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夕暮れ時の誓い
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そんな不安を消し飛ばすようにフォリンは速度を上げる。私たちは心地よい風にさらされた。すぐに黄色い屋根は遠ざかり、王宮と城下町が見えてくる。
「フォリン、あそこのお城屋根が見える?」
「グおん」
「そう、赤い旗があるところよ」
「グフッ」
「エデン様のこと覚えてる?」
「グおおおおん」
「そんな怖い声出さないで。私が勝手に勘違いしちゃってただけなんだもの」
その間にフォリンは翼を大きく開き、お城の敷地内に軽々と足をつけた。フォリンから降りると、懐かしい光景に目を奪われた。屋敷の端にはササコスが一面に咲いている。綺麗と思ったのも束の間、あのことがフラッシュバックする。日傘を差した色白の方とエデン様が見つめあっていて……
その時、城の影から手招く者があった。
「エデン様?」
「やあ、久しぶり。ナタリア」
頭に手を乗せられ、つい身を引く。
「エデン様、お久しぶりです」
「そんな堅い感じはやめてくれよ。前みたいにエデンでいい」
彼はラフな格好だが、王家の品格が漂う。
「で、でも」
「ナタリア、僕の部屋に来てくれないか」
思わず伸ばされた手を掴むと慌ててフォリンの方を振り返る。アイコンタクトと取るとジェスチャーで待ての合図を示した。
彼の部屋は想像以上に広かった。私の家くらいの大きさはあるかも……。彼に促されてソファに腰をおろすが、本人がどこかに行ってしまうので落ち着かない。少し経つとエデンさん直々に紅茶とクッキーを運んできてくれた。
「その、素敵なお部屋ですね」
「ありがとう。今度ナタリアのお家にもお邪魔したいな」
「それは難しいんです。会ってること、お母さんにはずっと内緒にしてきたので」
「そうだった。急に呼び出してすまなかったね」
隣に座った彼の手は軽く力が籠められていた。
「エデンさんはもうご婚約されてるんですか?」
「どうして?」
「だって、三年前。日傘の女性と親しそうにしていたから」
彼は少しいじわるな笑みを向けてくる。
「ふーん? まだ花畑でのこと、拗ねているのかい?」
「拗ねてない! ……です」
思わず大きな声が出てしまう。もう、自分の幼さに恥ずかしくなってきた。
「だって、あの後から三年も返事書いてくれなかったし」
私は勢いよく立ち上がった。
「あの時はッ、約束がまだ有効だと思ってたから」
「今でも有効だよ」
真剣な表情に目を逸らせなくなる。
「え……」
固定されたように首も動かない。
「言い訳すると、あの人は僕のストーカーなんだ」
「ストーカー?」
「そう。城内の花をどうしても見たいと言ったからあの花畑を案内したけれど、それだけだよ」
「だけど、私のことに気づいて驚いてたじゃない」
「うん。だってナタリア泣いていたから」
紅茶からはとっくに湯気が立たなくなっている。
「だって、彼女とお似合いだったし。エデンさんはやっぱり違う世界の人なんだってわかっちゃったから」
その言葉に彼は初めて動揺を見せた。
「僕は、王になんてならなくていいと思ってる」
弱々しく放たれた声は静かに響く。
「ナタリアが城に来なくなってからずっと後悔していたよ。佇まいからして、良いところのお嬢さんらしかったから父にもむげに扱うなと言われていたけれど、あの日告白してくるとは思っていなかったから」
「やっぱり聞き間違えじゃなかったんだ」
「どこから聞いてた?」
「エデンさんが気づくずっと前から」
あの時はまだ十二の少女だ。社交辞令がどれほど通用しただろう。断る前に令嬢の手に軽くキスをしたのだった。
「お言葉は嬉しいのですが、僕はまだ未熟者ですのでって」
「すごいな、まだ覚えてるんだ」
「もちろん」
「けれど、ナタリアはもう十五になったのかって思うと、居ても立っても居られなくなったよ」
「だから王室専用の便せんを使ったのね」
「そうだ。騙すみたいになってすまなかった。でも君のことだからフォリンに燃やすよう言ってる気がして」
ふくれっ面をしながらも、言い当てられて再びソファに腰をおろす。
「あの靴屋の少年とは今でも仲がいいんだろう?」
「どうして、そんなこと聞くの?」
彼は静かに紅茶を飲むと、少し寂しげな笑顔を見せた。
「一度、狩りでナタリアの家の近くまで行ったんだ。そうしたら川辺で楽しそうな声が聞こえてね」
「声をかけてくれたら良かったのに」
「そうしたかったさ。でも、何故か足が動かなくなった」
「ジョセフとは今でも仲が良いわ。私は納得していないけれど、もうお母さんたちの間では縁談の話も出ていると思う」
縁談の言葉がやけに重く、思わず下を向いた。エデンさんに言う必要……なかったよね。
「僕がもっとしっかりしていれば、な」
弱々しい彼の声に驚いて、顔を上げる。エデンさん……?
