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第二章 シルヴィアの店編
27.王子は夜に紛れる【N side】
しおりを挟む結局のところ、リゼッタは見つからなかった。
街中での調査も二週目の終盤になり、そろそろ引き際ではないかとウィリアムにも言われている。用事があって先に帰るという彼を見送ったのは一時間ほど前の話。
日が沈んで、徐々に闇に包まれる街の景色を見ながら、どうするべきか考えた。リゼッタを迎え入れそうな場所はほぼほぼ全て当たった。通行人にも声を掛けたし、連日のように訪問した花屋では逆にこちらの怪しさを疑われたりもした。
もう帰ろうか、と手を突っ込んだポケットの中に丸まった紙を見つける。広げてみるとそれは、以前自分が助けた中年の女にもらった店のカードだった。シルヴィアと名乗った彼女が、路地裏で飲み屋を営んでいると語っていたことを思い出す。
あまり気は進まなかったが、このまま王宮に帰る気にもなれない。毎日のように早朝から家を空けて夜まで帰って来ない息子に対して、両親である国王夫妻は冷ややかな目を向けるばかりだった。リゼッタの侍女にしてもそれは同じだが、自業自得だと言いたいのだろう。
そう思われても仕方がない。周囲にそういった評価を下されるだけの態度を自分は彼女に対して取ったのだ。
唯一カーラだけが、自分が王宮に居る間は猫のように擦り寄って来てくれたけれど、それすらも今では心の負担に感じた。話し合いから逃げている自覚はあるし、我ながら最低だと思う。勝手気ままな自分の性格に怒った神様が、街の何処かに居るであろうリゼッタを見えないように隠しているようにも思えた。
それは諦めの悪い自分のこじつけだけれども。
(こんな細い路地に店があったなんて……)
カードの裏に書かれた地図に従って歩くと、小さな店が軒を連ねた中に一際目立つショッキングピンクの屋根を見つけた。年季の入ったピンク色の看板の上には『シルヴィアの店』と流れるような字体で書かれている。
こういった知る人ぞ知る常連向けのような店に初見の自分が一人で入ることは憚られたが、降り始めた小雨も背中を押して、とりあえず足を踏み入れることにした。
丸い真鍮のドアノブを回して扉を押し開ける。
頭上でチリンチリンとベルの音が鳴った。
「いらっしゃい~あら!あの時の!」
カウンターに立つシルヴィアはすぐにこちらに気付いて、中に入るように手招く。まだ日が沈んでさほど時間は経っていないが、混雑した店の中は人の熱気を感じた。
「すみません、あまり長居は出来ませんが…」
「いいのよ、いいの!来てくれただけ嬉しいわ」
シルヴィアの前の席に腰を下ろしながら詫び入れると、にこやかな笑顔で受け入れてくれる。繁盛した店内を一人で仕切るには、人手が足りていないように思えた。
「お一人ですか?随分賑わっているので大変ですね」
「今はね。いつもはお手伝いの子が居るんだけど、ちょうど買い出しに行ってもらっているの」
「そうですか」
カウンターに置かれたビールを飲みながら、シルヴィア相手にリゼッタのことを聞くべきか悩んだ。こんな混雑した飲み屋を彼女が一人で訪れるとは想像し難い。
徐々に騒がしさを増す店内に、ウィリアムと一緒に帰るべきだった、と後悔を滲ませながら一気に残りを飲み干して席を立つ。その瞬間、ベルが鳴ってまた扉が開いた。
「シルヴィア!昼間からリゼッタに酒を飲ませただろう?移動中に寝ちゃって大変だったよ」
入ってきた男の顔を見て、自分の目を疑った。
発せられた名前はずっと自分が探していた彼女のもの。
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