契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ

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第一章 合縁奇縁

第二十一話 ベロンベロンです

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「なるほろ、閻魔様は五代って名前なんれすね」

 フンフンと頷く私を一瞥して三叉はすぐ視線を戻す。

「閻魔……僕は知らないからね」
「馬鹿言え、俺だって知るか」
「いいや。小春ちゃんは君の客人でしょうが」

 私をそっちのけで会話を続ける閻魔と三叉が面白くなかったので、とりあえず瓶に余っていた酒をまだまともそうな赤鬼の升に注ぐ。やや困惑した顔で赤鬼は頭を下げた。

 赤鬼が私に礼をするなんて珍しい。
 割と扱いやすい黄鬼と違って、クールな青鬼と仕事熱心な赤鬼はまだ鬼としてのプライドがあるのか、私との間に距離を保っていたから。閻魔も三叉もやけに静かだし、なんだか宴会だというのに不思議だ。

「みなさん飲んれくらさいねーここは閻魔様の奢りれす」
「おう、小春。随分と気が大きくなってんな?」
「ご心配なく。シラフれすから」
「シラフの意味って分かってるかい?」

 茶化すように私の頭を撫でる三叉の手を隣から閻魔が払い除けた。怒った顔で「バカが移るぞ」なんて言うけど、あまりに失礼ではないか。

 自分で言うのもなんだが、彼らよりも私の方がはるかに常識人なのだ。私は酒を飲んでも呑まれたことはないし、ましてやこんな名実ともに鬼上司の前で失態をしでかすわけがない。もう、本当に疑いを掛けるのは良い加減にして。

 ジトッと升を睨みながら考えていたら、ふと周りの人数がやけに減っていることに気付いた。多くの来客で賑わっていた宴会場は、やや閑散としており、片付けに追われる女中たちが走り回っている。

「はれ……?なんか少ないれすねぇ…?」
「もうお開きなんだよ。お前がベロベロに酔っ払ってる間に常識のある大人は家へ帰ったんだ」
「なにその言い方!まるで僕が非常識みたいな…!」
「三叉はどうせ一局打ってから帰るんだろう?」
「まぁね」

 なんのことかとポカンとしていると、親切な赤鬼が閻魔と三叉は将棋友達なのだと教えてくれた。冥界の王にそんな頭脳戦をするイメージがなかったので、私は意外性に少し驚く。

「あ……黄鬼くんは?」

 気付けば黄鬼も居ない。
 閻魔に引き摺られて合流したときは、ひどく具合が悪そうな顔でその場に座っていた黄鬼だが、いつの間にやら姿を消している。

「餓鬼荘に帰ったよ。青鬼が引っ張って帰った」
「青鬼さんほんと聖人君主……」
「鬼だけどねぇ~」

 楽しそうに笑って三叉はまたグイッと酒を煽ぐ。
 底なしとはおそらく彼のためにある言葉で、閻魔や私もギブアップこそしていないけれど、飲むペースはとっくに落ちていた。まぁ、まだ酔ってはいないんだけども。

 新しい瓶を開けてニコニコとこちらに向ける三叉に釣られて、私は自分の升を差し出す。トポポッと注がれた透明な液体は私が口を付ける前に閻魔に奪われた。

「泥棒……!」
「わーどろぼうだー」
「三叉、お前ほんと良い加減にしろ。小春はお前みたいにここで寝て帰れるわけじゃない」
「え~良いじゃん!泊めてあげなよ~!どうせ部屋余ってるんでしょう?」
「そういう問題ではなくて、冥界の住人じゃない奴が長く居座り続けると帰り道が分からなくなる」
「あ、そういえばそっか」

 納得したように頷く三叉に何か伝えて、閻魔はグイッと私の腕を引いた。この男には力加減というものがない。

 すれ違う人たちに「おやすみなさい」と愛想よく挨拶を連発していたら、厨房の方から「小春ちゃんもね!」という大声が聞こえた。どうやら疲れ切った八角は厨房でへたり込んでいるようで。

 ご丁寧に冥殿の入り口まで送ってくれた閻魔に礼を良い、私は彼が笏を取り出すのを眺める。何の変哲もない木の板が私をこの世界から弾き出す力があるのは不思議だ。

 忙しい年末を越えて、年が明けた。
 私の長かった冬休みが終わろうとしている。


「………閻魔様、」

 ふっと言葉が転がり出た。

「私、前にも話しましたけど…もうすぐ来れなくなります」
「ああ。そういえば、そんな話をしていたな」
「結構良い働きぶりだったと思うので、どうか地獄行きはやめてくださいね」
「……考えておく」

 最後まで揺るぎない鬼ハードモードを貫くこの男に情けというものはないのか。私は大きな溜め息を吐いて、来たるべき衝撃に備えて目を閉じる。優しくしてくれと頼んでいるのに、毎回閻魔の笏叩きは絶妙に痛い。

「なぁ、小春」
「なんですか?」

 私は目を閉じたまま聞き返す。

「ありがとう。お前が来てくれて良かった」
「………っ!」

 驚いて私は瞼を押し開く。貴重な冥界の王の優しさに触れて、彼はいったいどんな顔をしているのだろうと思ったのに、視界に映るのはいつもの静まり返った和室。

 縁側から差し込む朝の光が、新しい年の幕開けを知らせる。





◆お知らせ

あけましておめでとうございます。
本作はキャラ文芸大賞に応募しておりまして、もしお話を気に入っていただけたら投票いただけると嬉しいです。

キャラ文芸の定義が分からないまま進めているのでドキドキしていますが、お気に入りやエールありがとうございます。引き続きもったり進めます。
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