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第一章 失われた記憶編
【番外編】真夜中の羊【N side】▼
しおりを挟む病院から戻って、王宮での生活にも慣れて来た。
相変わらず昼間はカーラを相手に適当な笑顔を振り撒いて、退屈に対する鬱憤は夜になってリゼッタへ投げた。本気で嫌がるわけでもなく怒りもしない彼女は、都合の良い婚約者としては最高だった。
身体を売って生きてきた娼婦なんて、と思ったけれど気を遣わなくて言い分好き勝手できて楽だと思う。記憶があった頃の自分がどんな風に彼女に接していたのかは知らないが、重ねただけで吸い付くような肌はそれ相応の時間を共に過ごした証拠ではないだろうか。
「……っあ、あ…ノア、もうだめ!」
ガクガクと震える脚を開いて、また機械的な音を響かせるバイブを挿し入れた。大きく震えて飲み込むと面白いぐらい跳ねる身体を眺める。
「またイっちゃったの?リゼッタの負けだね」
「……ごめんなさい」
恥ずかしそうに顔を背ける姿は悪くないと思う。
今まで何人の男がこの仕草に心を乱されたのか、かつては自分も喉から手が出るほど彼女を欲したのか。そんなことを考えると、リゼッタを思うように扱える今の自分に優越感を覚えた。
たとえ彼女が求めているのが、記憶を持っていた過去のノア・イーゼンハイムであったとしても、その身体に手を這わせて支配しているのは今の自分なのだ。
「……っリゼッタ、」
もどかしい。何もかも全部、鬱陶しい。
仰向けにしてまた身体を沈めると、熱い体温を感じることが出来て少しだけ心が安心する。
「ねえ、名前を呼んでよ……お願い」
「んあ…っひん……ノア、」
「もっと…ッ」
「ノア、すき…大好き…んんんっ」
舌を絡ませると蕩けた顔で見上げてくれる。
欲しい反応を全部見せてくれる彼女はさぞかし一流の娼婦だったのだろう。いつもこんな反応をしてくれるなら男たちは悪い気もしないはずだ。
なるほど、自分が溺愛と呼ばれるほどの愛を彼女に注いでいたのも少しは頷ける。恋焦がれてやっと手に入れた彼女を宝石のように愛でて、大切にしていたのだろうか。それもすべて、忘れてしまえば意味なんてないのに。
「……ノア?」
不安そうな顔を見ると、心が震えた。
愛しているなんて絶対に言わない。好きだとか何とか陳腐な台詞を口走ったりもしない。優しくなんて出来ない。慈しみを向けたり、頭を撫でたりするなど有り得ない。
一瞬の出来事で飛んでしまうような記憶だ。きっと自分では抱え切れないほどの重たい愛でも持っていたんだろう。捨ててしまった方が楽になれるのではないかとも思える。
自分が自分のために設えてご丁寧にラッピングまでしたプレゼントを、ビリビリに破いて開封し、目も当てられないような姿にして返す。それは最悪な行為だと分かっている。
愛と憎しみは表裏一体なんて言うけれど、大切にしすぎて溜まっていた膿を今、自分が出しているというのなら納得がいく。もっと言えば、今行なっているこうした人権無視の行為は、記憶のあった自分が本来行いたくても出来なかったことなのではないかとすら思えた。
「……ずっと、このままが良いな」
溢れた本音を彼女が聞き返す前に、また深くその身を貫いた。ビクッと震えたリゼッタが締め付ける心地よさを感じながら、濁った気持ちを隠すように動き出す。
優しさが足枷になるなら、記憶なんて無い方がよっぽど良い。
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