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第五章 祈りと迷い
96 グレゴリオ・カールトン
「キュアノスの封鎖を解けだと……?」
コレットの人生史上初となる国王陛下への謁見は最悪の形で実現し、当たり前だが滝のように汗を掻いていた。映像や紙面上で目にしたことはあるものの、本物の王様は初めてで。鋭く光る眼球も相まって威圧感が凄まじい。
案内役として同行してくれたロザリーは会話に入るつもりはないのか、ポケットから取り出した石のようなものを一生懸命に磨いていた。
「あの、信じられないお話だと思うのですが、本当に女神様に言われたのです。魔の道を塞がないと、王太子殿下が目覚めることはありません。それに、王国全体に悪魔が………」
「俄かに信じられん話だ。レオンがコソコソと何か行動してるという報告は受けていたが、まさか時戻りを実行していたとは。魔法使いというのはどうしてこうも自由奔放なんだ?」
グレゴリオ・カールトンは明らかに横に立つロザリーに向かって問い掛けていたが、石を磨くのに夢中な彼女はそれに気付いていない様子。
何度目かの大きな溜め息を吐くと、国王は少し離れた場所に立つ三人の男たちに向かって手招きをした。彼らはコレットが王の間に入ったときから控えていたので、きっと国王が信頼している家臣たちなのだろう。
「カグファ、週末に予定されていたペトロフ侯爵家との食事会に断りの連絡を。当事者があの状態では出席など出来るはずもない」
「しかし、ご令嬢からはレオン様に必ず出席をとのご希望が……」
「ならばお前たち三人のうちの誰かが代打で参加するか?」
「…………いいえ。滅相もありません」
すぐに引き下がった小柄な男の前でグレゴリオは不満そうに鼻を鳴らす。睨みを利かせていた灰色の瞳がジロリと再び男たちの方を一瞥した。
「私が気付いていないとでも思ったか。レオンを育てたのは私だ。お前たちが即席で仕上げた王太子殿下は私の前では通用しない」
「申し訳ありません、陛下。これには理由が……」
「分かっている。プリンシパルを中退したのが運の尽きだったな。キュアノスからレオンを遠ざける魔法を掛けたのはお前だったか、ロザリー?」
それまで我関せずで石を磨いていたロザリーが顔を上げて、不思議そうに国王を見る。あまりにも自然体な彼女の所作に、コレットはハラハラした。国王と彼女がどんな関係なのかは分からないが、一介の魔法使いにしてはやや無礼に感じる。
レオンの同級だったアルバートの話では、彼らはキュアノスで友人を失ったという。その一件を境にレオンは魔法学校を辞めて姿を消した。死因は悪魔による攻撃だとアルバートは言っていたけれど……
「だって、そうでもしないとあの子は一人で突っ込んでいくって心配してたじゃない。親友の弔いだかなんだか知らないけど、王妃に次いで息子まで死んじゃうと寂しいでしょう?」
手に持っていた石をポケットに仕舞い込みながら、ロザリーは飄々と言って退ける。もともと身体が弱かった王妃が病死したのは随分と昔の話だが、故人とはいえ王族の死をこんなにも軽々しく口にする魔法使いに、コレットは気が気ではない。
「レオンは魔力こそ強いが、使い方がまだ未熟だ。あれは自分の信じる正義のためにしか動かない。噂では魔術にも手を出していると聞いたが本当か?」
鋭い視線を受けて、三人の魔法使いは震え上がる。
王子が魔術を扱うのを目の前で見たことがあるコレットはゴクリと息を呑んだ。
青い顔をするだけで何も言葉を発しない三人の男たちに、グレゴリオは「もう良い」と言って目を閉じた。
「キュアノスの封鎖を解こう。あちらから自由に通過できるのなら、封鎖したところで意味はない。周辺に住む一般の国民には避難警告を出してくれ。それと、登録してある魔法使いには収集命令を」
「ありがとうございます……!」
「直接会ったことはないが、女神が言うのなら本当なのだろう。しかし、歴史書に載っている幻かと思ったが、時間を操る女神などという存在が本当に居るとはな。私は知らずのうちに二度同じ行事に参加していたのか?」
「あら、私は気付いていたわ。ある程度魔力がある人は勘付いたと思うけど」
「意地悪な側近を持つと不幸だ」
ジロッとロザリーを睨んで国王は頭を振った。
レオンが時を戻したのは目の前で死に掛けていたコレットを助けるため。ハインツは、それは偶然ではなく意図があるように言っていた。
「ミドルセン先生にも連絡を入れるべきなんだろうな。魔法学校の先生方の協力なしにこの問題は対処しきれない」
「うふっ、私は独学派だから分からないけど、教師って頭が硬そうだからこういう時は良い動きをするでしょうね」
場違いに朗らかな笑みを見せるロザリーを観察する。笑うと目元に細かな皺が寄る彼女は、年齢にして国王より少し若いぐらいだろうか。
「ロザリー、この女を門まで送ってやってくれ。私はレオンの容態を見に行く」
「はーい。貴方でも息子が死にかけると少しは心配になるのね。子供ってやっぱり可愛いもの?」
「………言葉に気を付けるように」
ピリッとした空気が走って、コレットは自分に向けられた怒りではないのに緊張を覚えた。ロザリーは軽く頭を掻いて「おっかなーい」と息を吐く。
部屋を出て行った国王の背中を見送った後、何も言わずに歩き出したロザリーの後ろを慌てて追い掛けた。
「ここまでで大丈夫かしら?」
門番が立つ大きな正門まで案内すると、ロザリーは大きく伸びをして振り返った。白い髪がふわりと靡いて、何かの花の香りがする。コレットよりは確実に年上だが、飄々とした態度は大人というよりはまだ幼い子供のようだ。
「あの、ありがとうございました……!」
勢いよく頭を下ろしたコレットの前に、ロザリーが足を踏み出すのが見えた。ぽんと何かが頭に触れて、半身を起こすと片手を上げたロザリーと目が合う。
「………えっと?」
「あぁ、ごめんなさい。あまりにも一生懸命で眩しかったから、つい。もう頭を撫でて良い年齢じゃないのにね。立派な先生をしていて偉いわ」
「……? それほどでも、」
相変わらず真意が読み取れないコレットに、ロザリーは「これをあげる」と言って石を押し付ける。目をやればそれは彼女が一心に磨いていたあの石。
何かのお守りになるかも、と歌うように言い渡してロザリーはその場を去った。コレットが見た中で最も大人らしくない魔法使いの背中を黙って見送る。白い髪はやがて王宮の中に消えた。
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文字数が膨らみすぎたのでそろそろお話をまとめられるように、なんとか完結を目指しますね。
感想ありがとうございます。
グシュナサフ(当方の三博士から取ったので変な名前ですみません)は単純に常日頃の王子の令嬢との距離感を分かっておらずに間違えちゃったようです;;
先生もそろそろ強くなっていくはず……!恋愛要素も入ってくるはず……!