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第一章 失われた記憶編
11.王子は読み違える【N side】
しおりを挟むふわりふわりと夢の中に居るような感覚だった。
ベッドの上に座り込み、自分を見上げるリゼッタの茶色い瞳が小さく揺れる。それは彼女の中にまだ迷いがある印だった。白い肌をもう堪能できなくなるのは、寂しく思えた。
病院で目覚めて、婚約者として彼女を紹介された時、正直なところ「真面目で面白味のなさそうな平凡な女」というイメージを持った。地味な茶色い髪に同じく茶色い瞳。こういう女を好む男が一定数居ることは推測できたが、王族である自分に嫁ぐ女としては少し物足りないと思ってしまったのだ。
「……国王夫妻には私から説明します。貴方に何かを望むこともしません。ただ、お願いです…本当に愛する人と一緒になってください」
彼女の小さな口から出てくる一言一句が、頭の中でぼんやりと響いた。
引き止めたいわけではないし、目障りだから追い出したいわけでもない。ただ、都合良く振る舞った結果として彼女を失った場合、記憶が戻った自分はどう思うのだろうと考えた。
ウィリアム曰く、リゼッタ・アストロープは俺がすべてを投げ打ってでも手に入れたかった人間らしい。そんな大層な言い回しを真顔で言われた時は彼の正気を疑った。馬鹿げていると思う。自分は強国アルカディアの王子なのだ。たかが女一人のために奔走して、生涯を捧げるなんて阿呆らしい。
後腐れなく遊べる適当な女と軽い恋愛を楽しむ方が魅力的に思えた。身体が満たされれば心も満たされる、その逆は決して起こり得ないと信じて疑わなかった。
だから、昼間は愛らしいカーラの良き話し相手となって、夜は婚約者という役割を利用してリゼッタと身体を重ねた。記憶と共に失われた愛情も、渇いたような身体の欲を満たせば、気にせずに居ることができた。
リゼッタが求めているのは記憶のある過去の自分、その事実には蓋をして、頭の奥深くに放り投げた。
「……やっぱり覚えてないとダメか」
「そういうわけでは、」
「生涯を懸けて感謝してくれるんじゃないの?」
「…ごめんなさい」
「記憶がないと君にとっては価値がない?」
「違う、違うわ…!」
強く結んでいた口元が解かれて、堪え切れないように涙が落ちてきた。思えば、彼女がはっきりと泣き顔を見せたのは初めてかもしれない。かなりキツく当たっても、酷い言葉を投げても、ギリギリで折れそうな心を奮い立たせて耐えている姿は胸に響いた。
傷付けてしまっている、とは流石に分かっていたけれど、どれだけ痛め付ければ破顔して大泣きするのか知りたかった。最悪な言い方をすれば、婚約者という絶対的な関係で結ばれた彼女のことを良い玩具だと思っていたのかもしれない。
「……それでも、側に居るんだろう?」
焦りが声に出ないように慎重に言葉を選ぶ。
「悪かった。調子に乗った発言は謝るよ、パートナーのことは追々考えれば良いから」
「………、」
「顔を上げて、リゼッタ。君が俺から離れる筈がない」
返事はなく、ただボロボロと流れる涙が鬱陶しくて、手の甲で拭った。キリがないくらい次から次へと頬を伝わるから、安心させるために少し唇を重ねてみる。嗚咽を漏らすリゼッタはそれでも泣き止まなかった。
内心、涙だけで言葉を発さない彼女に苛つきもした。
そのまま疲れ果てて、いつの間にか深い眠りについてしまったが、目覚めた時にはもうリゼッタの姿はどこにも見当たらなかった。ただ、綺麗な文字が並んだメモ書きが枕元に置いてあって『探さないでほしい』という旨が書かれていた。
◆お知らせ
四話ほど夜中に更新してすみません。
第二章が思いのほか膨れてしまったのと、第一章があまりに鬱で悲しかったのでボボンと進めてみました。
このあとノアの番外編を挟んで第二章に入ります。
番外編は少し前の話なので時間が前後します。
どうしようもない鬱展開にお付き合いいただいている皆様、ありがとうございます。
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