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第四章/挑むようです。
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「倉築神社って、もともとは海と川の神様を祀ってた神社なんだって。ずっと昔、このあたりは洪水が多くて、被害を減らすために建立されたみたい。だから、神様が龍の姿をしていた、って伝わってるみたい」
「あー。だから、お祭りの時に、龍が踊るんだ」
地元に暮らす人間とは思えないくらい初歩的な母の話に、泉澄は感心した様子だった。もっとも、俺も神社の由緒について詳しいわけじゃないから、ひとのことは言えない。
三人で本堂の前に立ち、大きな鈴(本坪鈴と言うらしい)を鳴らしてお参りした。
「はあ、やっと初詣が済んだわ。ごめんね? 付き合わせて」
「ううん、全然。私、ちょっとお参りに来たかったところだし」
「ん? なにか、お願いでもあった?」
「うん――まあ、ちょっと、ね」
「お母さん、お守りを授かってくるけど、泉澄たちもいる?」
「いいの? じゃ、お願いするね。お兄ちゃんは?」
「ああ、うん。それじゃ俺も」
三人揃って社務所に向かう。
授与所にたくさん並んだお守りやお札をしばし物色した。お守り、とひと口に言っても、巾着に詰めたオーソドックスなものから、カードフォルダーに似た素材に小さなお札を納めたもの、更にはパウチに挟んだカード状のものまである。ご利益も健康祈願に家内安全、学業成就などなど、多岐にわたっていた。
「ここの神様だと、どれがいちばんご利益あるのかな?」
「……どれだろうな」俺は棚を挟んだ向かいにいた巫女さんに訊ねる。「すみません、ここの神様って、どういうご利益が得意……っていうか、いちばんいいお守りになるんでしょう?」
「えーと……いちおう、昔は海運……海の交通を護る神様ですから、得意は交通安全だと思います。でも、いまはこのあたりの氏神様として信奉をいただいてますから、信心さえあれば、どんなお願いでもご利益はあると思います。
どんなお願いであっても、いちばん大事なのはご本人の強いお気持ちです。どんな願い事をしても、ご本人が叶える努力をしないと報われることはありません。お守りというのは、そのお気持ちに力添えするものですから……」
「……なるほど」
お参りで、ここ数日の悩みが少しでも解消することを期待していた自分が恥ずかしくなった。
「それじゃあ……私は、これかな~」
そう言って泉澄がひとつのお守りを手に取った。妙に高鳴る鼓動を抑えて、俺は泉澄の手元を覗きこむ。
所願成就だった。
「ん? 泉澄、それでいいの? 学業成就とか、恋愛成就じゃなくて?」
母さんも横から割って入る。泉澄は心なしか、ほんのりと頬を赤らめながら応えた。
「泉澄のお願い事は、そういうのにうまく収まらない気がするし……勉強とかは、神様に頼ったら、努力しなくなりそうだから」
「うん、いい心がけね。岳は?」
「……選びにくくなった」
結局、話の成り行き的にも無難な交通安全を巫女さんに手渡す。巫女さんの営業スマイルがなんだか棘みたいに胸に刺さった。
「それから、ご朱印もお願いします」
そう言って母は、自分のぶんのお守りと一緒に、持参のご朱印帳を巫女さんに差し出す。少しお時間いただきます、と巫女さんはご朱印帳を携えて奥に下がった。
記帳を待っていると、泉澄が棚の前にあるお神籤の箱に手を突っ込んでいる。取り出した紙片を開いて、熱心に目を通した。
「……運勢、どうだった?」
「わ! びっくりした」横から覗き込んだ俺から隠すように紙片を胸に押し当てる。「内緒。ダメだよ、ひとの運勢覗いちゃ」
「こめん。でも、いい結果かどうかぐらいは教えてくれてもいいだろ?」
「内緒だよー♪ ふふっ」
人差し指を口許に立ててみせたけど、ちょっと緩んだ頬を見れば、想像は出来た。少なくとも、泉澄にとっては嬉しいことが書いてあったんだろう。
釣られて、俺も落とし箱に初穂料を入れ、お神籤を一枚引いてしまった。
中吉。
複雑な気分で、呱々の項目を読んだ。健康も学業も金運も、いいような悪いような曖昧なことが書いてある。
気になったのは恋愛と、願望の項目だった。
恋愛――成り行きに任せよ
願望――自ら動けば叶う
「お兄ちゃんは、どうだった?」
「――ひとの運勢を覗くのはダメ、なんだろ?」
気遣わしげに訊ねてきた泉澄の視線をかわして、紙片を元通りに畳む。
神様が俺を何処に導こうとしてるのか、いまいち判然としない結果だった。だけど、さっきの巫女さんの話と、“願望”の項に記された内容の一致が、俺の心をざわつかせる。
――ひとりで思い悩んでても、解決はしない……ってことか?
