悪魔に捧げた願い

さき

文字の大きさ
2 / 22

不穏な夜。

しおりを挟む
 そして、とても嫌だったがレオン兄様に言われた事を無視すればどうなるか分からないからと、震える手を隠しながらもお兄様の部屋に向かいドアをノックする。

   ノックの音に、返事はなかった。けれど、それはいつものことだった。

 わたしは静かに扉を開ける。重たい音が、心に鉛のようにのしかかる。

 部屋の中は、ほの暗くて静まり返っていた。
 暖炉の火がちらちらと揺れ、家具の影が黒く伸びている。

「……お兄さま……?」

 誰の姿も見えず、思わず後ろを振り返ろうとしたそのとき。

 ガチリ、と音を立てて扉が閉まった。

 背後から伸びてきた腕が、わたしの手首をつかむ。

「やっと来たな、フィーナ」

 耳元で低く囁く声に、息が詰まる。
 すぐにわかる、レオン兄様の声。

「その、お兄さま、こんな時間ですし、お話はまた明日では駄目でしょうか……?」

 震える声で尋ねても、返ってきたのは乾いた笑いだった。

「夜じゃなきゃダメな事も沢山あるだろう?」

「……っ」

 力が入らず、逃げようとしても足がすくむ。

 レオンはわたしの腕を引き寄せ、無理やり身体を近づけてきた。

「なあ、フィーナ。お前もさ……そろそろ、わかってるだろ?」

「わたしは……そんな……」

「俺はお前が好きだよ。ずっと前からさ。お前も、俺のこと、嫌いじゃないよな?」

 優しいふりをした声が、耳にまとわりついてくる。

 ――気持ち悪い。
 それなのに、わたしの口は「いやです」とすら、言えなかった。

 身体がすくんで、喉がひりついて、声が出ない。

 レオンの手が、わたしの頬に触れる。逃げようとしても、逃げられない。
 そのまま、ソファへと押し倒されかけたその瞬間――

「や、やめてっ……お願い……!」

 必死で手を突っぱね、叫んだ。

「うるせぇな、ちょっと触れるくらいで大袈裟だなあ?」

「お願い、やめて……! だれか……!」

 喉の奥から絞り出すような声。目から、涙がにじむ。

「そんなに嫌がることかよ? ……俺は、お前の兄だぞ?」

「……っ!!」

 言葉にならない叫びが胸の奥からこぼれる。

 そのときだった。

 ――バンッ!!

 扉が勢いよく開かれる音がして、鋭い声が飛んだ。

「レオン!! 何をしているの!!」

 凍りついた空気の中、レネリアの姿がそこにあった。

 夜会服を纏った母が、沈んだ怒りをそのまま体に纏って立っている。

「っ……母さん……違うんだ、これは――」

「“お手つき”にする気だったの? 純潔出なければダメだといくらいったらわかるの!!」

「……っ」

 わたしは息を呑む。
 “お手つき”? “純潔”? 一体、何のことを言っているの?

 母はわたしには一瞥もくれず、淡々とレオンに告げる。

「このままじゃ、契約が成立しなくなるわ。魂が“汚れた”ら、意味がないの。女の子なんて他にもいっぱいいるでしょう…なのにあなたは毎回本当に…」

「……すまない、つい……」

「もう、いいわ。今夜にする」

 レネリアの声は冷酷だった。
 わたしは言葉の意味をつかめず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「……なにを、するって……?」

 震える声で尋ねると、母はやっとわたしの方を見た。
 その瞳には、愛情も憐れみも、何もなかった。

「あなたの役目よ、フィーナ。“生まれた意味”を果たしてもらうの」

「……え?」

「レオン。フィーナを、地下へ連れていきなさい」

 その瞬間、わたしの世界は――音を立てて、崩れ始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

処理中です...