14 / 18
14 小さな卵
しおりを挟む夜の風が頬を撫でる。
ダコタは銀色の封筒を胸に、アルバートの姿を探していた。白衣を羽織っていないと彼の黒髪は闇に溶けて見つけることが難しい。
エディたちの一件があってから、すぐにアルバートの姿を探したけれど、ダコタが目を向けた時にはもう既にそこに居なかった。
そして、そのままダコタはクラスの女子に捕まってエディやルイーズの件について色々と慰めの言葉を掛けられ、そうこうしている間にダンスの表彰式が始まった。
アルバートのリードがよほど素晴らしかったのか、優勝までは出来なくてもダコタたちのペアはベストペア賞を受賞した。それは最近恋人を失って、先ほどの寸劇を目の当たりにしたダコタにとっては皮肉なことだったが、副賞の食堂で使えるランチチケットは嬉しいので、恥をしのんで一人で壇上に上がって受け取った。
ワイズ校長は「アルバート先生にも」と二つの封筒を渡してくれたので、ダコタはお使いを済ませるためにも自分のペアだった男を見つける必要がある。
(どこに行っちゃったの……?)
パタパタと走り回っているうちに、最初に待ち合わせをした礼拝堂の近くまで辿り着いた。
いくぶんか寒くなった夜の空気にくしゃみを一つして、ダコタは再び重たい扉を押し開ける。綺麗に並んだ長椅子の一つにアルバートが座っているのが目に入った。
「………先生、」
眠っているように目を閉じる横顔に呼び掛ける。
ゆっくりと瞼が開いて碧眼がこちらを見た。
「ヒューストンさん。どうしました?」
「これを渡したくて…先生のお陰で、私たちはベストペア賞に選ばれたんです。間に合わせのペアでこんな賞をいただけたのは先生のお陰ですね」
「君の涙が審査員の胸に刺さったのかもしれませんよ」
「…………気付いていたんですね」
ふっと大きく息を吐いてダコタはアルバートの後ろに腰掛ける。頼りないダメな大人だと思っていたアルバートの背中が、今では、遠く離れた年上の男のものに見えた。
「申し訳なく思っています……先生を巻き込んだこと」
「巻き込む?」
「はい。私が軽率に先生にダンスのパートナーを頼んで、無理矢理に付き合わせました。本当は面倒でしたよね?」
「べつに貴女を責める気持ちはありませんよ」
「でも……」
「ウィンカムくんに魅了薬を渡したのは僕の判断ですし、それは教師として問題です。もともとたぶん向いてないんです。僕は子供は嫌いですし、人付き合いも苦手なので」
「先生にとって…私たちは子供ですか?」
アルバートは首を捻って顔だけこちらに向けた。
だけど、すぐに困ったように目を逸らす。
「………子供です。一緒に居ると疲れる」
「そんなに年は変わらないと思いますけど。先生っておいくつでしたっけ?」
「僕は二十五歳です。君より七年も長く生きている」
「たった七年じゃないですか」
なんだかムッとしてダコタは思わず言い返した。
アルバートは何も反応を示さずに、また前を向いたままで黙っている。目玉だったダンスパーティーも終わって学生たちは帰路に着いたようで、外の喧騒も収まったように思えた。
「ヒューストンさんは……自分のことに一生懸命で、なんてことない恋愛で一喜一憂出来る素直な子供です」
「………意地悪な言い方をしますね。なんてことない恋愛でも私にとっては全てだったんです。自分なりに正解を見つけて、不器用だけど相手を愛そうとしました」
「そうですね。羨ましいです、その素直さ」
「魅了薬が三ヶ月で切れるようにしたのはわざとですか?」
アルバートは答えず、少しだけ笑って立ち上がる。
おもむろに伸びてきた手がダコタの頭をわしゃっと撫でた。
「何するんですか!」
「すみません、つい」
「ついって………」
「あ、そういえば。いつかに僕が踏ん付けたぬいぐるみですが、洗ったので返します。あとこれはお詫びの印にプレゼントです」
そう言ってアルバートは、ダコタの手のひらの上に小さな茶色い卵を落とした。うずらの卵ほどの大きさのそれは、目玉焼きにするには物足りないように感じる。
「……これは?」
「放っておくと割れます。中から花の種が出てくるので、育ててみてください」
「そんな、突然…!」
「今の君にはちょうど良い暇潰しでしょう?」
目を細めて笑うと、アルバートは洗って綺麗になったイルカのぬいぐるみをダコタに渡す。踊っている時は持っていなかったから、何処かに置いていたのだろうか。今となってはどう扱って良いか分からないそのぬいぐるみに、複雑な思いを抱いた。
「無責任なプレゼントですね」
「そうですか?育て甲斐があってきっと楽しいですよ」
ダコタは手の中の丸い卵を握り締める。
小さな塊がわずかに震えた気がした。
アルバートの姿を見たのはその日が最後で、次の日学校へ行くと魔法薬学の教師が交替するという張り紙が貼ってあった。急遽臨時で赴任した中年の女は短気な性分で、ことあるごとに「前任者は」と文句を言った。
エディは休学し、ルイーズは退学することになった。
謎に気合いの入ったマックが「僕が養わなければいけないから」とクラスメイトに向けて話しているのを聞く限り、彼女が最終的にどちらを選んだのかは明白だった。或いは、選ばざるを得なかったのか。
こうして、ダコタは短い春を乗り越えて、プリンシパル王立魔法学校を卒業した。
726
あなたにおすすめの小説
婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~
みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。
全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。
それをあざ笑う人々。
そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。
完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。
婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。
愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。
絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……
10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?
水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のソフィア・キーグレスは6歳の時から10年間、婚約者のケヴィン・パールレスに尽くしてきた。
けれど、その努力を裏切るかのように、彼の隣には公爵令嬢が寄り添うようになっていて、婚約破棄を提案されてしまう。
悪夢はそれで終わらなかった。
ケヴィンの隣にいた公爵令嬢から数々の嫌がらせをされるようになってしまう。
嵌められてしまった。
その事実に気付いたソフィアは身の安全のため、そして復讐のために行動を始めて……。
裏切られてしまった令嬢が幸せを掴むまでのお話。
※他サイト様でも公開中です。
2023/03/09 HOT2位になりました。ありがとうございます。
本編完結済み。番外編を不定期で更新中です。
【完結】いつも私をバカにしてくる彼女が恋をしたようです。〜お相手は私の旦那様のようですが間違いはございませんでしょうか?〜
珊瑚
恋愛
「ねぇセシル。私、好きな人が出来たの。」
「……え?」
幼い頃から何かにつけてセシリアを馬鹿にしていたモニカ。そんな彼女が一目惚れをしたようだ。
うっとりと相手について語るモニカ。
でもちょっと待って、それって私の旦那様じゃない……?
ざまぁというか、微ざまぁくらいかもしれないです
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》
【完結】わたしの大事な従姉妹を泣かしたのですから、覚悟してくださいませ
彩華(あやはな)
恋愛
突然の婚約解消されたセイラ。それも本人の弁解なしで手紙だけという最悪なものだった。
傷心のセイラは伯母のいる帝国に留学することになる。そこで新しい出逢いをするものの・・・再び・・・。
従兄妹である私は彼らに・・・。
私の従姉妹を泣かしたからには覚悟は必要でしょう!?
*セイラ視点から始まります。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる