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報告書 1

日報 7

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 冒険者の街メイズロンドでも屈指の実力を誇るパーティ、【勝利の盃ザ・ビクトリーズトロフィー】のリーダー、ザンダの口から出た”まさかの”スカウトの言葉に、ーーざわりっ!ーー と冒険者ギルド内の空気が一気に騒がしくなる。

「お、おい!聞いたか今の!? 」
「…あ、ああ!まさかザンダさんが新人を勧誘するなんて……っ!? 」
「まあ、確かにこの前は悪魔みたいな強さだったからなぁ……!」

 冒険者達がヒソヒソと噂し合う。殆んどの冒険者達は、先日の救人とドンゴの一件を、直接目撃したか、そうした仲間達から話を聞いた者達ばかりだが、中には救人の事を全くの初見の者も居る。

「なあ、あのってそんなに強いのか?」
「は?何だ、お前知らねえのか!? ほら、この前ドンゴ達がぶっ飛ばされた話があっただろ? アレをやったの、あそこに居るだぞ?」
「はぁ?イヤイヤ待て待て、あんな可愛い娘がそんな事出来る訳ないだろ!?」
「ば~か、俺はあの時、この目で見てたんだよ! それにな、アレ可愛いく見えてもなんだってよ!」
「マジか! くっ、騙された…………っ!?  」

 (騙してねぇよ!お前等が勝手に勘違いしてただけだろうがっ!)

 好き勝手にヒソヒソ話で盛り上がる冒険者達。ものの、やはり勝手な勘違いで弄られるのは面白くない救人だ。

「え~と…、ありがとうございます。ですけど、一先ず返事は待ってもらっていいですか?」
「ん?それは別に構わないが…、何か予定でもあるのか?」
「いや、というか俺まだんですよね 」


『『『『『はあああああああああああああああっ!!!? 』』』』』


 ベテランパーティから”ポッと出”の新人に対しての異例の勧誘に、興味津々で聞き耳を立てていた周りの冒険者達だったが、救人の口から出た予想外一言に、一斉に驚きの声を上げる。

「ちょっと待てぇ! あんなクソ強えところを見せ付けといて、未登録だと!? 」
「デタラメ言ってんじゃねーよっ!」
「そーだ、そーだぁっ!」
「男でもいい!結婚してくれっ!! 」

 救人の”未登録”発言に、今度は一斉にブーイングを上げ始める冒険者達。いや、約一名程何か違うのも混ざっている様だが……!?

やかましいっ!テメェ等が勝手に勘違いしてただけだろうがっ!後何か変な奴居たな!? 俺にそんな趣味はねぇよっ!? 」

 ガーーッ!っと騒ぎ立てる冒険者達に向かって吼える救人。どうやら理不尽に数日間拘束されたストレスは相当鬱憤として溜まっているようだ。

「ははははははははははははははははははっーーーー!! 」

 ギャーギャーと野次馬達と言い合いを始めた救人を横に、”可笑しくて堪らない”とばかりに大笑いするザンダ。そのあまりの大笑に、言い合いを止め呆気にとられる救人と冒険者達。


「そうか!そりゃあそうだよな、登録に来たところでドンゴに絡まれて、そのままミーナに捕まったんだもんな!いや悪い、じゃあ向こうで俺達は待ってるから、先に登録を済ませてくれ。わはははははははははははっ!! 」

 よほど”ツボにハマった”のか、パーティメンバーを連れて飲食ブースの方へと向かう間も大笑いしているザンダを見送り続ける一同。

「な、何だいきなり……?」
「ん…コホン! ま、まあキュウトさん、取り敢えず登録しちゃいましょう!」
「そ、そうだな…っ!」

 自分も呆気に取られていた事を誤魔化す様に、咳払いをひとつしてキュウトに登録を促すシスティーナ。

「お疲れ様君、いきなり大変だったわね~。でも、あの時はシスを助けてくれてありがとうね 」

 カウンターで応対してくれたのは、前回と同じくライラだった。

「こんにちは、ライラさん。その節はご迷惑掛けてすいませんでした。結局登録出来なかったんで、改めて冒険者登録しに来ました 」
「あははは!良いの良いの、でも君って、見かけによらず強いのね~!私吃驚しちゃった!? 」
「ええ、まあ…、そこそこには…。あの、何かある前に、先に登録してもらっていいですか?」
「そうだったわね、前回はドンゴ、今はザンダさん、って、何故か登録前に邪魔されてるもんね?また誰か来たりして!」
「フラグ立てるのやめて下さいよ………… 」

 コロコロと楽しげに笑うライラとは反対に、ゲンナリとした顔になる救人。

 前回といい今回といい、つくづくに邪魔が入る。
 『二度ある事は三度ある』とは言うが、流石に今度は勘弁して欲しいと思う救人だ。

「んじゃ、ちゃっちゃと済ましちゃいましょーか?でも、君って、冒険者登録するの初めてなんだよね?」
「そうですけど?」
「ん~? じゃあ、一応アレコレ説明しなきゃいけないんだけど、いい?」
「あ~、お願いします。ホント何も知らないんで 」