さっき巫女さんも言っていたとおり、どんな願い事も、最後に決め手になるのは本人の気持ち――“意思”だ。年頃の妹の危うい行動を、ただ手をつかねて傍観しているよりは、何らかの反応を示すべきだろう。
……“恋愛”の項の表現が微妙に引っかかるのだけど、そこは深く考えないことにした。
「お待たせ~。それじゃ買い物に行こっか!」
目的を果たした安心感からか、やたらとテンションの高い母が、俺たちの返事を待つことなく歩き始める。俺と泉澄は軽く顔を見合わせてから、少し遅れて母についていった。
「お兄ちゃん、お神籤はどうする? 結んでったほうがいいのかな?」
「運勢が悪い場合は、肩代わりしてもらうために結んでいく、みたいに聞いたけど、言い内容のときは身につけるほうがいいんじゃなかったっけ?」
「ふーん……じゃあ、持って帰ろうかな」
そう呟いて、泉澄はお神籤を財布にしまい込む。俺も、もういちど文面を確かめて財布に納めると、意を決して泉澄に呼びかけた。
「泉澄、帰ったら……ちょっと、折り入って話がある」
「話……? どうしたの? 改まって。ここじゃダメなの?」
「人目は、ないほうがいい」
「……うん、解った」
俺の態度から、真剣な内容であることを察したらしい。泉澄は不安げな表情で頷いた。
「あー。だから、お祭りの時に、龍が踊るんだ」
地元に暮らす人間とは思えないくらい初歩的な母の話に、泉澄は感心した様子だった。もっとも、俺も神社の由緒について詳しいわけじゃないから、ひとのことは言えない。
三人で本堂の前に立ち、大きな鈴(本坪鈴と言うらしい)を鳴らしてお参りした。
「はあ、やっと初詣が済んだわ。ごめんね? 付き合わせて」
「ううん、全然。私、ちょっとお参りに来たかったところだし」
「ん? なにか、お願いでもあった?」
「うん――まあ、ちょっと、ね」
「お母さん、お守りを授かってくるけど、泉澄たちもいる?」
「いいの? じゃ、お願いするね。お兄ちゃんは?」
「ああ、うん。それじゃ俺も」
三人揃って社務所に向かう。
授与所にたくさん並んだお守りやお札をしばし物色した。お守り、とひと口に言っても、巾着に詰めたオーソドックスなものから、カードフォルダーに似た素材に小さなお札を納めたもの、更にはパウチに挟んだカード状のものまである。ご利益も健康祈願に家内安全、学業成就などなど、多岐にわたっていた。
「ここの神様だと、どれがいちばんご利益あるのかな?」
「……どれだろうな」俺は棚を挟んだ向かいにいた巫女さんに訊ねる。「すみません、ここの神様って、どういうご利益が得意……っていうか、いちばんいいお守りになるんでしょう?」
「えーと……いちおう、昔は海運……海の交通を護る神様ですから、得意は交通安全だと思います。でも、いまはこのあたりの氏神様として信奉をいただいてますから、信心さえあれば、どんなお願いでもご利益はあると思います。
どんなお願いであっても、いちばん大事なのはご本人の強いお気持ちです。どんな願い事をしても、ご本人が叶える努力をしないと報われることはありません。お守りというのは、そのお気持ちに力添えするものですから……」
「……なるほど」
お参りで、ここ数日の悩みが少しでも解消することを期待していた自分が恥ずかしくなった。
「それじゃあ……私は、これかな~」
そう言って泉澄がひとつのお守りを手に取った。妙に高鳴る鼓動を抑えて、俺は泉澄の手元を覗きこむ。
