105 / 105
第五章 祈りと迷い
96 グレゴリオ・カールトン
しおりを挟む「キュアノスの封鎖を解けだと……?」
コレットの人生史上初となる国王陛下への謁見は最悪の形で実現し、当たり前だが滝のように汗を掻いていた。映像や紙面上で目にしたことはあるものの、本物の王様は初めてで。鋭く光る眼球も相まって威圧感が凄まじい。
案内役として同行してくれたロザリーは会話に入るつもりはないのか、ポケットから取り出した石のようなものを一生懸命に磨いていた。
「あの、信じられないお話だと思うのですが、本当に女神様に言われたのです。魔の道を塞がないと、王太子殿下が目覚めることはありません。それに、王国全体に悪魔が………」
「俄かに信じられん話だ。レオンがコソコソと何か行動してるという報告は受けていたが、まさか時戻りを実行していたとは。魔法使いというのはどうしてこうも自由奔放なんだ?」
グレゴリオ・カールトンは明らかに横に立つロザリーに向かって問い掛けていたが、石を磨くのに夢中な彼女はそれに気付いていない様子。
何度目かの大きな溜め息を吐くと、国王は少し離れた場所に立つ三人の男たちに向かって手招きをした。彼らはコレットが王の間に入ったときから控えていたので、きっと国王が信頼している家臣たちなのだろう。
「カグファ、週末に予定されていたペトロフ侯爵家との食事会に断りの連絡を。当事者があの状態では出席など出来るはずもない」
「しかし、ご令嬢からはレオン様に必ず出席をとのご希望が……」
「ならばお前たち三人のうちの誰かが代打で参加するか?」
「…………いいえ。滅相もありません」
すぐに引き下がった小柄な男の前でグレゴリオは不満そうに鼻を鳴らす。睨みを利かせていた灰色の瞳がジロリと再び男たちの方を一瞥した。
「私が気付いていないとでも思ったか。レオンを育てたのは私だ。お前たちが即席で仕上げた王太子殿下は私の前では通用しない」
「申し訳ありません、陛下。これには理由が……」
「分かっている。プリンシパルを中退したのが運の尽きだったな。キュアノスからレオンを遠ざける魔法を掛けたのはお前だったか、ロザリー?」
それまで我関せずで石を磨いていたロザリーが顔を上げて、不思議そうに国王を見る。あまりにも自然体な彼女の所作に、コレットはハラハラした。国王と彼女がどんな関係なのかは分からないが、一介の魔法使いにしてはやや無礼に感じる。
レオンの同級だったアルバートの話では、彼らはキュアノスで友人を失ったという。その一件を境にレオンは魔法学校を辞めて姿を消した。死因は悪魔による攻撃だとアルバートは言っていたけれど……
「だって、そうでもしないとあの子は一人で突っ込んでいくって心配してたじゃない。親友の弔いだかなんだか知らないけど、王妃に次いで息子まで死んじゃうと寂しいでしょう?」
手に持っていた石をポケットに仕舞い込みながら、ロザリーは飄々と言って退ける。もともと身体が弱かった王妃が病死したのは随分と昔の話だが、故人とはいえ王族の死をこんなにも軽々しく口にする魔法使いに、コレットは気が気ではない。
「レオンは魔力こそ強いが、使い方がまだ未熟だ。あれは自分の信じる正義のためにしか動かない。噂では魔術にも手を出していると聞いたが本当か?」
鋭い視線を受けて、三人の魔法使いは震え上がる。
王子が魔術を扱うのを目の前で見たことがあるコレットはゴクリと息を呑んだ。
青い顔をするだけで何も言葉を発しない三人の男たちに、グレゴリオは「もう良い」と言って目を閉じた。
「キュアノスの封鎖を解こう。あちらから自由に通過できるのなら、封鎖したところで意味はない。周辺に住む一般の国民には避難警告を出してくれ。それと、登録してある魔法使いには収集命令を」
「ありがとうございます……!」
「直接会ったことはないが、女神が言うのなら本当なのだろう。しかし、歴史書に載っている幻かと思ったが、時間を操る女神などという存在が本当に居るとはな。私は知らずのうちに二度同じ行事に参加していたのか?」
「あら、私は気付いていたわ。ある程度魔力がある人は勘付いたと思うけど」
「意地悪な側近を持つと不幸だ」
ジロッとロザリーを睨んで国王は頭を振った。
レオンが時を戻したのは目の前で死に掛けていたコレットを助けるため。ハインツは、それは偶然ではなく意図があるように言っていた。
「ミドルセン先生にも連絡を入れるべきなんだろうな。魔法学校の先生方の協力なしにこの問題は対処しきれない」
「うふっ、私は独学派だから分からないけど、教師って頭が硬そうだからこういう時は良い動きをするでしょうね」
場違いに朗らかな笑みを見せるロザリーを観察する。笑うと目元に細かな皺が寄る彼女は、年齢にして国王より少し若いぐらいだろうか。
「ロザリー、この女を門まで送ってやってくれ。私はレオンの容態を見に行く」
「はーい。貴方でも息子が死にかけると少しは心配になるのね。子供ってやっぱり可愛いもの?」
「………言葉に気を付けるように」
ピリッとした空気が走って、コレットは自分に向けられた怒りではないのに緊張を覚えた。ロザリーは軽く頭を掻いて「おっかなーい」と息を吐く。
部屋を出て行った国王の背中を見送った後、何も言わずに歩き出したロザリーの後ろを慌てて追い掛けた。
「ここまでで大丈夫かしら?」
門番が立つ大きな正門まで案内すると、ロザリーは大きく伸びをして振り返った。白い髪がふわりと靡いて、何かの花の香りがする。コレットよりは確実に年上だが、飄々とした態度は大人というよりはまだ幼い子供のようだ。
「あの、ありがとうございました……!」
勢いよく頭を下ろしたコレットの前に、ロザリーが足を踏み出すのが見えた。ぽんと何かが頭に触れて、半身を起こすと片手を上げたロザリーと目が合う。
「………えっと?」
「あぁ、ごめんなさい。あまりにも一生懸命で眩しかったから、つい。もう頭を撫でて良い年齢じゃないのにね。立派な先生をしていて偉いわ」
「……? それほどでも、」
相変わらず真意が読み取れないコレットに、ロザリーは「これをあげる」と言って石を押し付ける。目をやればそれは彼女が一心に磨いていたあの石。
何かのお守りになるかも、と歌うように言い渡してロザリーはその場を去った。コレットが見た中で最も大人らしくない魔法使いの背中を黙って見送る。白い髪はやがて王宮の中に消えた。
7
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(5件)
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
異世界亜人熟女ハーレム製作者
†真・筋坊主 しんなるきんちゃん†
ファンタジー
異世界転生して亜人の熟女ハーレムを作る話です
【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――
金斬 児狐
ファンタジー
ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。
しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。
しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。
◆ ◆ ◆
今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。
あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。
不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ありがとうございます!
細々とがんばりたいです……!💪
感想ありがとうございます。
読んでいただけるだけでも有難いのに応援までしていただき恐縮です;;
文字数が膨らみすぎたのでそろそろお話をまとめられるように、なんとか完結を目指しますね。
感想ありがとうございます。
グシュナサフ(当方の三博士から取ったので変な名前ですみません)は単純に常日頃の王子の令嬢との距離感を分かっておらずに間違えちゃったようです;;
先生もそろそろ強くなっていくはず……!恋愛要素も入ってくるはず……!