その時、敷地一帯を囲む森林のざわめきが部屋まで届いた。まずい、鳥たちが帰る前触れだ。
「わ、私、そろそろ行くね! フォリンが待ってるの」
そう言って立ち上がろうとすると、彼は背後から優しく抱きしめた。
「待って」
噂になるような威厳高い彼は、もうそこにはいなかった。
「ナタリア、僕のお嫁さんになってほしい」
すっかり冷めた紅茶の色と同じ空が視界に入る。そして、城の窓を覗いていたフォリンと目が合った。フォリンは一瞬赤い目をしたが、私が微笑むのを見てすぐに深緑色に戻る。
「エデンさんのお嫁さんに、なれるのかな?」
夕焼け色に染まった空気の中、私たちは向き合う。
「僕がそうしたいって言ったら?」
「嬉しい」
三年会っていない間に彼の背丈はすっかり大人になっていた。
「それと、これからは君以外あの花畑には入れない」
振り返ると今度は正面から強く抱きしめられる。
「ありがとう。エデン……さん」
「これからはどんなに忙しくても、週に一度以上は手紙を出すよ」
「うん……」
ぎこちなくお互いの手が離れる。外ではフォリンが待ちきれないというように小さく火を吹いていた。
「フォリン、あそこのお城屋根が見える?」
「グおん」
「そう、赤い旗があるところよ」
「グフッ」
「エデン様のこと覚えてる?」
「グおおおおん」
「そんな怖い声出さないで。私が勝手に勘違いしちゃってただけなんだもの」
その間にフォリンは翼を大きく開き、お城の敷地内に軽々と足をつけた。フォリンから降りると、懐かしい光景に目を奪われた。屋敷の端にはササコスが一面に咲いている。綺麗と思ったのも束の間、あのことがフラッシュバックする。日傘を差した色白の方とエデン様が見つめあっていて……
その時、城の影から手招く者があった。
「エデン様?」
「やあ、久しぶり。ナタリア」
頭に手を乗せられ、つい身を引く。
「エデン様、お久しぶりです」
「そんな堅い感じはやめてくれよ。前みたいにエデンでいい」
彼はラフな格好だが、王家の品格が漂う。
「で、でも」
「ナタリア、僕の部屋に来てくれないか」
思わず伸ばされた手を掴むと慌ててフォリンの方を振り返る。アイコンタクトと取るとジェスチャーで待ての合図を示した。
彼の部屋は想像以上に広かった。私の家くらいの大きさはあるかも……。彼に促されてソファに腰をおろすが、本人がどこかに行ってしまうので落ち着かない。少し経つとエデンさん直々に紅茶とクッキーを運んできてくれた。
「その、素敵なお部屋ですね」
「ありがとう。今度ナタリアのお家にもお邪魔したいな」
「それは難しいんです。会ってること、お母さんにはずっと内緒にしてきたので」
「そうだった。急に呼び出してすまなかったね」
隣に座った彼の手は軽く力が籠められていた。
「エデンさんはもうご婚約されてるんですか?」
「どうして?」
「だって、三年前。日傘の女性と親しそうにしていたから」
彼は少しいじわるな笑みを向けてくる。
「ふーん? まだ花畑でのこと、拗ねているのかい?」
「拗ねてない! ……です」
思わず大きな声が出てしまう。もう、自分の幼さに恥ずかしくなってきた。
「だって、あの後から三年も返事書いてくれなかったし」
私は勢いよく立ち上がった。
「あの時はッ、約束がまだ有効だと思ってたから」
「今でも有効だよ」
真剣な表情に目を逸らせなくなる。
「え……」
固定されたように首も動かない。
