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第三章 シンプソン公爵家の当主
41 友人
しおりを挟むそういうわけで、アントンが起こした裁判は閉幕を迎えた。裁判長はレミリアに無罪を言い渡して、シンプソン公爵家の正式な当主であると認めたのだ。悔しそうな顔で場を去ったアントンたちは、最後の最後までこちらを睨み付けていた。
レミリアはというと、急な参加にも関わらず完璧な弁護をしてくれたリーマン・ラッセルへのお礼を伝えて、報酬金は後日必ず支払うという約束を申し出た。しかし、ラッセルは不要であると言って譲らない。
「大切な友人の頼みでしたから。お礼ならレコルテくんに伝えてあげてください。今頃外でタバコでも蒸していることでしょう」
「………! ありがとうございます」
レミリアは深く頭を下げて、踵を返して走り出す。裁判が終わって一息吐いた後には、話したい相手はもうその場に居なかった。ラッセルの言うように、近くで見つかれば良いのだけど。
もつれる脚を動かして走り回ること五分程度。レミリアはなんとかホークスを発見した。グスタフの街が一望できる場所で、こちらに背を向けて立っている。
「ホークス!」
久方ぶりに呼んだ名前が静かな空気を揺らした。
「………なんだ、もう帰ったのかと」
「貴方にお礼を言わずに帰るわけがないでしょう!色々と驚くことばかりで……」
そこで言葉が途切れてしまう。
亡くなった前公爵との関係、彼が過ごした幼少期を考えると、どんな風に話せば良いのか分からなくなる。何も知らずに、無邪気に義父の死後に弁護士として彼を頼った自分がひどく馬鹿に思えた。
何を思って、相談を受けたのか。
どういった気持ちで一緒に居てくれたのか。
「謝るなよ、レミリア」
先ずは謝罪から、と開き掛けた口を咄嗟に閉じた。ホークスは困ったように眉間に手をあてて、しばし考える素振りを見せる。
「あんたに非があるわけじゃない。これは俺の問題で、さっきも言ったがこんなことにならない限りは明かすつもりはなかったんだ」
「でも……!」
「俺に当主印は必要ない。当たり前のことだ。離縁した女の息子に大切な印を送り付けるなんて、死に際になると人間頭が緩むんだろう」
「ホークス、お義父さんはきっと、」
「必要としてないんだよ。あの人がどんな考えで寄越したにせよ、俺にとっては過去の遺物でしかない。追い出した俺たちの様子を知ろうともしなかった奴が、今更罪滅ぼししようとしたって遅いんだ」
それっきり黙り込んだホークスを前に、レミリアはもう何かを言うべきではないと判断した。頬を撫でる風に目を閉じて、心を落ち着かせる。
ありがとう、そう言って立ち去るべきだ。
もごもごと長い感謝の言葉を述べるでもなく、第三者の憶測で労いの言葉を掛けるわけでもなく。彼だって訳ありの自分と一緒に居たくはないはず。
「あのね、ホークス……」
意を決して顔を上げたレミリアに、ホークスは「そういえば」と顎に手を当てて口を開いた。
「謝ってほしいことはあるな」
「え?」
「俺は高貴な暇人の相手をするたびに貴重な紅茶の茶葉やらコーヒーの豆を犠牲にしてたんだ。あんたが居る間は他の客人も案内出来ないし、商売にもならない」
「そんなこと……!」
「あるね、大アリだよ。うちは知っての通りの貧乏事務所だから、友達の接待で俺の手が塞がってたら仕事にならなくて困った」
「………悪かったわねぇ、そんなに嫌味ったらしく言わなくても良いじゃない」
思わず唇を尖らせて不服を示すレミリアを見て、ホークスは少しだけ笑った。
「冗談だよ。あんたはそれぐらい怒ってた方が元気そうで良い。しっかり寝て、しっかり食べて、公爵家の当主らしく偉そうに踏ん反りかえって過ごしてくれ」
「ご褒美をくれない?」
「ご褒美?」
驚いたように聞き返すから、調子に乗り過ぎたことを反省したけれど、今更引っ込むわけにもいかなかった。
区切りを付けるために、と自分の中で言い訳じみた言葉を繰り返してホークスを見上げる。友人と呼ぶには気持ちが大きくて、苦しい。
「あ、えっとね、なんて言うか…… 色々と疲れたからちょっと肩を貸してほしくて。べつに慰めてほしいわけじゃないんだけど、他の人には言い辛いからこの機会にと思って、」
しどろもどろに無理矢理な説明を続けていたら、ポンッと頭の後ろが押された。すぐに深いタバコの匂いで胸がいっぱいになる。
「お疲れ様、レミリア。あんたは十分頑張った」
「………っ」
ほんの数分。もしくは数秒。
回らない頭の上から聞こえた「幸せになれよ」という呪いのような言葉は、都合よく聞こえないフリをしてレミリアは目を閉じた。
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