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第二章 男爵とそのメイド
56.玩具と提案
しおりを挟む冷えた空気がより一層冷たく感じるのは何故でしょう。
私は目前でブルブルと揺れる小さな卵を見つめます。自分に痛いほどの視線が注がれていることは気付いていますが、どうにもそちらを見る勇気は出ません。
「…………それで、」
呆れたような声音でロカルドが言葉を発します。
呆れて当然でしょう。なんなら叱ってほしいぐらいです。
「君がこんな夜中に俺を訪ねて来て叩き起こした挙句、土産だと言って差し出したものがこれなわけだが」
「でも、眠ってはいませんでしたよね?」
「どちらにせよ頭は寝ていた。これが何か分かって俺に持って来たのか?」
「……いいえ」
電子音を響かせながら震え続けるプラスチックのその卵は、ロカルド曰くアダルトグッズのようでした。
奴隷の男は日用品と言って差し出して来たので、私は次に会ったら絶対に鞭打ちの刑に処そうと思います。だってアダルトグッズは日用品ではありません。それとも、もしかすると彼にとっては日用品の一種だったのでしょうか?
とにかく、大恥をかいたことは事実です。
「アンナ……君が俺のことを試すというから、俺としてもそれなりの配慮をしてきたつもりだ」
「ええ。そのようで……」
「これも君の言う”試す“ための行為か?」
「いいえ、これはですね……違います。今日は私の出勤日でして、異国の土産と称して客がくれたのです」
「それを俺のところへ持ってきたと」
「そうです」
正直に答えてチラッとロカルドを見上げると、なんとも言えない苦悩の表情をしていました。
「旦那様……体調が悪いのですか?」
「そうだな、はっきり言って最悪だ。だが、君に看病させるわけにはいかない。なんて言ったって、俺は今、試されているから」
「………? はい」
よく分からないままに頷くと、ロカルドは何か名案が浮かんだように表情を明るくしました。
クローゼットに近付くと何やらゴソゴソと中を漁って、戻ってきた彼の手には私がいつの日かプレゼントしたネクタイが握られていました。
「アンナ、こういうのはどうだ?」
私は彼の名案を聞くために身を乗り出します。
ロカルドは私の手にネクタイを押し付けました。
「これで俺の目を隠してくれ。せっかく大切なお客様にもらった玩具だろう?ここで、使ってみたら良い」
「はい……?」
「俺は君の方を見ないようにする。さすがに直視すると君も恥ずかしいと思うからね。ただ、指示は俺が出す」
「え、えっと……よく分からないのですが」
「分からなくて良い。俺は君の従順な奴隷として、この両目を隠した上で女王である君を誘導しよう」
そう言ってロカルドは良い笑顔を見せます。
私は言われるがままに頷いて、その手を取りました。
これは後から学んだことですが、こういった場合に素直に了承するのはかなり危険なことです。いくら相手が親切そうに丁重な物言いで語り掛けて来たとしても、その裏にあるのが善意とは限りません。
こうした判断力の鈍さが、私が愚鈍とされる所以でしょう。
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