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第一章 真実の愛を見つけた夫
08 接近する二人
しおりを挟むーーーーヘイズ・シンプソン。
兄のアントンよりも五歳ほど年下の彼は、レミリアよりも若く、跡取りという肩の重荷がないだけあって好きに生きているようだった。見た目はさほど兄と変わらないものの、持ち前の明るさと社交術でいつも違う女を連れている。
そして、どういうわけかこの男はしばしばアントンの不在のときを狙って屋敷に押し掛けて来る。
「やぁやぁ、義姉さん!兄さんに聞いたよ、とうとう離縁する運びとなったんだって?」
「まぁ、噂が早いのね」
「白々しい言い方はよしてくれ。同じ家族じゃないか!本来なら兄の口からではなく、義姉さんからの口から教えてほしかったんだよ」
レミリアは机の上の書類の束から顔を上げて「どうして?」と尋ねた。
今日のヘイズは流行りの舞台俳優に倣って青く染めた髪を後ろに撫で付け、ジャラジャラと音の鳴る金のネックレスを首に引っ掛けている。散歩する犬にこういうのを付けたら迷子にならなくて良さそうね、と内心感心した。
「またまたァ。僕らの関係を忘れたのか?」
「私がボケていなければ、貴方はアントンの弟で亡くなったシンプソン公爵の二人目の息子よ」
「はぁ、義姉さんは生真面目だな。僕の気持ちには気付いているくせに、いつだって惚けたフリをするんだから」
大袈裟にそう言って溜め息を吐いたヘイズが、ソファから立ち上がる。そのまま何歩か歩くと座るレミリアの後ろに回り込んで身を屈めた。
「好きなんだよ、レミリア」
熱い息を感じて咄嗟にレミリアは目を閉じた。
頭の中では新婚旅行で訪れた亜熱帯地方の密林を思い浮かべる。よく分からない楽器を叩いて歌い踊る自分たちと異なる部族、可愛くて連れて帰りたいと思ったゾウの赤ちゃんなど。
「………ヘイズ、やめて」
なんとか落ち着きを取り戻して言葉を返す。自分の右手が勝手に飛び出していかなかったことを褒め称えたい。彼からのこうした無礼は慣れていたはずだったのに。
残念そうに小さく舌打ちをして義弟がソファに戻るのを確認して、レミリアは顔を上げた。相手の機嫌を損ねてはいけない。
「貴方がこういうことを誰にでも言ってるって知ってるわ。私はバカじゃないから騙されない」
「つれないなぁ、本当なんだよ。真面目な話、僕は一度振られた女の家をこう何度も訪問したりしないさ。おまけに君は大嫌いな兄の妻だ」
言いながらティーカップの中にポトンポトンと四角い砂糖を落とすと、ヘイズは一気にそれを飲んだ。
「それでも欲しいと思う。男としてのプライドを捨ててまで僕は君にアプローチしているんだよ!」
「それなら証拠を見せてちょうだい」
「え?」
レミリアは夫と同じ青い双眼を見据える。
言うべき言葉はすでに用意していた。
「ネモフィラが咲き乱れる丘の上に別荘があるでしょう?あの別荘が私は気に入っているの」
「あぁ……あんな古臭い別荘どこが良いんだ?」
「夫との離縁が片付いたら静かに過ごしたいのよ。出来れば人目が気にならないような場所で、大切な人と……」
そう言って少しだけ首を傾けてみると、察しの良いヘイズは何かを感じ取ったようだった。二つの鼻の穴がフンと膨れて気合いが入る。
「その程度のこと……!もっと早く言ってくれれば良かったのに!義姉さんときたら散々待てをさせた上でこんな誘い方をするなんて、本当に敵わないよ」
「貴方がここまで話が分かる人だと思わなかったのよ。やっぱりアントンとは大違いね」
「だろう!僕は兄より優秀なんだよ、そしてそれを理解できる義姉さんこそ僕に相応しい……!」
レミリアは何も答えずに微笑む。
ヘイズは今日中に従者に別荘の立つ土地の権利書を託ける、と言い残して部屋を去った。
強い香水の匂いにくしゃみをしながら、窓を開けて換気する。ちょうど階下では、今しがた別れた義弟が機嫌良く玄関から出て来たところだった。レミリアは小さくなる背中を息を殺して見送る。
「何もかも計画通りにいきそうよ……お義父様」
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