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第一章 合縁奇縁
第二十話 契約違反です
しおりを挟む心臓が三秒ほど、止まったような気がした。
実際にはたぶん一瞬の出来事で、何の前触れもなくいきなり奪われた私の唇はこれまた唐突に解放された。閻魔に抱き締められたまま、私はバクバク騒ぎ出す自分の胸が爆発するのではないかと心配になった。顔を上げることは出来ない。
「……呆れた。まだそんな子供染みた真似をするのね」
「悪いが取り込み中だから帰ってくれ」
溜め息を吐く美女を冷たくあしらう閻魔に違和感を覚える。
「五代くん、貴方がこの城の中でお殿様だからって人間の女の子を囲うのは良くないわ。御影様にも報告するから」
「好きにしろよ。極楽の長が俺に意見出来るのか見ものだ」
「そういうところ、直した方が良いと思うの。自分の権力に驕ってると痛い目みるわよ」
「っは、いつまで母親気分なんだよ」
吐き捨てるように閻魔が言った後、重たい沈黙がその場を支配した。会話の内容を整理する限り、この美女は極楽を管理する立場の者と関わりがあって、尚且つ閻魔の母親ということになる。だけど、どう見積もっても二十代後半から三十代前半にしか見えない彼女が冥界の王の母を名乗るには、まだ若過ぎる気がした。
長く続く不穏な空気に耐え切れず、顔を上げようかと悩み始めた頃に女はようやく口を開いた。
「彼女は知ってるの?」
「あ?」
「貴方が、人殺しだってこと」
息を吸い込んでヒュッと鳴った喉の音がどうか閻魔に聞こえていませんように。とんでもない爆弾を投下して女は私たちの前から姿を消した。段々と遠去かる足音を耳で追いながら、何から問い詰めるべきか考える。
聞きたいことは山ほどある。
そして何よりも先ずは謝罪を求めたい。
「閻魔様……!」
女が居なくなった廊下を見つめる閻魔に迫った。
「契約違反です!手も足も出さないって言ってたじゃないですか!なんですか、さっきの……!」
「手と足は出さないと言ったが口付けは別だろう」
「そんなしれっと問題発言しないでください!」
「減るもんでもない」
減るんですが。
メンタル的な部分が抉られるんですが。
しかもあの流れからして、彼のプライドを埋めるために利用されただけのような気がする。私がうら若き少女だったら「私にキスするなんて恋の始まりじゃ…!?」的な勘違いに突入する可能性もあるけれど、あれは完全に事故。
都合が良いからと冥婚の契りを勝手に結ぶような自己中心的な男なので、考えれば考えるほどその身勝手にムカつく。
「閻魔様、反抗期なのかどうか知りませんけど、見せつけるために私を使うのはおやめください」
「反抗期……?」
「だってそうでしょう。なにもお母様の前であんなことしなくても良いじゃないですか。良い大人がダサ、」
「母親じゃない」
威圧するような低い声に私は言葉を止めた。
認めます。私は地雷を踏むのが抜群に上手い。
未だに閻魔の腕の中に収まったままの私はさながらカラスに睨まれたスズメの雛のようで、ひと突きされれば恐怖のあまり失神するのではないかと思われる。とりあえず自分の身を守るために私は両手を伸ばして冥界の王を突き放した。
うん、ビクともしない。
「閻魔様!離してください!」
「お前はアレだな、ぬくぬくしてて良い」
「私で暖を取らないで!」
「小春、今日はまだ帰らないのか?」
「はい……?」
「よし、じゃあ俺の酒に付き合え。三叉のところへ行こう。アイツは俺と飲み明かせる貴重な男だからな」
そうして襟元を掴まれてズルズル引き摺られて行きながら、やっと逃げ仰せたエンドレス枡酒祭りが再び始まる気配を感じる。黄鬼はまだあの席に居るだろうか。いや、彼のためにも居ない方が良いのだけれど。
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