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第二章 マックール家の秘密編

12.ブラックボックス

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次の日、アーサーはセントラルの友人と会うとかなんとか言って出掛けて行った。

私は早朝から暇を持て余している。
客室の小さな窓から、朝食の残りのパンを千切って投げると白やグレーの鳩がたくさん寄って来た。ポッポッポと軽快な鳴き声をあげて、周囲を歩き回っている。

このまま午前中が潰れてしまうのも勿体無いと奮起して、なんとか思い腰を上げた。

エドワードや婚約者と楽しくお喋りというのも難しそうだし、せっかくお邪魔しているのだから屋敷内を探検してみるのも良いかもしれない。幸い、食事は提供してくれるから、昼までに部屋に戻っていればいいだろう。


「………よし、」

踵を鳴らして、部屋の扉へ突進した。




擦れ違うメイドたちは皆粛々と自分たちの仕事をこなしていて、誰も歩き回る私を気にかけたりはしない。

マックール家の家人たちは出払っているのか、暫く家の中をウロウロしても出会わなかった。時折、部屋の中で物音はしたが、その多くは掃除機をかける音や、洗濯物を干す音といった、使用人たちが立てる音だった。

何処からか良い匂いがする。
今日の昼食はなんだろう…


その時、遠くから風に乗って、オルゴールの音が聞こえていることに気付いた。

冒険心がくすぐられ、音のする方へ歩いて行く。
小さな音は近いようで遠く、かすかな音色となって耳に届く。時には部屋の扉に耳を付けてみたりしながら、音の出所を探す。こんな姿を他の家族の人に見られたら、私はさぞかし奇妙な女だと思われるだろう。

階段を上がって、二階へ。
この音楽が鳴り止まないうちに、どうにか確かめたい。


「………あ!」

長く続く廊下の先、3番目の部屋の扉が少し開いているのが目に止まった。ドキドキしながら進むと、小さな音は鮮明になっていく。

恐る恐る扉の奥を覗き込んだ。

部屋の中にはいくつかの本棚が並んでおり、それら全てにびっしりと分厚い本が収納されている。小さな図書館のようなその場所に人気はない。


「……お邪魔します」

一応声を掛けて、中へ踏み込む。

部屋に設置された二つの出窓からは柔らかな朝の光が差し込んでいる。歩き回っていると、入り口から一番遠い場所にある本棚の中段に、開かれたボックス型のオルゴールが置いてあった。

手のひらに収まるサイズ感のオルゴール箱を観察する。自動というわけではなさそうだし、誰かがここに置いて行ったのだろうか。

何気なく、近くの本を手に取って開くと、本だと思ったそれは実のところアルバムであり、収まり切っていない写真が雪崩のように足元に落ちた。

慌てて屈んで、写真を手に取る。


「……アーサー…?」

色褪せた写真に映るのは、まだあどけない笑顔をした金髪の男の子。碧色の目を輝かせて、花に手を伸ばしている。

散らばった写真を拾い集めると、それらも全てアーサーの写真だった。クレヨンを握り締めて眠る姿、窓の外の鳥に手を振る姿、小さなテーブルで一人食事をする姿。たくさんの写真はあるけれど、カメラを見つめる写真は一枚もないことに気付く。

「どうして…、」

本棚に向き直り、並んだ背表紙を目で追うと、綺麗に整頓されたそれらは同じくアルバムであることが分かった。やはり、中に収められた写真は年齢は違えど、アーサーのものだ。

これは、いったい、どういうことだろう。

その隣の本棚には、アルバムより少し背の高い大きなファイルが陳列されていた。背伸びをして一冊を引き抜くと、新聞の切り抜きのようなものがスクラップされている。

記事の右端に書かれた言葉は私でも理解できた。
これらは、西の領地で発行された新聞だ。

見慣れた赤いマントを羽織り、少し緊張した面持ちで微笑むアーサーの写真の下には「若き新隊長」という見出しが書かれていた。他にもパレードの中に映り込んだものや、何かのインタビューのような記事まで。ウォーリーを探せ状態でどこにアーサーが居るか一瞬分からないような記事も、残さず皺を伸ばして貼られていた。



「凄いでしょう。とんでもない量よ」


突然の声に振り向くと、ティーカップを手に持ったエリザベス・マックールが部屋の入り口に立っていた。

義母の登場に困惑して、開いていたファイルが手から滑り落ちる。床に広がった写真やアルバム、分厚いファイルを見て、エリザベスは小さく息を吐いた。

「ごめんなさい…勝手に入って……」
「良いの。お茶を取りに行くときに部屋を開けっぱなしにしたのは私だから」
「これは…このアルバムやファイルの管理は誰が…?」
「すべてハーグのものよ」

信じられない言葉に耳を疑う。

「……え?だって、アーサーのお父さんは…」
「おかしいわよね。あんな態度を取って…本当にあの子には申し訳ないと思っている……」


言いながら、ハンカチをポケットから取り出す。
エリザベス・マックールは囁くように語り始めた。




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