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第二章 マックール家の秘密編
13.白日に紡ぐ
しおりを挟むマックール夫人は、悪戯をした子供が大人に状況を説明している時のような、複雑な顔をしていた。
握りしめたハンカチに皺が寄っている。
「初めてアーサーが家に来た日のことは、よく覚えているわ」
「…………、」
「あの子はボロボロの車の玩具を持っていて、ハーグがそれを取り上げたら泣き出した。付き添いで来ていた男が、唯一の母親の形見だと訴えるのも聞かずに、ハーグは玩具を暖炉に投げ入れたの」
手の中にある写真に目を落とす。
まだ小さなアーサーの胸中を思うと、心が痛い。
「ハーグは悩んでいたわ、とても。彼は自分に子供が居るなんて知らなかったから。それでも、受け入れて育てるように私は言った。責任を持つべきだと…」
「………責任、ですか」
「でもね、本当は私は内心喜んでいたの」
「…え?」
「あの女は死んだと…ハーグはもう彼女を想うことはないと分かったから」
「どういうこと……?」
エリザベスのふっくらとした頬に涙が伝った。
「私と婚約する前、ハーグには好きな人が居たと聞いたわ。愛していたけれど、もう叶わないと項垂れていた」
「それが…アーサーのお母さんだったんですか?」
「おそらくね。私から懇願して何とか結婚まで結び付けたけれど、ある日彼の書斎を掃除していたら、書きかけの手紙を見つけた」
「…………」
「宛先人はティターニア・フィン、アーサーの母親よ」
瞬間、エリザベスはゾッとするような恐ろしい顔をした。
それは女特有の嫉妬と憎悪が入り混じった顔。
「頭がおかしくなるかと思ったわ。ようやく手に入れた夫がどこの誰か分からない女に恋文を書いていたのよ?」
「…………それで、」
「分からない。ハーグがそれを送ったのかは定かではない。でも……ある日、その女からの手紙が届いた」
「!」
「確信したわ、この女こそハーグの想い人だと」
「…………」
「私は直ぐに破り捨てて燃やした…それから郵便受けを確認するのが日課になって、何通か届いたティターニアの手紙はすべて私が廃棄した」
エリザベスが鼻を啜る音が聞こえる。
どういうこと?
ハーグ・マックールは一度関係を持ったアーサーの母親と何かが原因で離れ、その後も彼女を想っていたということだろうか。そして、返ってこない手紙を何通も出していたと…
「仕方なかった、私は不安だった。もう誰にも邪魔なんてしてほしくなかったの……」
「でも、それじゃあアーサーが救われないわ…!」
「ええ。そうよね、ハーグはアーサーを憎んでいる。愛していた女性が残していった子供。彼の手紙に返事が来ることはなかったのに、何故今更と思ったでしょうね」
少しだけ、ハーグ・マックールの気持ちが理解できた。
しかし、それはアーサーを退けて良い理由にはならない。
「ハーグはきっとアーサーを見ると、その母親を思い出すのだと思うわ。アーサーが来て数週間は本当に大変だった…」
「……エドワードが居たんですよね?」
「そうよ。一緒に遊ばせたことはないけれど、」
「どうして…!」
「憔悴するハーグに対して、アーサーを閉じ込めて目に触れないようにすることを提案したのは私よ。私自身、辛かった…弱っていくハーグを見たくなかった」
「そんなの、責任も何も果たせていないです…!」
「もっともね。私たちは…あの子の親になれなかったの」
エリザベスの頬を涙がどんどん流れていく。
泣く権利なんてない、と怒鳴り散らしたかったが、彼女も私にそんなことは言われたくないだろう。大人たちの愛と恋のタイミングが少しずれて、その被害をすべてアーサーが引き受けたというだけの話。
小さなアーサーは、いったいどんな気持ちで、日々を過ごしていたのだろう。
「今からでも…旦那様に説明してくれませんか?」
「無理よ…無理、そんなことをしたら私が…」
「このままだと、アーサーはずっと虐げられたままです」
「…………、」
「アーサーの子供部屋を見たことがありますか?彼はずっと、ずっと……」
涙が溢れて、その先が言えなかった。
何も言わないエリザベスも、おそらくあの部屋に入ったことはあるはずだ。
先ほど見た写真の中には、子供部屋で眠るアーサーを映したものもあった。メイドが撮った写真かもしれないが、本当はエリザベスもハーグも、アーサーのことが気になっていたのではないだろうか。
少なくとも、ハーグ・マックールは、こんなにアーサーの写真を残している。わざわざ、西の領地の新聞をセントラルまで取り寄せて、記事に目を通しているのだ。
それが、愛でなければ、いったい何だというのか。
「きっと旦那様も、素直になりたいのではないですか?」
「素直になるには、私たちは歳を取りすぎたわ」
「まだ…遅くないはずです」
「……でも、」
「お願いします、どうか……」
頭を下げて目を閉じる。
暫くして、エリザベスは小さな声で了承を示した。
◆白日…何の障害や制約もないこと。身が潔白になったことを例えていう語。
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