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黒竜と少女
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漆黒の竜が空を舞う。それを追いかけるように鋭く風を切る茶色の竜。黒竜は争いを避けようと急旋回し、地面すれすれを通過した。少し遅れて建物を破壊しながらも突き進む茶竜。
「お前はこっちだ」
二匹のうち幼い少女が渡されたのは、黒々とした小さな竜。そして、渡した当人は苔の色が混じった立派な茶色の竜に乗っていた。黒竜は個体差が激しく扱いが困難であるが、非常に強いという特性がある。茶竜は、扱いやすいが目立った能力がないものが多い。しかし、彼の選んだ茶竜は足より手の長さが勝っていた。というのも、人間でいえば所謂奇形。伝説の竜になりうる素質があるということなのだ。飼い主の期待を一身に背負った茶竜は、ダラクサスと名付けられ、贅沢な日々を過ごしていた。一方、少女に引き取られた黒竜は、フォリンと名付けられ、貧しくも楽しい日々を送っていた。
「ちょっとハナカシス採ってくる!」
勢いよく飛び出すと、ぬかるんだ地面に盛大にこけた。
「いてててて」
「もう、気をつけなさいよ。服もこんなに汚しちゃって」
そう言いつつも泥を取ろうと母はタオルで拭ってくれる。
「ありがと!」
「ちょ、ちょっと! 着替えてから行きなさい」
「大丈夫! もう出なきゃ間に合わな……」
思わず顔に出てしまう。
「間に合わないって、どこに?」
母は両手を組んで私を見ている。
「あはは、採取だから誰も気にしないって意味。早く出かけた方が空気も綺麗だし?」
「なるほど?」
一瞬の隙をつき、私はフォリンに飛び乗った。
「ナタリア! 待ちなさい!」
律儀に止まった飛び立つ寸前の私たちを見ると、母は大きなため息をついた。
「この前も言ったけど、最近物騒なんだから明るいうちに帰ってきなさいね」
「はーい」
フォリンの温かい背中に揺られていると、つい夢見ごこちになる。私は危うく通り過ぎてしまうところだった。
「フォリン、あの黄色い屋根のお家でおろして」
彼はいつもの調子で了解といわんばかりに鼻を鳴らした。森の中にひっそりと建つその家は、私の祖母が住んでいる。
「おばあちゃん、ナタリアです」
「おやまぁ、今日は早かったね」
小ぶりな木のドアからは皺の深い手が差し出された。フォリンはその手にそっと鼻を寄せる。
「フォリンも早く会いたがってたから、朝に来てしまったの」
「それは嬉しいことだね」
家の中に入った私たちの団欒に耳を傾けるように、フォリンはドアの前でお座りをしていた。
「預けていた服は?」
祖母は棚の瓶をずらすとエメラルドのドレスを渡してくれた。
「ありがとう!」
急いで着替えると、鏡の前に立つ。胸まで伸びた癖のある茶色の髪をもろともせず、エメラルドグリーンのドレスは映えていた。母への証拠品として祖母から真っ赤なハナカシスを籠いっぱいにもらう。お礼を言うと私はドアを開けた。
「じゃあ、またね」
フォリンは私の声でむくっと起き上がると、羽を盛大に伸ばす。
「くれぐれも気をつけて行くんだよ」
「うん! お母さんにはハナカシスを採ってくることにしてあるから、助かります。このことは絶対内緒にしておいてね」
「わかったよ。でも、そんな格好に着替えて、本当はどこに行くんだい?」
「実はね、王宮に行くの」
「王宮だって?」
「ええ。エデン様がお手紙を下さったの」
「ナタリアからまたその名が聞けるとはね」
優しく微笑んだ顔はどこか寂しそうだった。
「わかってるわ。エデン様とは身分が違いすぎるもの。それに……」
「それに?」
「ううん。なんでもない」
出所がわからない一般庶民なんて、ますますありえないものね。という言えない言葉はそっと飲み込んだ。彼女たちとは血が繋がっていないのだ。
「エデン様は王位継承権二位。十九であんなに立派になられるとはね」
祖母は敢えて王位についてとりあげたのだろう。そう思うと手紙の内容まで言うのは憚られた。
「そうだね。じゃ、私、そろそろ行きます!」
「ちょっと待った。何しに行くのかまだ聞いてないよ」
勘の良い祖母を面倒だと思ってしまうのはたまにという頻度ではない。
「あ、あれ? そうだったっけ?」
嘘が下手な私にも、過失はあるのだけれど。
「なに? おばあちゃんに隠し事かい?」
じっと見つめる瞳に私は痺れを切らした。
「そういう訳じゃないんだけどね。ほら、エデン様の暇つぶしに呼ばれただけだよ」
「ほう。暇つぶしねぇ。嫁入り前の娘なんだから、気を付けなさいよ」
「エデン様に限ってそういうことはないって!」
そういう発想はなくて、急に顔が火照った。
「ま、約束は守るよ。今日のことはエレンには内緒にしておいてあげよう」
意味深に微笑む祖母にゾッとする。お母さんに知られたら、本当にまずいことになる。
「よ、よろしくね。本当に」
「あら、私の口は堅いから安心していいよ? それにエレンに知られたら大変だってことくらい私にもわかるさ」
「そ、そうだよね? ありがとう」
「そんなにびくびくしなくて大丈夫だよ」
呆れ笑いにつられて頬が緩む。
「ありがとう!」
祖母に別れを告げると、フォリンが背を低くした。エデン様にいただいた服。隠し場所は祖母の家だった。庶民には似合わないエメラルドグリーンのドレス。それはフォリンと私の目の色とどこか似ている。早朝の労働で汚れた靴をフォリンとドレスにつけないようにして、背中に乗った。あぁ。三年着てなかったから、余計に似合う自信がない。エデン様も今更なんなんだろう……。