所願成就だった。
「ん? 泉澄、それでいいの? 学業成就とか、恋愛成就じゃなくて?」
母さんも横から割って入る。泉澄は心なしか、ほんのりと頬を赤らめながら応えた。
「泉澄のお願い事は、そういうのにうまく収まらない気がするし……勉強とかは、神様に頼ったら、努力しなくなりそうだから」
「うん、いい心がけね。岳は?」
「……選びにくくなった」
結局、話の成り行き的にも無難な交通安全を巫女さんに手渡す。巫女さんの営業スマイルがなんだか棘みたいに胸に刺さった。
「それから、ご朱印もお願いします」
そう言って母は、自分のぶんのお守りと一緒に、持参のご朱印帳を巫女さんに差し出す。少しお時間いただきます、と巫女さんはご朱印帳を携えて奥に下がった。
記帳を待っていると、泉澄が棚の前にあるお神籤の箱に手を突っ込んでいる。取り出した紙片を開いて、熱心に目を通した。
「……運勢、どうだった?」
「わ! びっくりした」横から覗き込んだ俺から隠すように紙片を胸に押し当てる。「内緒。ダメだよ、ひとの運勢覗いちゃ」
「こめん。でも、いい結果かどうかぐらいは教えてくれてもいいだろ?」
「内緒だよー♪ ふふっ」
人差し指を口許に立ててみせたけど、ちょっと緩んだ頬を見れば、想像は出来た。少なくとも、泉澄にとっては嬉しいことが書いてあったんだろう。
釣られて、俺も落とし箱に初穂料を入れ、お神籤を一枚引いてしまった。
中吉。
複雑な気分で、呱々の項目を読んだ。健康も学業も金運も、いいような悪いような曖昧なことが書いてある。
気になったのは恋愛と、願望の項目だった。
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「――ひとの運勢を覗くのはダメ、なんだろ?」
気遣わしげに訊ねてきた泉澄の視線をかわして、紙片を元通りに畳む。
神様が俺を何処に導こうとしてるのか、いまいち判然としない結果だった。だけど、さっきの巫女さんの話と、“願望”の項に記された内容の一致が、俺の心をざわつかせる。
――ひとりで思い悩んでても、解決はしない……ってことか?
さっき巫女さんも言っていたとおり、どんな願い事も、最後に決め手になるのは本人の気持ち――“意思”だ。年頃の妹の危うい行動を、ただ手をつかねて傍観しているよりは、何らかの反応を示すべきだろう。
……“恋愛”の項の表現が微妙に引っかかるのだけど、そこは深く考えないことにした。
「お待たせ~。それじゃ買い物に行こっか!」
目的を果たした安心感からか、やたらとテンションの高い母が、俺たちの返事を待つことなく歩き始める。俺と泉澄は軽く顔を見合わせてから、少し遅れて母についていった。
「お兄ちゃん、お神籤はどうする? 結んでったほうがいいのかな?」
「運勢が悪い場合は、肩代わりしてもらうために結んでいく、みたいに聞いたけど、言い内容のときは身につけるほうがいいんじゃなかったっけ?」
「ふーん……じゃあ、持って帰ろうかな」
そう呟いて、泉澄はお神籤を財布にしまい込む。俺も、もういちど文面を確かめて財布に納めると、意を決して泉澄に呼びかけた。
「泉澄、帰ったら……ちょっと、折り入って話がある」
「話……? どうしたの? 改まって。ここじゃダメなの?」
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