魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい

おのまとぺ

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第三章 辺境伯の箱庭

54 王太子



 静かな部屋の中では、息を吸うことすら憚られる。

 こんな距離で王族と対面する機会は、一般市民ではあり得ない。少し癖のある金髪はライオンを彷彿とさせて、伏目がちなグレーの瞳は神秘的な光を宿す。人形のように整った顔。

 座ったレオンを見下ろす形となっていることに気付いて、コレットは慌てて身を屈めた。


「申し訳ありません、殿下……」

「いや、良いんだ。あまり畏まらないでほしい。立ち話するほど短くないから腰を下ろしてくれ」

 恐縮しつつコレットは指さされた向かい側のソファに腰掛ける。散らばった紙の山に目を遣ったが、知った言葉が一つも見当たらないのですぐに顔を背けた。

「何から話せば良いんだろうな。先ずは……逆行の件か。リンレイが言っていた通り、死んだ君の人生を巻き戻したのは俺だ」

「………っ!」

「予想外の弊害もあった。君は完全に魔力を失って、代わりに俺の魔力が表面に混ざったんだ。だがこれは、先日試みて分かったことだが俺の手で剥ぎ取れる」

 そう言ってレオンは右手を掲げる。
 コレットは思わずぎゅっと目を瞑った。

「今すぐ返せとは言わない。魔力の喪失は俺のせいだからな。これからプリンシパルも安全ではなくなるかもしれないから、お守り程度の気持ちで持っておいてくれたら良い」

「お守り……ですか?」

「ああ。君が何か攻撃を受けた際にクッション代わりにはなるだろう。謂わば鎧だな」

 コレットは校内に巨大カラスが現れた時のことを思い出す。そういえばあの時も、腕に負った傷は浅く、治りも異常に早かった。

 まさか、王子の魔力にカバーされていたなんて。

「あの、私の記憶が正しければ……殿下と私は初対面ですよね?貴方に命を守られるほどの価値があるとは自分でも思えません」

「………そうだな。君を助けたのは、単なる俺の気紛れだ。目の前で人が死ぬのを見たくなかった」

「だからって時を戻すなんて!貴方に犠牲は無かったのですか?私の魔力だけで戻せるほど時間は軽くないはずです」

「大した犠牲はない。強いて言うなら、命の恩人であるはずの俺と交わした最期の会話を覚えていないのは腹立たしいが、」

「え?」

 レオンはそこで言葉を切って目を閉じる。
 眉間に皺が寄って、暫しの沈黙が流れた。

「まぁ、もう良い。とりあえず時戻りのことを説明してやる。基本的に当事者しか時戻りは認知していない。稀に時空警察にバレることもあるが、アイツらも逆行の実行者までは分からない」

「でも、リンレイ先生は……!」

「あれは例外だ。リンレイは悪魔、人間と違って勘が働く。暇な悪魔はそう言った情報までキャッチしてしまう」

 コレットはふんふんと頷く。
 ふと、気になっていたことが浮かんだ。

 レオンは王太子である。
 つまり、セレスティアの王宮で暮らす王族。彼がノエルとして過ごしていた間の王子はいったいどのような状態だったのか?


「あのー、殿下は、」

「その呼び方を今すぐ止めろ。レオンで良い」

「王族を呼び捨てにするなど極刑ですよ!」

「君は融通の効かない人間だな。そんな感じだからバカ真面目に打ち込むわりに結果が出ないんだ。臨機応変に対応することを学べ」

「………はい」

 しょぼくれるコレットの上でプッと吹き出す声がする。驚いて顔を上げると、レオンが口元に手の甲を当てて笑っていた。こうして見ると、若かりし写真の頃のようだ。

 ぼうっと眺めていると目が合ったので、慌てて質問の続きを口にする。

「レオン様は、生徒として過ごしていた間は王宮での生活をどうなさっていたんですか?」

「なかなか良い質問だ」

「あははっ、それほどでも……」

 褒めてもらえてうっかり頬が緩む。

「時を戻す際、俺は君の魔力が喪失したことを知った。そこで、すぐに行動したんだ。幸い俺の方が一週間ほど早いポイントに落ちたから、」

「ポイント?時間は等しく戻るのではないのですか?」

 矢継ぎ早に質問を繰り出すコレットを見てレオンは少し眉を寄せる。どうやらこちらからの問い掛けはあまり歓迎されていないようだった。

「逆行はそんなに計画的にはいかない。現に俺は一度失敗している。戻れただけで感謝すべきだ」

 失敗という言葉にコレットは首を傾げたが、これまた詳細は教えてくれそうにない。仕方がないので黙って遠くを見つめるレオンの横顔を眺めた。


「俺が戻った時、君はまだ何も知らない以前の君だった。しかし、決定的に違ったのは前代未聞の魔力なしの人間としてプリンシパルの採用試験に合格していたこと。これは時戻りの副作用だと分かった、だから手を打ったんだ」

「手を打つ……?」

「俺自身が知り合いのツテで生徒として忍び込むことにした。年齢は操齢魔法を会得していたら操作出来る」

「知り合いってもしかして、」

「オタビオ・ブライスだよ。彼はもともと王宮で馬の世話係をしていたんだ。離職する時、プリンシパルの寮の管理人になると聞いていたから、利用させてもらった。王宮では俺が消えて騒ぎになったようだが、今までも一週間ほど留守にするのは珍しく無かったから大事にはなっていない。定例行事である春夏秋冬会が延期になったぐらいだ」

 ぼんやりと浮かぶのはオタビオとの会話。
 そういえば、何かの拍子に「殿下」という言葉が飛び出したような気がする。あの時は身に染みついた習性は大変だ、と同情したけれど、もしかして単に口が滑っただけなのでは。


「君から何か質問はあるか?」

 そう言ってレオンは首を傾ける。
 美しい双眼に見つめられると、再び緊張が走った。

「………これからどうなさるのですか?」

 素直な疑問を口にする。

 想像以上に、同じクラスのメンバーはノエルのことを心配している。夏休みが終わってもまだ復学しないようなことがあれば、きっと事情を説明することになるだろう。嘘であろうと何だろうと、納得出来るだけの理由が必要だ。

「戻るよ」

「え?」

 軽い口調に思わずコレットは聞き返した。
 王子は何ら気にする様子なく、立ち上がる。

「夏休みが終わったらまた学校で会おう。魔導書グリモワールの場所がバレた今、極地会はきっとプリンシパルを狙ってくるはずだ。ミドルセンが応戦するだろうが、万が一のために俺も備える」

「貴方の生活はどうなるんですか!?」

「上手くやってると思うよ。王宮には優秀な魔法使いが沢山居る。俺の不在を取り繕うことぐらい、何ら苦ではない。それに、ヤツらは王宮には手を出せない」

「そんな……!」

 彼が扱う魔術のこと、時戻りの原因について。
 聞きたいことはまだわんさかあったのに、腰を上げたレオンは三秒経たないうちに姿を消した。これでは一方的に話を聞いただけで、会話としては満足出来ない。

 コレットは大きな溜め息を吐く。
 多忙を極める王子に説明役は無理なようで。


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