黒竜使いの少女ナタリア

杏栞しえる

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職人の町

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 バボンの人たちは口数が少ない。昼食をとったお店でも店主はお世辞にも愛想がよいとは言えなかった。町は一本道のようだった。広い道を挟んで両側に店と民家が立ち並ぶ。その道を外れると、すべて森、森、森――。どこもかしこも木々が立ちはだかっていた。人はともかく売っている物はどれも一目で上等だとわかる。その中でも私たちが足を止めたのは、服飾のお店だった。店内は薄暗く、オレンジの明かりが数か所灯っているだけだ。
「いらっしゃい」
 店の奥から濃い紫の服を纏った女性が出てきた。
「これ、いくらですか」
 エデンさんは白と金を基調にしたワンピースを指している。
「それは十万ベリン」
「じゅ……」
 十万ベリン?! 心の中で思い切り叫んで、エデンさんの腕を引く。ここ、ぼったくりにもほどがある。
「相当物がいいんだね?」
 エデンさんは値段に驚いてはいなかった。店主は煙草をふかして、彼の方を見る。
「もちろんさ。それは竜の爪も通さないんだから」
「じゃあ、これを」
 エデンさんは当然のように大金を支払った。そして、次に訪れた騎士向けの店では自分とシアンさん、それにジルの服も新調する。こちらも相当かかったが、彼は顔色一つ変えなかった。
「ねぇ、エデンさん」
「しっ」
 彼は私の方は見ずに小声で語った。
「さっきからつけられてるんだ。多分、昼食で寄った店から」
 そう言うと、一瞬目線で位置を教えてくれる。フォリンを縮めていれたポケットがやけに温かく感じられた。黒いマントで顔はよく見えないが、女性のようだった。時々こちらの様子を窺っているのがわかる。線の細い、華奢な女性。
「今日はやめておこう」
 ジルの手をしっかり握りながらシアンさんがぼそっとつぶやく。私たちは浅くうなずき、人気のない木々のところまで走った。ポケットのフォリンに合図するとすぐに皆を乗せて飛び立つ。
「あの人、髪の長い女の人だった」
「よく見えたね」
「どこかで見たような……」
 急いでバボン町を後にした私たちは陽が傾く前にお城に着いた。緊張から一気に解放されて部屋でへたり込む。フォリンも長旅に翼が疲れたようだった。エデンさんの部屋で改めて今日のことを話し合う。バボン町の人が竜に馴染みがあるかもしれないということ、黒いマントの人物。少しずつ核心に近づいていく気がしていた。
「あのね、私の本当のお母さんは奥森に住んでいるんじゃないかと思うの」
 何度考えても同じ結果しか思い浮かばなかった。
「うんうん」
「それで、出られない理由があるんじゃないかな……」
「僕も同じようなことを考えてた」
 エデンさんの声も空しくフォリンはベッドの上で寝息を立て始めた。その様子を眺めながら、私はまた口を開く。
「フォリンがあんなに迷いなく向かっていたのは初めてなの。いつも飛ぶのは速いけど、今日は特にそうだった」
 その話をするとエデンさんは黙りこくってしまった。難しい顔をして何かを考えている。ジルとシアンさんは不安そうな表情をして黙っていた。
「バボンの職人たちはさ、沢山儲けが出ているはずなんだ」
「あれはぼったくりよ……」
 私がしみじみと言うと、エデンさんは困ったように笑う。
「物がいいのは間違いないけどね」
「そうだけど」
 また、エデンさんの顔に影が宿った。
「もし、バボン町丸ごと人質だとしたら?」
 彼は突拍子もないことを言い出す。しかし、冗談を言っているようにも聞こえなかった。そう考えると妙にしっくりくるのだ。
「じゃあ、こういうこと? 奥森には凶暴な竜とその飼い主がいて、バボン町の人からお金を脅し取っている」
 長い沈黙が訪れた……。
「ダラクサスって本当に凶暴なんだ。ぼくが逃げようとしたときも爪で……」
 ジルは大分薄くなった傷跡をめくって見せた。
「ジル。次は奥森に行くけれど、危ない旅になるわ。あなたはここにいて」
「嫌だ! ぼく、絶対皆を助けに行く」
 彼の様子を見て、シアンさんはお手上げだというように口を開いた。
「ジル君は責任を持って僕が守るよ。それに古城までの道を知っているのは彼だけなんだ」
 それを聞いてジルは目を輝かせる。エデンさんはベッドに腰かけながら窓の外を見た。
「バボン出身の職人がここにもいるはずだ」
 エデンさんの言葉にはっとする。彼はまた口を開き、
「ティディアントに聞いてみよう!」
 勢いよくそう言うと私の手を引いて部屋を飛び出した。
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