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王子と少年
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「ジル君! 僕の後ろに」
ナタリアたちが城に着く数時間前。金髪の王子と黒髪の少年は、古城の目の前まで来ていた。馬での道のりは決して楽ではなかったが、彼らは確かに目的地まで着いていた。暗い森は朝特有の新鮮な空気をかき消す。朝か夜かわからないような静かな時が流れていた。
「ルビー姉ちゃんに会えたらラッキーだよ」
「どうして?」
「一番易しいから」
王子は別の意味でこの言葉を受け取っただろう。古城の扉を開けると大きな音が出た。
「シアンさん、伏せて」
少年の声で二人は地面にしゃがんだ。バタンと扉がしまると当時に彼らの上を矢がかすめる。
「あっち」
少年は王子の手を取って城の中を駆けていく。暗い中でもオレンジの灯りが廊下に並んでいた。埃っぽい香りに王子は乾いた咳をする。長い廊下を慎重に歩いていたが、咳の音は響き渡った。
「多分、ここらへんはサファイア姉ちゃんが来るよ」
少年はそう言うと剣を構えた。空気が微かに揺れる。ギラりと一瞬光ったのは、細長い剣だった。少年は必死に受け止める。そのまま払いのけると、人影はゆっくりとこちらに来た。
「シルバー?」
少女の声がする。
「サファイア姉ちゃん……」
明りの元に来て、やっと素顔が見えた。ナタリアよりもあどけなさが残る少女だ。王子の方を見ると、表情を険しくした。
「この方は誰なの?」
「僕はシアンです」
王子がお辞儀をするとサファイアは軽く会釈をする。
「シアンさんはラパーニュの王子様なんだ」
少女は辺りを見回して少年の口を塞いだ。
「しっ、ゴールドお兄様にばれたら大変」
サファイアに案内されるまま少年と王子は廊下を歩いた。時折飾られている絵画には、ほとんど同じ少女が描かれている。彼女は、ある部屋で足を止めた。
「ここ、今は誰もいないの。しばらく隠れててくれる?」
「わかりました」
「わかった……」
「しっ。聞かれたらダメだから」
静かにドアを開けると二人は中に入った。見回り中のサファイアとはここで別れる。
「ジル君、ケガしなかったかい?」
「大丈夫。練習してて良かったよ」
小さな背中は微かに震えていた。それに気づき、王子はそっと頭をなでる。少年ははにかんでその場に腰を降ろした。
「多分、閉じ込められたんだと思う」
「え?」
「サファイア姉ちゃんは、抜かりのない人だから」
王子が慌ててドアを開けようとすると、びくともしなかった。
「それなら、どうして部屋に入ったんだ?」
王子が振り返ると、少年はため息をついた。
「兄弟の中で、一番頭が良い人だから。信じているフリをした方が動きやすいでしょう?」
「たしかに、ジル君の言う通りだ」
監禁された部屋に居続けるほど、二人は愚かではない。すぐに薄暗い部屋の中で脱出口を探し始めた。しばらくして、ドア以外から脱出は不可能だと悟る。分厚い壁に、窓なしの部屋。そこは、まさしく牢獄だった。王子と少年は、隅で肩を寄せ合う。
「ねぇ、シアンさん。ナタリアお姉ちゃんのこと、好き?」
金髪の髪が大きく揺れた。王子は優しく笑う。
「好きだよ」
「じゃあ、シアンさんのお嫁さんになるの?」
今度は困ったように笑って首を振った。
「それはないな」
「どうして?」
「ナタリアはエデンのお嫁さんになるんだ」
少年は眉を下げる。
「でも、エデンさん、ナタリアお姉ちゃんのこと愛してないと思う。シアンさんのほうがよっぽどナタリアお姉ちゃんを幸せに出来るよ!」
「エデンはちゃんとナタリアのこと、愛してるよ。だから僕の入る隙間もないさ」
少年はさっきよりもっと不満そうに眉を下げる。その顔を見て王子は彼の頭をくしゃっとなでた。
「それに、僕にも婚約者がいるんだ。もう後戻りは出来ない」
「そっか……」
寒さが増す中、彼らは祈るように光を求めていた――
ナタリアたちが城に着く数時間前。金髪の王子と黒髪の少年は、古城の目の前まで来ていた。馬での道のりは決して楽ではなかったが、彼らは確かに目的地まで着いていた。暗い森は朝特有の新鮮な空気をかき消す。朝か夜かわからないような静かな時が流れていた。
「ルビー姉ちゃんに会えたらラッキーだよ」
「どうして?」
「一番易しいから」
王子は別の意味でこの言葉を受け取っただろう。古城の扉を開けると大きな音が出た。
「シアンさん、伏せて」
少年の声で二人は地面にしゃがんだ。バタンと扉がしまると当時に彼らの上を矢がかすめる。
「あっち」
少年は王子の手を取って城の中を駆けていく。暗い中でもオレンジの灯りが廊下に並んでいた。埃っぽい香りに王子は乾いた咳をする。長い廊下を慎重に歩いていたが、咳の音は響き渡った。
「多分、ここらへんはサファイア姉ちゃんが来るよ」
少年はそう言うと剣を構えた。空気が微かに揺れる。ギラりと一瞬光ったのは、細長い剣だった。少年は必死に受け止める。そのまま払いのけると、人影はゆっくりとこちらに来た。
「シルバー?」
少女の声がする。
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明りの元に来て、やっと素顔が見えた。ナタリアよりもあどけなさが残る少女だ。王子の方を見ると、表情を険しくした。
「この方は誰なの?」
「僕はシアンです」
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「ここ、今は誰もいないの。しばらく隠れててくれる?」
「わかりました」
「わかった……」
「しっ。聞かれたらダメだから」
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「ジル君、ケガしなかったかい?」
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小さな背中は微かに震えていた。それに気づき、王子はそっと頭をなでる。少年ははにかんでその場に腰を降ろした。
「多分、閉じ込められたんだと思う」
「え?」
「サファイア姉ちゃんは、抜かりのない人だから」
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「それなら、どうして部屋に入ったんだ?」
王子が振り返ると、少年はため息をついた。
「兄弟の中で、一番頭が良い人だから。信じているフリをした方が動きやすいでしょう?」
「たしかに、ジル君の言う通りだ」
監禁された部屋に居続けるほど、二人は愚かではない。すぐに薄暗い部屋の中で脱出口を探し始めた。しばらくして、ドア以外から脱出は不可能だと悟る。分厚い壁に、窓なしの部屋。そこは、まさしく牢獄だった。王子と少年は、隅で肩を寄せ合う。
「ねぇ、シアンさん。ナタリアお姉ちゃんのこと、好き?」
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「好きだよ」
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今度は困ったように笑って首を振った。
「それはないな」
「どうして?」
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少年は眉を下げる。
「でも、エデンさん、ナタリアお姉ちゃんのこと愛してないと思う。シアンさんのほうがよっぽどナタリアお姉ちゃんを幸せに出来るよ!」
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少年はさっきよりもっと不満そうに眉を下げる。その顔を見て王子は彼の頭をくしゃっとなでた。
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「そっか……」
寒さが増す中、彼らは祈るように光を求めていた――
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