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第四章 蛇と狼と鼠
59.食後は珈琲
しおりを挟む私が焼いたパイを完食し、紅茶を飲み干すと両親は満足したように帰って行った。「またパーティーで!」とにこやかにルシウスに伝えていたから、父は本当に今年こそ参加する意気込みでいるらしい。
私はまだ不安そうな表情を残していた母に寄り添って玄関まで見送った。最後に彼女から与えられた抱擁は優しく、私は母親からの愛を感じることができた。いつも父ウォルシャーの影に隠れるように慎ましやかに生きている母も、親として娘の行く末を心配しているのだと、改めて感じた。
そして、今。
夕食までの時間を持て余しながら私たちはソファの上でボードゲームをしているわけなのだけれど。相変わらず一向にルシウスに勝てる気配のない私は、自分の陣地を徹底的に彼に荒らされてもうすぐチェックメイトを迎えようとしている。
更に言うと、心なしか生き生きした様子のルシウスは何か私に言いたいことがあるようで、声には出さないものの、その顔には彼の機嫌の良さが出ていた。
「負けたわ…もう、終わりよ」
「なかなか良い勝負だったね」
「どこが?ボコボコにされたんだけど」
私は苛々した気持ちを隠さずにクッションを抱き寄せる。
甘いチョコレートが食べたい。
虫歯になるぐらい甘いやつ。
拗ねる私の頭を優しく撫でて、ルシウスは立ち上がった。暫くした後、珈琲の良い香りと共に何枚かのチョコレートを盆に乗せて帰って来たので、私は目を丸くして驚いた。
「貴方エスパー?私が食べたいものが分かるの?」
「そんなんじゃないよ。君はいつもこういうゲームをした後に甘いものを食べてるから」
「……よく見てるわね、迂闊な行動は出来ないわ」
恐ろしい観察力と記憶力に舌を巻きながら、私は珈琲に口を付ける。しかし、ブラックの珈琲は当たり前に苦かったので、すぐに砂糖とミルクを足した。
「ねえ、シーア」
一口珈琲を飲んだルシウスが私の目を見る。
「なに?」
「結婚してくれるって本当…?」
「返事はパーティーまで待つって、」
「でも今日聞いちゃった。本当なの?」
子供のように無邪気な顔でニコニコと尋ねてくるくせに、その両手はしっかりと私の腰に回されている。無意識的な支配欲が彼の中にあるのだとしたら、私はどうそれに抗えば良いのだろう。
「……ええ、向き合いたいと思ってる」
「それはつまり…?」
「結婚するわ、貴方と」
強い意志を持った碧の瞳に見つめられると、どうにも暗示が掛かってしまうようで私の口からは勝手に言葉が転がり出た。これは言わされた、に近いものがある。
「嬉しい…信じられない、本当?」
「こんな時に嘘を吐くと思う?」
「思わないよ。でも……夢みたいだ」
嬉しそうに顔を綻ばせて、ルシウスは私に口付けた。珈琲の味がするそのキスは、少し苦くて舌が痺れた。
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