「お前はこっちだ」
二匹のうち幼い少女が渡されたのは、黒々とした小さな竜。そして、渡した当人は苔の色が混じった立派な茶色の竜に乗っていた。黒竜は個体差が激しく扱いが困難であるが、非常に強いという特性がある。茶竜は、扱いやすいが目立った能力がないものが多い。しかし、彼の選んだ茶竜は足より手の長さが勝っていた。というのも、人間でいえば所謂奇形。伝説の竜になりうる素質があるということなのだ。飼い主の期待を一身に背負った茶竜は、ダラクサスと名付けられ、贅沢な日々を過ごしていた。一方、少女に引き取られた黒竜は、フォリンと名付けられ、貧しくも楽しい日々を送っていた。
「ちょっとハナカシス採ってくる!」
勢いよく飛び出すと、ぬかるんだ地面に盛大にこけた。
「いてててて」
「もう、気をつけなさいよ。服もこんなに汚しちゃって」
そう言いつつも泥を取ろうと母はタオルで拭ってくれる。
「ありがと!」
「ちょ、ちょっと! 着替えてから行きなさい」
「大丈夫! もう出なきゃ間に合わな……」
思わず顔に出てしまう。
「間に合わないって、どこに?」
母は両手を組んで私を見ている。
「あはは、採取だから誰も気にしないって意味。早く出かけた方が空気も綺麗だし?」
「なるほど?」
一瞬の隙をつき、私はフォリンに飛び乗った。
「ナタリア! 待ちなさい!」
律儀に止まった飛び立つ寸前の私たちを見ると、母は大きなため息をついた。
「この前も言ったけど、最近物騒なんだから明るいうちに帰ってきなさいね」
「はーい」
フォリンの温かい背中に揺られていると、つい夢見ごこちになる。私は危うく通り過ぎてしまうところだった。
「フォリン、あの黄色い屋根のお家でおろして」
彼はいつもの調子で了解といわんばかりに鼻を鳴らした。森の中にひっそりと建つその家は、私の祖母が住んでいる。
「おばあちゃん、ナタリアです」
「おやまぁ、今日は早かったね」
小ぶりな木のドアからは皺の深い手が差し出された。フォリンはその手にそっと鼻を寄せる。
「フォリンも早く会いたがってたから、朝に来てしまったの」
「それは嬉しいことだね」
家の中に入った私たちの団欒に耳を傾けるように、フォリンはドアの前でお座りをしていた。
「預けていた服は?」
祖母は棚の瓶をずらすとエメラルドのドレスを渡してくれた。
「ありがとう!」
急いで着替えると、鏡の前に立つ。胸まで伸びた癖のある茶色の髪をもろともせず、エメラルドグリーンのドレスは映えていた。母への証拠品として祖母から真っ赤なハナカシスを籠いっぱいにもらう。お礼を言うと私はドアを開けた。
「じゃあ、またね」
フォリンは私の声でむくっと起き上がると、羽を盛大に伸ばす。
「くれぐれも気をつけて行くんだよ」
「うん! お母さんにはハナカシスを採ってくることにしてあるから、助かります。このことは絶対内緒にしておいてね」
「わかったよ。でも、そんな格好に着替えて、本当はどこに行くんだい?」
「実はね、王宮に行くの」
「王宮だって?」
「ええ。エデン様がお手紙を下さったの」
「ナタリアからまたその名が聞けるとはね」
優しく微笑んだ顔はどこか寂しそうだった。
「わかってるわ。エデン様とは身分が違いすぎるもの。それに……」
「それに?」
「ううん。なんでもない」
出所がわからない一般庶民なんて、ますますありえないものね。という言えない言葉はそっと飲み込んだ。彼女たちとは血が繋がっていないのだ。
「エデン様は王位継承権二位。十九であんなに立派になられるとはね」
祖母は敢えて王位についてとりあげたのだろう。そう思うと手紙の内容まで言うのは憚られた。
「そうだね。じゃ、私、そろそろ行きます!」
「ちょっと待った。何しに行くのかまだ聞いてないよ」
勘の良い祖母を面倒だと思ってしまうのはたまにという頻度ではない。
「あ、あれ? そうだったっけ?」
嘘が下手な私にも、過失はあるのだけれど。
「なに? おばあちゃんに隠し事かい?」
じっと見つめる瞳に私は痺れを切らした。
「そういう訳じゃないんだけどね。ほら、エデン様の暇つぶしに呼ばれただけだよ」
「ほう。暇つぶしねぇ。嫁入り前の娘なんだから、気を付けなさいよ」
「エデン様に限ってそういうことはないって!」
そういう発想はなくて、急に顔が火照った。
「ま、約束は守るよ。今日のことはエレンには内緒にしておいてあげよう」
意味深に微笑む祖母にゾッとする。お母さんに知られたら、本当にまずいことになる。
「よ、よろしくね。本当に」
「あら、私の口は堅いから安心していいよ? それにエレンに知られたら大変だってことくらい私にもわかるさ」
「そ、そうだよね? ありがとう」
「そんなにびくびくしなくて大丈夫だよ」
呆れ笑いにつられて頬が緩む。
「ありがとう!」
祖母に別れを告げると、フォリンが背を低くした。エデン様にいただいた服。隠し場所は祖母の家だった。庶民には似合わないエメラルドグリーンのドレス。それはフォリンと私の目の色とどこか似ている。早朝の労働で汚れた靴をフォリンとドレスにつけないようにして、背中に乗った。あぁ。三年着てなかったから、余計に似合う自信がない。エデン様も今更なんなんだろう……。
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