 少し申し訳なさそうに尋ねて来るライラ。正直に言えば、地球に居た頃に読んだ小説や漫画などと大差無いとは思うのだが、細部の部分で違っているかもしれないので、一応ひと通りの説明は聞いておこう、と説明を聞くことにする。

「そうね?登録にかかる費用や手順はこの前説明したよね?」
「はい、銀貨を一枚と、ちょっぴり血が要るんでしたっけ?」
「そうそう!よく覚えてたわね、感心感心! じゃあ、ランクのシステムとか、ギルドのルールの説明だけするわね?」
「お願いします 」

 すると、 スチャ!っと眼鏡を掛け、コホン、と勿体振った咳払いを入れるライラ。どうやら形から入るのが好きなタイプらしい。

「まず、〈冒険者ランク〉ね、最初は皆んな”F”から始まって、モンスターの討伐や素材の採取の依頼の達成などで、段々「功績ポイント」が貯まっていくと、E~D~と順番に上がって行って、最高は〈Sランク〉まであるわ。 本当は更にその上に”SS、SSS”とあるんだけど、これには三つ以上の支部のギルドマスターの推薦の後、ギルド本部で行われる幹部会議での決定と、グランドマスターの承認が無ければ認定されないから、よっぽどで無い限り余り関係無いわね。ここまではいい?」
「はい 」
「依頼にはそれぞれ過去のデータから、達成の目安となる「適正ランク」が設定してあるわ。そして、受ける事が出来る依頼は、適正ランクが自分のランクのひとつ上のランクまで。例えば君なら「適正ランクE」までね? これは、まだ力も経験も無い新米冒険者や、逆に少し力を付けた冒険者が、自分の力を過信して自分の力に見合ってない依頼を受けて、依頼に失敗したり、無駄に命を落とす事の無い様にする為の処置なの。 君はもう分かってると思うけど、『冒険者ランク』とは、”強さ”を意味する言葉と言うよりも、『冒険者として、どれだけの成果を達成して来たか?』という”経験”を表すモノよ。だから、〈Cランク〉のドンゴを瞬殺した君であっても、スタートは必ず〈Fランク〉からなの。ごめんなさい、そこは納得して欲しいんだけど、いい?」

 ニコニコと笑顔だったライラが、ここだけは”プロの受付嬢”らしく、表情を引き締めて真剣な眼差しで救人を見詰めて言う。
 だが、これは必要な事だろう。とにかく腕っ節自慢の冒険者達は、とかく自分の力を誇示したがる傾向がある。
 
 また、依頼の中には『指名依頼』という物がある。これは読んで字の如く依頼者が冒険者を指名して依頼を出す事であるが、こうした依頼は得てして報酬が高い。
 ライラが言った様に、冒険者ランクの高さとは、今までどれだけの事を達成して来たか?という実績の証しなのだ。それはその冒険者に対する信頼の高さに繋がり、指名依頼を受け易くなるのだ。
 
 依頼の”適正ランク”が高い程、当然ながら貯まる功績ポイントも多い。その為、上を目指す冒険者達は挙って難しい依頼を受けたがるのだが、中には自分の力を誇示したいが為に見栄を張って、その力に見合っていない依頼を受けて命を落としてしまう冒険者達もまた少なからずいるのだ。

「分かりました。別に強いとか弱いとか、そんな事にこだわるつもりも無いんで、全然構いませんよ?」
「ありがとう、君ならそう言ってくれると信じてたわ! それじゃあ続きね?依頼の受注に関しては、酷いようだけど自己責任よ?難しい依頼の時に、続行か?撤退か?は自分で判断するしか無いから。ちなみに、依頼に失敗しても、ギルドに迷惑が掛からない限り、特にペナルティーは無いけど、依頼者に対して賠償が発生する場合もあるから注意してね?……後は…? そうそう!この前はドンゴが一方的に悪かったから仕方ないけど、冒険者ギルドの建物内での私闘は基本的に御法度なの。特に刃傷沙汰なんかの悪質な場合には、冒険者登録の抹消、ドンゴみたいに捕縛して警備隊への逮捕もあるからね? それから冒険者同士の揉め事に対しては、基本ギルドは不介入よ。ただし、これも余りに目に余る場合にはギルドから指導が入る時もあるから、どうしても困った事になった時は申し出るといいわ。 こんなところだけど……、君から何か質問はある?」

 長い説明を一気にした事で、ちょっぴり息切れをしながら救人に聞いてくるライラ。ふむふむ、と頷きながら聞いていた救人だったが、所々、ちょいちょいと部分をライラに聞いてみる。

「いえ、だいたい分かりました…が、ライラさん?俺は”キュウト”です。”キュート”はやめて下さいよ 」
「いいじゃなーーい!”可愛いのに強い”なんて最高じゃない!ねねねっ!どう、どう!キュート君、お姉さんの恋人になってみないっ!?」


『『『『『何だってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!? 』』』』』


 冒険者達の”アイドル”、受付嬢の爆弾発言に、またまた騒がしくなる冒険者ギルドだった ーーーーーー。







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