきだ、と思った。本当に“悪いモノ”が憑依してるのでなければ、自分が何をしているのかを理解させて、自発的に解決への道を探らせるほうが間違いがない。
……とはいえ、たったいまこの時点では、俺のほうが深刻な問題を抱えてしまっていた。
(…………どうすりゃいいんだ、この股間の暴れん棒は……!)
長い付き合いの相棒が熱く滾ってしまって、落ち着く気配がない。
少し前なら、何も考えず、部屋の鍵をかけ、秘蔵の“おかず”で相棒を慰めていた。でも今は――どう考えても、やりにくい。
もちろん、鍵をかけておけば、目撃される危険はない。しかし、俺はついさっき、自分たちの部屋の防音がそれほど信用できないことを知ってしまった。
たぶん親は、ときどき自慰をしてることくらいで目くじらを立てない。むしろ怖いのは、先に欲求不満を解消させた泉澄に勘づかれることのほうだった。
泉澄の自慰をなんども目撃してしまったんだから、見られてもおあいこ――みたいな悟りは開けない。そんな風に“解ってて、あえて見せつける”みたいなオナニー、さすがに出来っこない。
冷感はちまきも効果をなくすくらいの昂揚と悶々のせいで、その晩はけっきょく、まともに眠れなかった。
いつも午前一時くらいまで粘るところを、日付が変わる前に灯りを消して横になってみたけれど、眠気が訪れる気配もなかった。
目を閉じると、途端に泉澄の裸身が網膜に蘇る。
小柄で華奢だけど、男とはまるで違う、優美な曲線を描く肢体。お椀を伏せたような形良い胸の膨らみの頂にある、桃色の突起も、はっきりと目に焼きついていた。
そして、泉澄が出たあとの脱衣所で嗅いだ、爽やかでほんのりと酸っぱい、肌の香り。
あまりにも生々しすぎる感覚のせいで、昂ぶりが治まりそうもなかった。とうとう音を上げて、身を起こす。
(明日は母さんと泉澄と、三人で朝から出かけるんだし……ちゃんと寝ないといけないんだけどな……)
久々に休みの取れた母の希望で、三人で出かける約束になっていた。メインはショッピングみたいだけど、ついでに母の遅い初詣にも付き合う。
……正直、いま倉築神社を訪ねるのは複雑な心境だった。でも、久しぶりの家族三人での外出を喜んでいる母を思うと、約束を反故には出来ない。
(少し、頭冷やすか……)
夏が近づき、気温も湿度もじわじわと上昇する頃合いだった。色々なこと――大別したら一種類にまとまりそうだけど――があって、ずっと頭に血が昇っている心地もしている。物理的に冷やせば、少しは眠気も湧くかも知れない、と思った。
部屋を出る。既に他の家族は寝静まっているはずだから、音を立てずにドアを閉め、足音を殺してゆっくりと一階に降りた。
冷凍庫にストックしてある冷感はちまきを持って階段を上がりきる手前で、暗い廊下に僅かな光と、物音がしているのに気づいて、俺は更に気配を殺す。
「…………ぁ、………………ぅん、ふぁ……………………ぁ、ぅ…………」
まさか、と思った。俺は更に気配を殺し、足音を押さえ、呼吸さえも忍んで、ゆっくりと二階に上がる。
出るときは気づかなかったが、泉澄の部屋のドアが少しだけ開いていた。静かに閉めようとして、ノッチがちゃんとはまっていなかったのかも知れない。室内も灯りは消しているみたいだけど、闇よりも少しだけ明るい影が廊下にうっすらと伸びていた。
その細い影の上に、微かな喘ぎ声が漏れている。
「はぁ……んあ、っく……う、んっ……ひふっ……!」
もう既に二度、遭遇しているから、もはや自分の目で直接確かめなくても、その声の意味は解った。
――“お祓い”、出来てないぞ惟花……!
胸のなかで罵る。
他人に見つかる危険の少ないところでしているあたり、惟花の“お祓い”も多少は効果があったのかも知れない。でも、これで俺の知る限り三日連続――もしかしたら火曜日から四日連続で自慰に耽るのは、年頃の女子でも行きすぎてる気がした。少なくとも、俺の知る泉澄のイメージと合致しない。
「はぁ…………っふ、ん……はふ、んっ、そこ……やぁ、くふっ……」
さすがに家族の存在を意識してるのか、漏らす吐息は抑え気味だった。ドアを閉めてやれば、たぶん廊下にまでは漏れてこない。
ちょっとでも物音に気づかれたら、たぶん泉澄の精神衛生に重大な影響を及ぼす。俺は忍者になった心境で抜き足差し足、泉澄の部屋に近づき、ドアに手を差し伸べた。
「……やだ、よぉ……切ないよ、お兄ちゃん……お兄ちゃあん……」
びくん、と跳ねた腕を慌てて押さえ込む。心拍数がとんでもないことになっているのを感じた。ゆっくり、そして静かに深呼吸を繰り返し、暴れる心臓をなだめる。
改めて手を伸ばし、泉澄の部屋のドアノブを掴んだ。こそりとも音を立てないよう、細心の注意を払って、ノブをひねり、ドアを押す。廊下に漏れていた影が消えたところで、慎重に手を回し、ノブを元の位置に戻した。
まだ喘ぎ声は少し聞こえる。けれど、耳を澄まさなければ解らないくらいには小さくなった。ほ、っと息をついて、俺は自分の部屋へと引き返した。
もちろん、自分の部屋のドアも、音を立てずに閉める。
「…………はぁぁ…………」
自然と溜息がこぼれてしまった。
これで三回目。俺の引きも良すぎると思うけど――やっぱり俺には、泉澄もおかしくなってる気がしてならなかった。
――やっぱり、ちゃんと忠告してやるべきかも知れない。
惟花の、どこまで本気か解らない“取り憑かれてる”という与太話に乗じて、解決を委ねていたけれど、やはり正攻法を選ぶべきだ、と思った。本当に“悪いモノ”が憑依してるのでなければ、自分が何をしているのかを理解させて、自発的に解決への道を探らせるほうが間違いがない。
……とはいえ、たったいまこの時点では、俺のほうが深刻な問題を抱えてしまっていた。
(…………どうすりゃいいんだ、この股間の暴れん棒は……!)
長い付き合いの相棒が熱く滾ってしまって、落ち着く気配がない。
少し前なら、何も考えず、部屋の鍵をかけ、秘蔵の“おかず”で相棒を慰めていた。でも今は――どう考えても、やりにくい。
もちろん、鍵をかけておけば、目撃される危険はない。しかし、俺はついさっき、自分たちの部屋の防音がそれほど信用できないことを知ってしまった。
たぶん親は、ときどき自慰をしてることくらいで目くじらを立てない。むしろ怖いのは、先に欲求不満を解消させた泉澄に勘づかれることのほうだった。
泉澄の自慰をなんども目撃してしまったんだから、見られてもおあいこ――みたいな悟りは開けない。そんな風に“解ってて、あえて見せつける”みたいなオナニー、さすがに出来っこない。
冷感はちまきも効果をなくすくらいの昂揚と悶々のせいで、その晩はけっきょく、まともに眠れなかった。
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