【完結】溺愛してくれた王子が記憶喪失になったようです

おのまとぺ

文字の大きさ
13 / 68
第一章 失われた記憶編

11.王子は読み違える【N side】

しおりを挟む


ふわりふわりと夢の中に居るような感覚だった。

ベッドの上に座り込み、自分を見上げるリゼッタの茶色い瞳が小さく揺れる。それは彼女の中にまだ迷いがある印だった。白い肌をもう堪能できなくなるのは、寂しく思えた。

病院で目覚めて、婚約者として彼女を紹介された時、正直なところ「真面目で面白味のなさそうな平凡な女」というイメージを持った。地味な茶色い髪に同じく茶色い瞳。こういう女を好む男が一定数居ることは推測できたが、王族である自分に嫁ぐ女としては少し物足りないと思ってしまったのだ。

「……国王夫妻には私から説明します。貴方に何かを望むこともしません。ただ、お願いです…本当に愛する人と一緒になってください」

彼女の小さな口から出てくる一言一句が、頭の中でぼんやりと響いた。

引き止めたいわけではないし、目障りだから追い出したいわけでもない。ただ、都合良く振る舞った結果として彼女を失った場合、記憶が戻った自分はどう思うのだろうと考えた。

ウィリアム曰く、リゼッタ・アストロープは俺がすべてを投げ打ってでも手に入れたかった人間らしい。そんな大層な言い回しを真顔で言われた時は彼の正気を疑った。馬鹿げていると思う。自分は強国アルカディアの王子なのだ。たかが女一人のために奔走して、生涯を捧げるなんて阿呆らしい。

後腐れなく遊べる適当な女と軽い恋愛を楽しむ方が魅力的に思えた。身体が満たされれば心も満たされる、その逆は決して起こり得ないと信じて疑わなかった。

だから、昼間は愛らしいカーラの良き話し相手となって、夜は婚約者という役割を利用してリゼッタと身体を重ねた。記憶と共に失われた愛情も、渇いたような身体の欲を満たせば、気にせずに居ることができた。

リゼッタが求めているのは記憶のある過去の自分、その事実には蓋をして、頭の奥深くに放り投げた。


「……やっぱり覚えてないとダメか」
「そういうわけでは、」
「生涯を懸けて感謝してくれるんじゃないの?」
「…ごめんなさい」
「記憶がないと君にとっては価値がない?」
「違う、違うわ…!」

強く結んでいた口元が解かれて、堪え切れないように涙が落ちてきた。思えば、彼女がはっきりと泣き顔を見せたのは初めてかもしれない。かなりキツく当たっても、酷い言葉を投げても、ギリギリで折れそうな心を奮い立たせて耐えている姿は胸に響いた。

傷付けてしまっている、とは流石に分かっていたけれど、どれだけ痛め付ければ破顔して大泣きするのか知りたかった。最悪な言い方をすれば、婚約者という絶対的な関係で結ばれた彼女のことを良い玩具だと思っていたのかもしれない。

「……それでも、側に居るんだろう?」

焦りが声に出ないように慎重に言葉を選ぶ。

「悪かった。調子に乗った発言は謝るよ、パートナーのことは追々考えれば良いから」
「………、」
「顔を上げて、リゼッタ。君が俺から離れる筈がない」

返事はなく、ただボロボロと流れる涙が鬱陶しくて、手の甲で拭った。キリがないくらい次から次へと頬を伝わるから、安心させるために少し唇を重ねてみる。嗚咽を漏らすリゼッタはそれでも泣き止まなかった。

内心、涙だけで言葉を発さない彼女に苛つきもした。


そのまま疲れ果てて、いつの間にか深い眠りについてしまったが、目覚めた時にはもうリゼッタの姿はどこにも見当たらなかった。ただ、綺麗な文字が並んだメモ書きが枕元に置いてあって『探さないでほしい』という旨が書かれていた。





◆お知らせ

四話ほど夜中に更新してすみません。
第二章が思いのほか膨れてしまったのと、第一章があまりに鬱で悲しかったのでボボンと進めてみました。

このあとノアの番外編を挟んで第二章に入ります。
番外編は少し前の話なので時間が前後します。

どうしようもない鬱展開にお付き合いいただいている皆様、ありがとうございます。

しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

記憶と魔力を婚約者に奪われた「ないない尽くしの聖女」は、ワケあり王子様のお気に入り~王族とは知らずにそばにいた彼から なぜか溺愛されています

瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!
恋愛
【第一部完結】  婚約者を邪険に思う王太子が、婚約者の功績も知らずに婚約破棄を告げ、記憶も魔力も全て奪って捨て去って――。  ハイスぺのワケあり王子が、何も知らずに片想いの相手を拾ってきたのに、彼女の正体に気づかずに――。 ▲以上、短いあらすじです。以下、長いあらすじ▼  膨大な魔力と光魔法の加護を持つルダイラ王国の公爵家令嬢ジュディット。彼女には、婚約者であるフィリベールと妹のリナがいる。  妹のリナが王太子と父親を唆し、ジュディットは王太子から婚約破棄を告げられた。  しかし、王太子の婚約は、陛下がまとめた縁談である。  ジュディットをそのまま捨てるだけでは都合が悪い。そこで、王族だけに受け継がれる闇魔法でジュディットの記憶と魔力を封印し、捨てることを思いつく――。  山道に捨てられ、自分に関する記憶も、魔力も、お金も、荷物も持たない、【ないない尽くしのジュディット】が出会ったのは、【ワケありな事情を抱えるアンドレ】だ。  ジュディットは持っていたハンカチの刺繍を元に『ジュディ』と名乗りアンドレと新たな生活を始める。  一方のアンドレは、ジュディのことを自分を害する暗殺者だと信じ込み、彼女に冷たい態度を取ってしまう。  だが、何故か最後まで冷たく仕切れない。  ジュディは送り込まれた刺客だと理解したうえでも彼女に惹かれ、不器用なアプローチをかける。  そんなジュディとアンドレの関係に少しづつ変化が見えてきた矢先。  全てを奪ってから捨てた元婚約者の功績に気づき、焦る王太子がジュディットを連れ戻そうと押しかけてきて――。  ワケあり王子が、叶わない恋と諦めていた【幻の聖女】その正体は、まさかのジュディだったのだ!  ジュディは自分を害する刺客ではないと気づいたアンフレッド殿下の溺愛が止まらない――。 「王太子殿下との婚約が白紙になって目の前に現れたんですから……縛り付けてでも僕のものにして逃がしませんよ」  嫉妬心剥き出しの、逆シンデレラストーリー開幕! 本作は、小説家になろう様とカクヨム様にて先行投稿を行っています。

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

処理中です...