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真実とは、時に残酷に。
しおりを挟むどこまでも暗くて冷たい廊下。
レオン兄様に腕をつかまれ、わたしは引きずられるように歩かされていた。
石造りの階段はじめじめとしていて、足音すら沈んでいくようだった。
「……っ、どこに行くの……? ねえ……離して……」
「っち…お前が大声をあげるからだぞ。本当だったら…」
何度も離してくれと懇願した。けれど返ってくるのはそんなブツブツと漏らす独り言のようなものと、冷たい手の感触だけだった。
その先にあったのは、屋敷の地下深く、封じられていたはずの扉。
滅多に人の近づかない“礼拝堂”。
でも、それは……神のための場所なんかじゃなかった。
開かれた扉の向こうにあったのは――血のような赤と、煤けた黒で描かれた魔法陣。
壁には無数の古い契約文。
異国の言葉で書かれた祈りと、見たこともない魔術の紋様。
……空気が、おかしい。
ただ“冷たい”んじゃない。
肺に触れた瞬間、命を削るような、底知れぬ異物感があった。
壇上には、すでに母レネリアが立っていた。
「連れてきたわね」
レオンがわたしを突き出すと、母は何の迷いもなく指を鳴らした。
すると、両側から侍女たちが現れ、わたしの手と足を拘束しはじめた。
「な、なに……!? いやっ、やめてっ、お願いっ!」
「か、母さん、百年経ってないけど、儀式して平気なのか?ほら、本当は来年の誕生日のはずだろ?」
「レオンあなたが信用に足りるならそうしてたわよ。でも、あなたは今日もこの子に手を出そうとしてたでしょう。純潔を失い契約を無駄にするよりは1年早まったくらなんてことのないことよ」
暴れるたびに鎖の音が響く。
でも、誰一人、止めようとはしなかった。
「……どうして……こんなこと……わたし……なにか、しましたか……?」
必死に問う声に、母は静かに言った。
「あなたは、もともとそういう“役目”なのよ、フィーナ」
「……役目……?」
「この家は、代々“贄”を差し出してきたの。百年に一度、“悪魔”に生贄を捧げて、願いを叶えてもらうのよ」
その言葉が、頭に入ってこない。
わたしはただ、母の口が動いているのを見ていた。
「百年前には領地の干ばつを止めてもらい、二百年前には政敵を潰してもらった。我が家の者がみな美しいのもそう。そうして少しずつ地位を得て、ついに“公爵家”になった」
「……うそ……そんな……」
「うそじゃないわ。これはスザンヌ家にとって、当然の“儀式”なの。あなたは最初から、そのために産まれたのよ」
「……っ!」
胸がぎゅうっと締めつけられる。
「あなたの母は、当主に仕えていたただのメイド。契約の“器”として、無理やり孕まされたの。つまりあなたは、生まれる前から“贄”として用意されたのよ」
目の前が、ぐらぐらと揺れる。
「外の人間には、“引っ込み思案の長女”として紹介してきたわ。社交の場に出さなかったのも、誰の目にも止まらないようにするため」
「……そんな……嘘…嘘でしょう…?」
まさか自分は捨て子でなく、父とは血が繋がっていてレオンやアンナとは半分血が繋がっていたなんて…どうしてそんな酷い事ができるのか分からず、呆然とそう呟いてしまう。
その言葉に、母は一切の感情を込めず言った。
「最初から“契約道具”として育ててきたとはいえ、こっちも大変だったのよ。見目良いメイドにしたとはいえ、あんた容姿だけはいいから、レオンに何度言ったって手を出そうとするし。今回だってあんたの純潔を守るために1年前倒ししたんだから」
全身の力が抜けた。でも、あの時侍女が言葉を詰まらせていた表情が何故か浮かんだ。ああ、そうか、彼女はこの事実を知っていたのかもしれない…幼い私にどう伝えればいいか悩んでいたのはこういう事だったのか…。
涙も出なかった。
ただ、底のない穴に突き落とされたように、全てが遠ざかっていった。
魔法陣が、赤く輝き始める。
空気が震え、礼拝堂全体に重たい気配が満ちていく。
母は魔法書を開き、契約の言葉を唱え始めた。
声が響くたびに、床の紋様が脈打つように光を放ち――
その中心に、黒い霧が生まれた。
音もなく、ゆらりと立ち上る漆黒の影。
そして――男が現れた。
銀の髪に、紅の瞳。夜を纏ったような黒衣の男。
それは、明らかに“人間”ではなかった。
「……まだ百年経ってないはずだが?」
明らかに人間ではない美しさをもつその男は揺らぐ霧の中から姿を現し、あくびをしながら無造作に指先を振った。
彼の足元で、赤黒い魔法陣が脈動するようにうねる。
「まあ……見た目は悪くないな。魂はずいぶん熟れてはいるな」
紅の瞳が、真っ直ぐにわたしを射抜く。
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