あなたの愛はもう要りません。

たろ

文字の大きさ
1 / 125

1話

しおりを挟む
「ねぇ、あっちを見て!」

 両手がわたしの頬に置かれたと思ったら顔をぐいっと向けられた。

「ああ、アレね」

 向けられた顔をまた元に戻した。

「いいの?許せるの?」

「別に、いいわ」

 面倒くさくてチラリとも彼に視線を向けたくない。
 私の視線がもったいない。

「今こっちを見ただろう」なんて難癖をつけられたくもない。

 興味もないし好きでもないのに言い掛かりをつけられるくらいなら見て見ぬ振りが一番いい。

「それより授業に遅れるわ、早く教室に戻りましょう」

 友人のマリアナの腕をつかんで引っ張って足早にその場から離れた。

 一人の令嬢と仲良く?うん?イチャイチャしているのは私の……夫。

 そう、このことはまだ世間に発表していないけど、あの男と私は結婚している。

 貴族の結婚なんて政略的なもの。そこに愛情なんてない。あるわけないわ。

 あんな男に。

 ある理由で私は去年、入籍させられた。それも内密に。無理やり。

 私は16歳。夫である彼は18歳。

 この国の婚姻の年齢制限は特に法で定められていないので、いくつからでも結婚はできる。

 早い人は14歳で入籍して15歳には子どもを産んでる、なんてこともある。

 私は、結婚を受け入れる条件として、中等部を卒業しても、高等部に通い卒業だけはしたいと父にお願いした。

「は?結婚するのだから勉強など必要ないだろう?」

 伯爵である父は、女は適当に勉強して結婚すればいい、と言う考えを持っている。

 とりあえず結婚するまでは学園に通い、中等部まで通えば十分だと思っている。
 良い相手に巡り合えば、学園を辞めてさっさと結婚するのが一番だと思っている。

 もちろん『良い相手』とは、伯爵家にとって良い相手であり、私にとってではない。

 彼と私の結婚も両家にとって互いに利益を求めての結びつきだった。

 それも婚約期間をすっ飛ばしてすぐに入籍させられた。

 夫の名はダイガット・クーパー18歳。もうすぐこの学園を卒業して、しばらく王子殿下の側近として働き、いずれ侯爵家を継ぐことになっている。

「おい、待て!」

 遠くから声が聞こえてきた!

