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ルビーレッドな予兆
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私は何故かフォリンの背中に乗っていた。夜風はこの季節にしては温かい。どこかふわふわした気持ちでいると突然場面が切り替わった。
誰かに抱えられながら森の中を走っている。心地よい揺れはすぐに止まった。女の人の泣き声と布にくるまれた感覚。水の音で船の上だと自覚する。
「ごめんね。あなただけでも普通の女の子になって」
脳内に染みついた女性の声。うっすら目を開けるが、涙で歪んだ視界はそう簡単には戻ってくれなかった。一つわかるのは、温かい手をしていたということ。そのまま彼女の気配はどんどん遠ざかっていく。その次にぼやけたままの目に映ったのは、大きな竜の影。フォリンだった。
朝、目覚めるとフォリンは心配そうな顔で覗いている。
「おはよう」
「グふーん」
甘えた声で寄り添ってくれた。顔を洗おうと鏡の前に立つと、涙の線が出来ていた。
私には二人の母がいる。生みの親と育ての親。どちらもこの上なく大切で、実母に関しては顔さえ覚えてはいなかったけれど。心に刻まれた深い愛が私の中に流れている。彼女にどうしても会いたい。もう一度目の前の自分を見ると、目がルビーのように怪しく輝いた。私はただ、一瞬の光に目をこするだけだった。
エデンさんの部屋をノックすると、すぐに返事があった。念入りに剣の手入れをしている。
「準備はいいかい?」
彼の問いに私は力強くうなずいた。彼が買ってくれた白と金のワンピースは、シンプルなデザインで素材も軽かった。私の格好を眺めると、エデンさんはにっこりと微笑む。
「やっぱり、似合ってる」
「ありがとう」
髪が邪魔にならないようにと、丁寧に編み上げる。アップスタイルは久しぶりだった。彼は少し髪を短くしたのか、大人びて見えた。
早朝、私たちはティディアントさんに教えてもらったお店に向かって出発した。バボン町の真ん中辺りに店を構えているらしい。顔がわからないように、私たちはあらかじめマントで身を包んだ。地味な茶色で頭も隠せる。あまり多くを語らないというバボンの空気に溶け込めるよう、向かう途中も口数は減っていた。
バボンに着くと、まだ朝靄が立ち込めていた。しっとりと湿ったこの時間に空いている店は僅かだ。昨日の昼食時に寄った店の三軒ほど先に、教えてもらったお店はあった。小さなジュエリーのお店。店内に入ると、ショーケースに並んだネックレスに目を奪われた。
「綺麗」
思わず声が出ると、店員はにこやかに対応してくれた。
「でしょう? お嬢さんはお目が高い」
「じゃあ、これをいただこうかな」
私が見ていたルビーのネックレスを彼は示す。彼が支払いと共に小さな紙を手渡しているのが見えた。店員は内容を確認すると、手招きして店の奥へ通してくれた。
奥の部屋は何だか湿っぽい。
「どうして彼女を連れて来たんだ?」
店員は彼の手を握るなり怒った顔をした。私たちの驚いた顔に彼は眉を下げる。
「この町に今若い娘はいないんだ。だから、お嬢さんの存在がバレたら、間違いなく連れていかれてしまうよ」
自分の心臓の音が聞こえるのがわかった。エデンさんもどこか不安そうな顔をしている。
「ここにいたら危険だ。ここから少し離れた湖のほとりに住んでいる職人がいるから、そこへ行きなさい」
そう言うと彼は渡した紙の裏側に地図を描き始める。
「ティディアントは元気かい?」
地図をエデンさんに渡すと小声で聞いて来た。
「元気です」
エデンさんも小さな声で返す。
「それならよかった。さぁ、すぐに行ってしまいなさい」
店員が裏口の扉へと案内してくれた。お礼を言ってすばやく外へ出る。森の中に一旦入り、カバンから飛び出したフォリンの背中に乗った。
誰かに抱えられながら森の中を走っている。心地よい揺れはすぐに止まった。女の人の泣き声と布にくるまれた感覚。水の音で船の上だと自覚する。
「ごめんね。あなただけでも普通の女の子になって」
脳内に染みついた女性の声。うっすら目を開けるが、涙で歪んだ視界はそう簡単には戻ってくれなかった。一つわかるのは、温かい手をしていたということ。そのまま彼女の気配はどんどん遠ざかっていく。その次にぼやけたままの目に映ったのは、大きな竜の影。フォリンだった。
朝、目覚めるとフォリンは心配そうな顔で覗いている。
「おはよう」
「グふーん」
甘えた声で寄り添ってくれた。顔を洗おうと鏡の前に立つと、涙の線が出来ていた。
私には二人の母がいる。生みの親と育ての親。どちらもこの上なく大切で、実母に関しては顔さえ覚えてはいなかったけれど。心に刻まれた深い愛が私の中に流れている。彼女にどうしても会いたい。もう一度目の前の自分を見ると、目がルビーのように怪しく輝いた。私はただ、一瞬の光に目をこするだけだった。
エデンさんの部屋をノックすると、すぐに返事があった。念入りに剣の手入れをしている。
「準備はいいかい?」
彼の問いに私は力強くうなずいた。彼が買ってくれた白と金のワンピースは、シンプルなデザインで素材も軽かった。私の格好を眺めると、エデンさんはにっこりと微笑む。
「やっぱり、似合ってる」
「ありがとう」
髪が邪魔にならないようにと、丁寧に編み上げる。アップスタイルは久しぶりだった。彼は少し髪を短くしたのか、大人びて見えた。
早朝、私たちはティディアントさんに教えてもらったお店に向かって出発した。バボン町の真ん中辺りに店を構えているらしい。顔がわからないように、私たちはあらかじめマントで身を包んだ。地味な茶色で頭も隠せる。あまり多くを語らないというバボンの空気に溶け込めるよう、向かう途中も口数は減っていた。
バボンに着くと、まだ朝靄が立ち込めていた。しっとりと湿ったこの時間に空いている店は僅かだ。昨日の昼食時に寄った店の三軒ほど先に、教えてもらったお店はあった。小さなジュエリーのお店。店内に入ると、ショーケースに並んだネックレスに目を奪われた。
「綺麗」
思わず声が出ると、店員はにこやかに対応してくれた。
「でしょう? お嬢さんはお目が高い」
「じゃあ、これをいただこうかな」
私が見ていたルビーのネックレスを彼は示す。彼が支払いと共に小さな紙を手渡しているのが見えた。店員は内容を確認すると、手招きして店の奥へ通してくれた。
奥の部屋は何だか湿っぽい。
「どうして彼女を連れて来たんだ?」
店員は彼の手を握るなり怒った顔をした。私たちの驚いた顔に彼は眉を下げる。
「この町に今若い娘はいないんだ。だから、お嬢さんの存在がバレたら、間違いなく連れていかれてしまうよ」
自分の心臓の音が聞こえるのがわかった。エデンさんもどこか不安そうな顔をしている。
「ここにいたら危険だ。ここから少し離れた湖のほとりに住んでいる職人がいるから、そこへ行きなさい」
そう言うと彼は渡した紙の裏側に地図を描き始める。
「ティディアントは元気かい?」
地図をエデンさんに渡すと小声で聞いて来た。
「元気です」
エデンさんも小さな声で返す。
「それならよかった。さぁ、すぐに行ってしまいなさい」
店員が裏口の扉へと案内してくれた。お礼を言ってすばやく外へ出る。森の中に一旦入り、カバンから飛び出したフォリンの背中に乗った。
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