「言い訳すると、あの人は僕のストーカーなんだ」
「ストーカー?」
「そう。城内の花をどうしても見たいと言ったからあの花畑を案内したけれど、それだけだよ」
「だけど、私のことに気づいて驚いてたじゃない」
「うん。だってナタリア泣いていたから」
紅茶からはとっくに湯気が立たなくなっている。
「だって、彼女とお似合いだったし。エデンさんはやっぱり違う世界の人なんだってわかっちゃったから」
その言葉に彼は初めて動揺を見せた。
「僕は、王になんてならなくていいと思ってる」
弱々しく放たれた声は静かに響く。
「ナタリアが城に来なくなってからずっと後悔していたよ。佇まいからして、良いところのお嬢さんらしかったから父にもむげに扱うなと言われていたけれど、あの日告白してくるとは思っていなかったから」
「やっぱり聞き間違えじゃなかったんだ」
「どこから聞いてた?」
「エデンさんが気づくずっと前から」
あの時はまだ十二の少女だ。社交辞令がどれほど通用しただろう。断る前に令嬢の手に軽くキスをしたのだった。
「お言葉は嬉しいのですが、僕はまだ未熟者ですのでって」
「すごいな、まだ覚えてるんだ」
「もちろん」
「けれど、ナタリアはもう十五になったのかって思うと、居ても立っても居られなくなったよ」
「だから王室専用の便せんを使ったのね」
「そうだ。騙すみたいになってすまなかった。でも君のことだからフォリンに燃やすよう言ってる気がして」
ふくれっ面をしながらも、言い当てられて再びソファに腰をおろす。
「あの靴屋の少年とは今でも仲がいいんだろう?」
「どうして、そんなこと聞くの?」
彼は静かに紅茶を飲むと、少し寂しげな笑顔を見せた。
「一度、狩りでナタリアの家の近くまで行ったんだ。そうしたら川辺で楽しそうな声が聞こえてね」
「声をかけてくれたら良かったのに」
「そうしたかったさ。でも、何故か足が動かなくなった」
「ジョセフとは今でも仲が良いわ。私は納得していないけれど、もうお母さんたちの間では縁談の話も出ていると思う」
縁談の言葉がやけに重く、思わず下を向いた。エデンさんに言う必要……なかったよね。
「僕がもっとしっかりしていれば、な」
弱々しい彼の声に驚いて、顔を上げる。エデンさん……?
その時、敷地一帯を囲む森林のざわめきが部屋まで届いた。まずい、鳥たちが帰る前触れだ。
「わ、私、そろそろ行くね! フォリンが待ってるの」
そう言って立ち上がろうとすると、彼は背後から優しく抱きしめた。
「待って」
噂になるような威厳高い彼は、もうそこにはいなかった。
「ナタリア、僕のお嫁さんになってほしい」
すっかり冷めた紅茶の色と同じ空が視界に入る。そして、城の窓を覗いていたフォリンと目が合った。フォリンは一瞬赤い目をしたが、私が微笑むのを見てすぐに深緑色に戻る。
「エデンさんのお嫁さんに、なれるのかな?」
夕焼け色に染まった空気の中、私たちは向き合う。
「僕がそうしたいって言ったら?」
「嬉しい」
三年会っていない間に彼の背丈はすっかり大人になっていた。
「それと、これからは君以外あの花畑には入れない」
振り返ると今度は正面から強く抱きしめられる。
「ありがとう。エデン……さん」
「これからはどんなに忙しくても、週に一度以上は手紙を出すよ」
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