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4.文官の一人は
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お茶をという声は、重苦しい空気のこの部屋には異質な響きだった。
普段であれば、その明るく優しい声は、張り詰めた仕事の合間の和みにもなっただろう。
実際、その声の主は、執務室の中でもそういう存在であった時期があった。
「侍従の方も、席を外しておられるのでしょう? 休憩なのに、お茶もお出ししていないと聞いて」
中から返事がないことに想うところがあったのか、扉の向こうの声はそう続けた。
王の私室へ続く扉は決して薄くない。この空間が王の個人的なものである以上、執務室などの隣接する部屋に声が抜けるようには作られていないのだ。
だから、執務室から聞こえるこの声は、扉にかなり近づいた上で、比較的大きな音量で話していることになる。
王の執務室には、文官が4名、常駐している。
その誰一人として、この私室に入ることは許されていない。出来るのは外から声を掛けることだけだ。
しかし、外にいるその人物は、”茶を入れる”名目で、入る許可を求めているのだ。
クラウスは小さく横に首を振った。
その仕草を見て、ギルバートは宰相として答えた。
「いや、問題ない。陛下はしばらくしたら執務に戻られる。ヘザー嬢、君も持ち場に戻りなさい」
先ほどまでの砕けた口調を封印したギルバートの声は、外の人間に聞かせるための音量と強さを帯びている。
この部屋には入れない。そう言外に伝えているのだが。
「でも、お茶菓子も出ないなんて、ゆっくりお休みになれないのではないですか?」
女性の声は食い下がる。声を掛けている女は、執務室の文官の一人だ。
名は、ミラ・ヘザー。ヘザー伯爵家の令嬢である。
「君の仕事は、茶を入れることではないだろう。陛下がお休みの間の執務を滞らせるつもりか?」
「ですが」
「必要ないと言っている。必要であれば、陛下の侍従が対処するのだ。君の仕事ではない」
言い募る相手に、ギルバートは言葉を被せるように低く一段と大きく返した。
「……承知いたしました。陛下、無理はなさらない様にしてくださいませ」
クラウスは目を閉じた。
そして、扉の前の気配が消えるのを、ギルバートは鋭い目を扉に向けたまま待った。
「最近はいつもあんな態度なのか?」
ギルバートの疑問に、
「最初の頃は、大人しかった。前評判に違わず、仕事はよく出来る。
今や、他の文官もアレを頼りにすることがあるくらいだ。
だから、声を掛けることが増えていたのは事実だ」
そうクラウスが答えた。
「それが噂の発端だな」
「そうだろうな。
だが、アレはあくまで文官だ。部下の一人にすぎない。そう接してきたはずだし、私に他意はない。
他の文官とも差を付けてはいない。いないが、仕事が彼女に偏りつつあるから、どうしても会話が増えるのだ」
「むしろ、最初のうちは、余り相手にしていなかっただろう。
しかし、女性の文官登用の弊害がこんな形で出るとは」
この国では、長く政治へ関わる仕事に女性の登用を拒んできた歴史がある。
それが大きく動いたのは、前王妃――現在の王太后が隣国から嫁いできてからだ。
隣国は、歴代の王の中に女王も存在するような女性の地位が高い国である。そして、国力にも大きな差がある。
クラウスの父は、すでに婚約者がある身であったのに、隣国からの圧力に押されて、隣国の王女を正妃とした。
もともと、国内では女性の地位の改善について議論が進んでいたことも有り、隣国の風はその背中を押したのだ。
そうして、クラウスの執務室にも、優秀と折り紙付きの令嬢が文官として配属された。
それが、ミラ・ヘザーであった。
普段であれば、その明るく優しい声は、張り詰めた仕事の合間の和みにもなっただろう。
実際、その声の主は、執務室の中でもそういう存在であった時期があった。
「侍従の方も、席を外しておられるのでしょう? 休憩なのに、お茶もお出ししていないと聞いて」
中から返事がないことに想うところがあったのか、扉の向こうの声はそう続けた。
王の私室へ続く扉は決して薄くない。この空間が王の個人的なものである以上、執務室などの隣接する部屋に声が抜けるようには作られていないのだ。
だから、執務室から聞こえるこの声は、扉にかなり近づいた上で、比較的大きな音量で話していることになる。
王の執務室には、文官が4名、常駐している。
その誰一人として、この私室に入ることは許されていない。出来るのは外から声を掛けることだけだ。
しかし、外にいるその人物は、”茶を入れる”名目で、入る許可を求めているのだ。
クラウスは小さく横に首を振った。
その仕草を見て、ギルバートは宰相として答えた。
「いや、問題ない。陛下はしばらくしたら執務に戻られる。ヘザー嬢、君も持ち場に戻りなさい」
先ほどまでの砕けた口調を封印したギルバートの声は、外の人間に聞かせるための音量と強さを帯びている。
この部屋には入れない。そう言外に伝えているのだが。
「でも、お茶菓子も出ないなんて、ゆっくりお休みになれないのではないですか?」
女性の声は食い下がる。声を掛けている女は、執務室の文官の一人だ。
名は、ミラ・ヘザー。ヘザー伯爵家の令嬢である。
「君の仕事は、茶を入れることではないだろう。陛下がお休みの間の執務を滞らせるつもりか?」
「ですが」
「必要ないと言っている。必要であれば、陛下の侍従が対処するのだ。君の仕事ではない」
言い募る相手に、ギルバートは言葉を被せるように低く一段と大きく返した。
「……承知いたしました。陛下、無理はなさらない様にしてくださいませ」
クラウスは目を閉じた。
そして、扉の前の気配が消えるのを、ギルバートは鋭い目を扉に向けたまま待った。
「最近はいつもあんな態度なのか?」
ギルバートの疑問に、
「最初の頃は、大人しかった。前評判に違わず、仕事はよく出来る。
今や、他の文官もアレを頼りにすることがあるくらいだ。
だから、声を掛けることが増えていたのは事実だ」
そうクラウスが答えた。
「それが噂の発端だな」
「そうだろうな。
だが、アレはあくまで文官だ。部下の一人にすぎない。そう接してきたはずだし、私に他意はない。
他の文官とも差を付けてはいない。いないが、仕事が彼女に偏りつつあるから、どうしても会話が増えるのだ」
「むしろ、最初のうちは、余り相手にしていなかっただろう。
しかし、女性の文官登用の弊害がこんな形で出るとは」
この国では、長く政治へ関わる仕事に女性の登用を拒んできた歴史がある。
それが大きく動いたのは、前王妃――現在の王太后が隣国から嫁いできてからだ。
隣国は、歴代の王の中に女王も存在するような女性の地位が高い国である。そして、国力にも大きな差がある。
クラウスの父は、すでに婚約者がある身であったのに、隣国からの圧力に押されて、隣国の王女を正妃とした。
もともと、国内では女性の地位の改善について議論が進んでいたことも有り、隣国の風はその背中を押したのだ。
そうして、クラウスの執務室にも、優秀と折り紙付きの令嬢が文官として配属された。
それが、ミラ・ヘザーであった。
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