 うん、聞こえない。聞こえない。私には聞こえていない。

 友人のマリアナの腕に力を入れて「さっさと行くわよ」とさらに足を進める。

「ねぇいいの?叫んでるわよ?」

「え?聞こえないわ」

「………うふふっ、そうね、よく考えると私も聞こえない気がするわ」

「でしょう?」

 マリアナと目を合わせて微笑みあった。

「だって、この学園で私と彼の関係を知っているのはマリアナだけなのよ?知らんぷりするのが一番だと思わない?」

「そうね、ダイガット様は恋人のフランソア様との逢瀬が忙しいのだもの。変に返事をしたら周囲になんて思われるかわからないわよね?」

「でしょう?私もそう思うの」

 クスクス笑いながら移動教室へと向かった。





 放課後。


 いつものように図書室へと向かう。


 いつも座る本棚の奥にある窓際の席。


 そこに座るとノートを広げ、黙々と宿題をこなしていく。

 屋敷に帰ればうるさい人たちに捕まりゆっくり宿題も復習もできなくなる。

 だから図書室に居られるギリギリの時間まではここから動かない。

「グー」

 あっ……お腹の音に思わず周囲を見回した。

 まぁ、この図書室にこんなに長居するのは、私のように家庭教師がつけてもらえない金銭的に余裕がない者か少し家庭に事情がある者しかいない。

 だからお腹の音が鳴っても周囲はさほど気にはしないか……

「そろそろ帰ろうかな」

 一人呟きながら席を立とうとした。

「はい、ビアンカ様」

 机に包みを置いてにこりと微笑んだのは私の二つ年下の14歳のバァズ。

「これは?」

「うん?同級生が差し入れをくれたんだ」

 少し幼さが残る彼の笑顔。
 中等部ではバァズはとても人気がある。
 整った男性的な顔立ち。誰にでも笑顔を振りまくので高等部でもお姉様方から人気があるバァズ。

 だから彼に群がる女の子達が我先にとプレゼントやお菓子を持ってくるらしい。


「それはあなたに食べて欲しくて渡したものよ?私が食べたら失礼に当たるわ」

「僕は知らない子から貰ったものは口に入れない。だから……」

「あら?私が食べるのはいいの?何が入ってるかわからないのでしょう?」

「………ごめん……そうだよね?」

「バァズ、ありがとう。気持ちだけ頂いておくわ」

 多分包みに入っているのはチョコレート。もし食べたら……口の中で溶けて幸せな気分になるのだろうなと……本当は心の中で断ったことを少し後悔した。

 多少何か入っていても私の胃腸なら平気な気もするけど。

 ちょっと目がバァズの手を追ってしまう。

「じゃあ、これは?」

 バァズが次に差し出したのはメアリー菓子店の箱に入ったなかなか手に入らない高級なチョコレートの箱。

「これは僕が使用人に頼んで買ったものだから安心して食べられるよ?」

「………どうして最初からそれを渡そうとしなかったの?」

 思わずため息が出て本音がポロリと出てしまった。

「だって最初からこれを差し出したら要らないって言うに決まってるだろう?」

「……最初でもあとでもそう言うわ」

「じゃあ要らないの?」

 シュンとなって子犬のような瞳でそんなこと聞かれたら断れない。

「食べていいの?」

「うん、ビアンカのために持ってきたんだもの」

 図書室の中で食べるわけにもいかず、馬車乗り場に向かい、待合所のベンチに座って二人でチョコレートを食べた。

「美味しい!」

「全部食べて」

「いいの?」

「もちろん」

 久しぶりの甘いお菓子に舌鼓を打ちながら一粒一粒噛み締めて食べた。

 バァズと私は幼なじみ。

 屋敷が近いのもあってよくお互いの家を行き来していた。

 でもお母様が亡くなってからは、バァズと会うこともなくなっていた。バァズが中等部に入って久しぶりに再会したのだけど、その時にはもう私は結婚が決まっていた。

 教会で簡単な式を挙げ、神父の前で署名しただけの結婚。

 まぁ別に夢見ていたわけでもないけど。

 アレはほんと、なんの感情もわかなかった、でも逆に忘れられない結婚式になったかもしれない。

 チョコレートを口に入れながら「バァズ、このチョコレートほんとに美味しいわ」と思いっきり笑顔を向けた。

 その時、フランソア様と二人で馬車乗り場へとやってきたダイガットと目があった。

 私の笑顔はそのままかたまり、スーッと真顔になって彼から目を逸らすことなく彼を冷たく見てしまった。

 ーーうわぁ、なんでまだこいつら居るのよ!

 内心は思いっきり焦ってしまっているのに、私ってこういう時、表情が固まってしまうんだよね。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

愛なんか消えてしまえと願う私は悪くないと思う

ましろ
恋愛
「赤ちゃんができたの」 母の言葉に目眩がした。 我が家の両親は恋愛結婚。身分差から駆け落ち同然で一緒になった二人は未だにその愛は消えず、燃え上がり続けているのだからある意味凄いわ。 でもね? どうしてそんなにも子どもを作ってしまうの⁉ 私を入れて子どもは七人。お父さんの給料ではお手伝いさんなんか雇えるわけもなく、おっとりしたお嬢様気質の抜けないお母さんだけで家事育児などできるはずもなく。 そうなると働き手は長女の私だ。 ずっと小さな頃から弟妹のお世話と家事に明け暮れ、それなのにまだ産むと言うの? 「……ねえ、お母さんにとって子どもって何?」 「うふふ。それはね、愛の結晶よ」 愛。愛って何? 私はあなたの愛のために働き詰めなのですけど? 自分達の手に余るなら、そんなモノなど捨ててしまえっ! ❦R-15は保険です。 連載中のものが止まったままのくせに!とは言わないで(泣) 現在、作業中のものがなかなか終わらなくて息抜きのための不定期連載です。

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

【完結】純白のウェディングドレスは二度赤く染まる

春野オカリナ
恋愛
 初夏の日差しが強くなる頃、王都の書店では、ある一冊の本がずらりと並んでいた。  それは、半年前の雪の降る寒い季節に死刑となった一人の囚人の手記を本にまとめたものだった。  囚人の名は『イエニー・フラウ』  彼女は稀代の悪女として知らぬ者のいない程、有名になっていた。  その彼女の手記とあって、本は飛ぶように売れたのだ。  しかし、その内容はとても悪女のものではなかった。  人々は彼女に同情し、彼女が鉄槌を下した夫とその愛人こそが裁きを受けるべきだったと憤りを感じていた。  その手記の内容とは…

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

処理中です...