遠くて近い世界で

司書Y

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狂犬と引きこもり 2

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 特に何かアクションがあったわけではないけれど、スイは周囲の情報に敏感な方だと思う。それは、体格的に不利なスイが物騒な世界で生き残るための処世術だった。
 数メートル先に立ち止まって人混みの中から、自分を見ている二人組の男がいる。若い男だ。おそらくは20代前半。それはサイズ感大丈夫? と、聞きたくなるようなだぼついたパンツにだぼついたインナー。スタジャンを羽織って、キャップを被っているテンプレ通りのストリート系。そして、双子コーデですか? と、こちらも聞いてみたくなるほど似通ったファッションにため息が漏れそうになる。
 男たちはスイが顔をあげて自分たちを見たことに気付くと、とってつけたような笑顔を浮かべて近づいてきた。

「おねえさん。ひとり?」

 かけられた言葉に座ったままスイは周りを見回した。それから、周りにはひとりでいるのが自分だけだと気付いて、首を傾げる。

「は?」

 スイは決して大柄ではない。背は平均値より多少低いし、体重に至っては平均体重よりもかなり低めだ。服装もユニセックスで、シンプルなものならレディースを着ることもある。
 それでも、今まで(少なくとも覚えている範囲では)「おねえさん」と、間違えられたことはない。それが本当に普通の成人男性にしか見えないからなのか、人混みを避けたり、他人との積極を極力少なくしていたせいで単に間違われる機会がなかっただけなのか。どちらなのかは定かではない。

「あれ? もしかして、おにーさんだった?」

 スイの顔を無遠慮にじろじろと見てから、男が言う。なんだか、その視線はまとわりつくみたいで気持ちが悪かった。

「ま。どっちでもいいや。俺、そーゆの気にしないし。ね。ひとりならさ、俺たちとどっかいかない?」

 大戦前の一時期、薬物による人体の改変が盛んに行われていた時期があった。もともと、遺伝子異常による病気や障害の治療のために開発された薬は、遺伝子を正常に戻すという本来の目的を離れて、髪色や瞳の色、身長や体重、性別までも変えることを可能にした。それも、合法に。だ。
 その影響もあって、性別の差異が曖昧になり、同性婚が法律で認められるようになった。現在、遺伝子改変薬はその激烈を極める副作用の発見により、禁止薬物となっているが、同性婚が再び禁止されることはなかった。
 だから、男だと言って、男にナンパされることがないとは言わない。

「…………そ。ゆうの、間に合ってます」

 それでも、ひらり。と、手を振ってスイは答えた。
 法的には異性愛と同様に認められているとはいえ、同性愛に偏見を持つものは、人種差別と同じく、一定以上確実に存在している。特に、宗教関係者や、一部の民族主義者、戦中や戦前生まれの高齢者、単に社会性の欠如しているもの。等々。他人がどんな性的嗜好を持っていようが近づかないで放っておけばいいだけなのに、わざわざ、不快感を露に近づいてくるものも、一定数存在している。
 とはいっても、別にスイは同性愛に対しても偏見はない。
 だから、断ったのは偏見からではないのだ。
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