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第四章 獅子の檻編

29.ハニーハニー

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「本当に最初は興味なんて無かったんだ、女なんて俺から求めなくても近くに腐るほど居た。しかも、お前は可愛げがあるわけでもないだろう?」
「悪かったですね……」

思い返せば、出会った当初の私は、彼のホットワインの誘いや、風呂に一緒に入るかというセクハラに対しても即答で断っていたような気がする。

ヒロインとしての在り方を問われれば、完全に外れている。


「でも、どういうわけか、お前と居たら俺は気持ちが楽になった。騎士団長でなく、マックールの人間でもなく、ただのアーサーとして居ることができた」
「…………、」
「俺が犯したすべての過ちも、赦される気がしたんだ」

伏目がちになったその横顔が、メアリーのことを思い出しているのは容易に想像できた。

「あの頃、俺は結構参っていて…寝付きも悪かったんだが、お前が隣に居てくれるだけで安心して眠ることができた」
「最高級枕だったでしょう?」

冗談めいて笑うも、アーサーは真剣な顔で続ける。

「手放してはいけないと思った」
「……そんな、買い被りすぎですよ」
「最初は本当に犬としての癒し効果だと思っていたから、そのままエリスと結婚して、お前をペットとして側に置くことも考えたんだ」
「前も言いましたが、それはだいぶ変です」

大真面目にそんな事を言うから否定した。

「ただ……俺は徐々に他のものも欲しくなった」
「他のもの?」
「オセロにお前を迎えに行って、マーク・ウィカムに抱き抱えられているのを見た時、確信した。俺はあいつが父の親戚でなければ手を出していたと思う」
「そんな、物騒な…!」
「お前はガードが甘いんだよ、なんであんなポッと出の男に騙される?」
「だって彼はアーサーの従兄だって、」
「そうだな、性犯罪者予備軍みたいな男だが」
「…………」

アーサーは腹立たしげに机の上を指で叩く。
机を挟んで、私はその様子を見守った。

マーク・ウィカムはどうしているのだろう?
牧師としての職を剥奪された彼が、アーサーを恨んでいないと良いが。アーサーの父親も、マークの現在に関しては言及しなかったから現状は全くもって不明だ。


「嫌なんだ、他の男が側に居るのは」

珍しくそんなことを言うから、私はまともに顔が見れずにまた変な愛想笑いを浮かべてしまう。

「貴方が…そんな事言うなんて、明日は雨ですね」
「イヴ、俺から逃げるな」
「………っ」
「お前はこの世界に居てくれるのか?俺と最後まで生きる覚悟はあるか…?」
「最後って…、」

「三日間お前を閉じ込めたのは、俺だけを見て欲しかったからだ」
「あんなやり方…間違ってます」
「乱暴をして悪かった。確かめる必要があった、極限まで追い込んでお前が俺を受け入れてくれるか…」

「アーサー、言いましたよね?」
「?」
「私はもう戻る場所がありません。貴方の側を離れたら私は天涯孤独になってしまうんです」
「………俺はお前を一人にしない」


少し不安そうな顔は、彼を年相応の若者に見せた。

いつもの偉そうな態度ではなく、頼れる格好良い姿でもない。机の上で組んだ両手の隙間から見える碧色の瞳が揺れている。

立ち上がって、アーサーの隣へ移動する。
大きなその背中へ腕を回した。


「貴方にあげる、全部」
「…もう隠しごとは無しだぞ」
「信頼を取り戻さないとね、」
「………イヴ」

頭の後ろを支えられて、そのままキスされそうになったので片手を挟んで制止した。アーサーは不服そうな顔をする。

「もう一度聞かせてほしいの」
「……俺を選んでくれ」


返事の代わりにアーサーを抱き締めた。

その時、ずっと心の中にあった靄が晴れたように感じた。
思えば私は、彼と結婚という契約を結んだ後も、どこかで元の世界のことを考えていた。諦め切れていなかったのかもしれないし、心が分離出来ていなかったのだと思う。

でも、もう私はそこに存在しない。
イヴとしての意識が改めて息を吹き返す。

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