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第四章 獅子の檻編

30.手の甲に口付けを

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その後、私は二日間ほど寝込んだ。

風邪の予感は的中して、結局その日のうちに熱がかなり上がってしまったのだ。アーサーは何度か部屋に来てくれていたようだが、私がタイミング悪く眠ってしまっていた関係で会えていない。


「大変でしたよ、もう本当に」
「?」
「旦那様ったら奥様のお着替えから熱の計測、お身体を拭く時でさえ自分がやると仰って譲らないんです」
「……っぶふぁ、」

飲んでいた水と薬が口から吹き出た。
謝りながらイシスからタオルを受け取る。

「しかし、私共としても旦那様にそのような事をさせるわけにはいきませんし…」
「そんなことを本当にアーサーが言っていたの?」
「ええ。奥様はぐっすり眠ってらっしゃいましたけど、手を握ったまま1時間ほど部屋に滞在されたこともありました」
「………あのアーサーが…?」

いったい彼にどんな心境の変化があったのか。もしかして、トラブルを乗り越えて一層愛が強まったとかそんな感じなのだろうか。いやでも三日前までは、いきなり檻に閉じ込めたり目隠ししたりとダークな一面を見せていたはず。

これは何事だろう。

「あ!噂をすればですね」

ノックの音がして、イシスがそわそわし始める。私は夕食の準備が、と言いながら机の上に広げたティーカップやお菓子の入ったバスケットを片付けだした。


「イヴの熱が下がったと聞いて来たんだが…」
「ええ、ええ!もうこの通りお元気ですので。私はもう去りますからね、後はお二人でごゆっくり」
「……イシス!」

イシスは竜巻のようにあっという間に部屋を出て行った。静まり返った部屋でアーサーと二人きり。随分と久しぶりに会ったような気もする。

私が喋り出す前に、アーサーがベッドに手を掛けた。冷たい手が頬を撫でる。

「………悪かった、俺が無理をさせたせいで」
「…いいえ。自己管理の結果です」

心配そうに見つめるアーサーの顔がまともに見れない。暫く会わなかったせいで忘れていたが、やはり顔の造形が良すぎる。人は見た目ではないと言うけれど、タイプど真ん中の人間がこんなに近くに居ると気を抜くことが出来ない。

熱は下がった筈なのに、心臓のあたりがバクバク鳴り出して、思わず胸を押さえた。


「どうした?」
「え?」
「痛むのか…?」

押さえた左手の上にアーサーの手が重なって、思わず顔が固まってしまう。待ってほしい。彼はこんなに少女漫画的な行動をする人間だったっけ?いつもの8倍は優しくない?私が病人だからだろうか。

「す、すみません…久しぶりにお会いするので少し緊張してしまって」
「緊張……?」
「はい。二日ほど顔を見ていなかったので、新鮮と言いますか…なんというか」

ポカンとした顔で私を見つめた後、アーサーは笑った。

「これぐらいで緊張されたら俺は何もできない」
「……すみません」
「その様子じゃキスも難しそうだな」
「…もう少し元気になったらたぶん…すみません」
「じゃあ、せめて手の甲に」

残念そうに言いながら、胸を押さえていた私の手を取って口付けた。それだけでも耐性が弱った心臓はもう爆発寸前なのに、あろうことか柔らかな舌で甲を舐められる。私を見上げる、誘うような眼差しにゾクっとした。

「……っ、アーサー!」
「悪い。まだ病人だったな」
「悪ふざけは辞めてください」
「早く元気になってくれよ、俺のためにも」

軽く額に唇を当てて、意地悪な顔で言う。
元気になった先に待ち受けることを想像して、私は勝手に赤くなった。アーサー・フィン・マックールは今日も私を翻弄する。



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