【完結】溺愛してくれた王子が記憶喪失になったようです

おのまとぺ

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第二章 シルヴィアの店編

40.リゼッタは本質を知る

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「カーラ!何でお前が此処に居るんだ!」

大きな声で名前を呼びながら縄を解こうともがくエレンの前で、転がったカーラは怯えたような目で何かを伝えようとしていた。口にはテープが貼られており、その用意周到さに私の背中を冷や汗が流れ落ちる。

こんなことが出来る人間は一人しか居ない。手際良くことを運んで片を付ける。昔の私は鈍感も良いところで、自分の知らない間に行われた数々の制裁を、単なる偶然と流していた。今なら、そうではないと分かる。

「……お前ら、動くなよ!ノアが来てるはずだ!」

叫ぶように発せられたエレンの声に男たちは騒然とした。

「何だって!?足止めするって話だろう!」
「妹がこんな状態で戻って来ている、何かあったに違いない。備えろよ!数はこっちが上なんだ!」
「おい、約束が違うだろうエレン!タダで王子の女に好きに出来るっていうから俺たちは来たんだ」
「言ってる場合か!」
「しかし…戦争狂いのイカれた王子が来るんじゃ、俺たちも命の危険を感じる…!」

内輪で揉め出す男たちは私に構っている場合ではないようで、各々の持ち場を離れて抗議の声を上げている。はだけた服を直しながら、息を潜めて成り行きを見守った。

会話の中で拾ったのは、カーラがエレンの妹であるという情報。初耳である上によく出来た話だ。それならば最初から、カーラは兄の手先としてノアに接近したのだろうか。婚約者を差し置いて時間を共にすることが出来たのだから、彼女のハニートラップは成功したと言える。

周囲の音に邪魔されながら考えに耽っていると、フッと部屋の灯りが消えた。


「何処に居るんだ!出て来いよ!」

焦ったようなエレンの声が部屋に響き渡る。

擦れる服の音や、足音に混じって私は風を切るような微かな音と小さな呻き声が聞こえた気がした。それはたぶん気のせいではなくて、確かにこちらに近付いて来る。一番近くに立っていた男が、短い悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。

「ブレーカーは廊下だ!」
「退け、俺が行く!」

バタバタと足音がして何人かの男たちが部屋を出て行く。私はただ、身を縮めて何処かに居る彼の気配を感じ取ろうとした。この部屋の中に、きっとノアは居る。

ジジジッと数回点滅した後で、蛍光灯が部屋を照らす。床に伸びた男たちの向こうに、私は見慣れた銀髪を見つけた。懐かしい赤い瞳が私の姿を捉える。


「お洒落してるね、リゼッタ。俺のためじゃなくて残念だ」

込み上がってくる涙を堪えた。一生懸命に選んだ黒いワンピースは裾が裂かれてボロボロになっているし、シャツだってもう原型を留めていない。お洒落だなんて、よく言えたものだ。

ノアは部屋の入り口に立つエレンとその傍らに転がるカーラを見据えた。感情が消えたような表情を見て怖くなった。きっとこれがノアの本質。時折見せるおどけた態度や、かつて私に向けてくれた甘い笑顔は、あくまでも一面。

「……ノア!よくもカーラに…!」
「なぁエレン、軍隊で習った縄の結び方は妹にも教えてやるべきだったな。お陰でここまでの道案内もして貰えたけど」
「お前…!」
「シスコンも大概にしとけよ。テープだけでも剥がしてやったらどうだ?彼女、顔が赤くなってる」

口に貼られたテープを剥がされると、カーラは勢いよく咳をしながら恨めしそうな目をノアに向けた。

「……この男、悪魔よ!頭がおかしい。前情報では女に手を出さないって聞いてたけど、頭突きするし頭は殴るし…よくそれで王子なんて名乗れるわね!?」

ノアは不思議そうに首をひねった。

「なんで?そんな嘘の情報信じて、君はターゲットに情けを掛けてもらおうと思ったの?」
「………っ!」
「お前たちは誤解している。べつにこの手が今更少し汚れても、俺は気にならない。ただ、これ以上罪を重ねるとリゼッタに本当に嫌われてしまうから」

手加減はしたんだ、と私を振り返って笑う。私は底知れないノアの恐ろしさを感じながら、その目を見つめ返した。

私の元婚約者であるシグノー・ド・ルーシャに続いて義両親であるアストロープ子爵夫妻までも手に掛けたノア。それが私を思っての行動だとしても、手を叩いて喜ぶようなことではなかった。これ以上人を殺めないでほしい、という私のお願いはどうやら彼の中にもまだ残っているようだ。


「でもね、ここで転がってる男どもは別だ。だって、俺が死ぬほど苦労して手に入れた女を何の努力もせずに抱こうなんて、図々しいにも程があるだろう?」

ニコニコした笑顔を貼り付けたまま、ノアは気絶した男の一人にまたがって懐から小さなナイフを取り出したから、私は慌ててその手を止めた。

「ノア!待って、やめて…!」
「どうして?君を傷付けた人間だ」
「それは……それは、貴方だって同じよ!」

サッとノアの顔が陰るのが見えた。
赤い瞳を覗き込みながら私は慎重に言葉を選ぶ。

「私は暴力を望んでいない。私のためだと言うなら、今すぐその物騒なものを置いてください」
「殺すんじゃない、男として生きられないようにするだけだ。それでもダメなの?」
「ノア、私はやめてほしいと言ったの」
「……分かったよ」

ノアはナイフを再び仕舞い込みながら、エレンとカーラに向き直った。エレンはノアの視線に応えるように睨み付け、縄を解かれたカーラは身体を抱えながら震えている。

その他の男たちは自分たちがエレンに加勢すべきなのか、それともこの場を見守るべきなのかをまだ判断しかねているようだった。

「じゃあ、平和的解決といこうか。俺と手を繋いで遊んでくれていた友人がどうしてこんな小芝居を打つに至ったか教えてくれるかな?」

ふざけたように両手を広げたノアを見て大きな溜め息を吐くと、エレンはポツリポツリと語り出した。


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