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45話
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「ここが?」
「はい、ここがダッド侯爵家のお屋敷です」
想像を遥かに超えていた。
大きなお屋敷。そして広い敷地。
手入れをされている庭にはたくさんの花々が咲いていた。そしていくつもの四阿があり、いろんな場所でお茶を飲みながら花を愛でることができそう。
この場所でたくさんのお茶会やパーティーが開かれているのだろうと想像できる。
そしてお屋敷。
クーパー侯爵家の屋敷ですら十分大きいと思っていたのにこの屋敷は格がちがう。
建物自体も国が違うからかもしれないけど、手の込んだ建造物だとわかる。とても美しく豪華な装飾が施されている。そして重厚感があり思わず見入ってしまう。
つい使われている資材もお金がかかっているのだろうなと思われる。
門番さんは私の顔を見るなり、頭を下げて「お待ちしておりました。どうぞ中にお入りください」とすぐに通してくれた。
彼らの目には『私』ではなく、お母様の『アーシャ』の若かりし頃の姿を思い出していたのだろう。
なぜか私の顔をじっと見つめて目が潤んでいた。
屋敷の扉の外に、昔と変わらず優しい瞳を私に向けるお祖母様が立っていた。
もう60歳を過ぎているだろうはずなのに若々しく凛とした姿で私に微笑んだ。
「お祖母様……お久しぶりでございます」
「ビアンカ……お疲れ様」
お祖母様は「おいで!早く抱きしめさせて」と大きく手を広げた。
私は迷わずにお祖母様の胸に飛び込んだ。
懐かしい母の匂いがした。
懐かしい母と同じ優しさを感じた。
優しく頭を撫でてくれる手は母と同じ。
何も言わずただお祖母様の胸の中で子供のように泣き続けた。
どれくらい泣いたのだろう。
母が亡くなってから声を出して泣くことはやめた。
だって、母が亡くなったことより悲しいことなんてなかった。辛いことなんて母が亡くなったことよりまだマシだと思えた。
継母からの嫌がらせや鞭で打たれることよりも、屋敷の中で母の存在が消えてなくなっていくことの方が辛かった。
まるでもうこの屋敷には母はいなくなったのだと私に思わせるように、母の好きだったカーテンや家具は消えて、母の部屋だった場所は物置部屋と化していた。
思い出すだけで辛い。
好きなだけ泣かせてくれた。
目は真っ赤に腫れて顔をむくんで、鼻の頭が真っ赤になり鼻水を啜る音に、自分でも恥ずかしくなった。
客室に通されると、メイドがホットタオルを渡してくれた。
「ビアンカったら幾つになってもまだまだ子供ね?変わらずにいてくれて嬉しいわ」
私の隣に座ったお祖母様はずっと私の肩を抱いたまま離そうとしない。
「ずっと会いたかったわ」と言って、離れていた時間を惜しむようにずっとピッタリとくっついていた。
少し落ち着くと「お腹が空いたでしょう?」と食事の用意をしてくれた。
「あの、私を送ってくれたビリーさん達は?」
落ち着いてくるとビリーさん達にまだ何もお礼を言っていないことを思い出した。
「皆さんには、今、別の部屋でゆっくり寛いでもらっているわ。今夜はうちの屋敷に泊まってもらうつもりよ。大切なビアンカを連れてきてもらったのだからきちんとお礼をしないといけないもの」
その言葉に安心した。
残念ながら私にはそれだけの力がない。
今はお祖母様達に甘えるしかない。
「夕方にはアーシャの兄のアルク家族が領地から帰ってくるわ」
今この屋敷にはお祖母様が暮らしているらしい。
伯父様達家族は領地で普段は暮らしている。いくつもの領地や鉱山を持っている侯爵家。
伯父様は忙しく飛び回っているので家族は田舎の領地でのんびりと暮らしていると聞いた。
従兄弟のアッシュは体が弱く田舎で療養しているのだと話してくれた。
「アッシュは大丈夫なのかしら?」
「随分元気になってきたのよ?体力もついてきたし食欲も出てきたの。ビアンカに会えることを楽しみにしているわ」
「私も楽しみです。従兄弟達とは初めて会うのだもの」
お祖母様や伯父様達とは会ったことがある。最後に会ったのは母の葬儀の時だった。
でも従兄弟達はまだ幼くあまりにも遠いので来ることはできなかった。
食事も終わり落ち着いた頃、執事が部屋にやってきたお祖母様の耳打ちをしていた。
「そう、わかったわ」
執事は私の顔を見るとにこやかな顔で「ビアンカ様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。執事のジョンと申します。ご用がございましたらいつでもお申し付けください」と挨拶をして部屋を後にした。
ジョンの顔にも私を懐かしむような表情が見えた。
そして通してくれた部屋は、お母様がこの屋敷で暮らしていた時の部屋だった。
「この部屋はずっとアーシャ様が嫁がれて出て行かれた時のままです」
定期的に掃除をしていたのだろう。
清潔で塵ひとつない。
この部屋だけは時が止まっていたかのようにお母様の物がたくさん残されていた。
ドレスや小物、ベッドもそのまま。
ベッドに横になるとお母様の胸に包まれているような気持ちになった。
長い旅の疲れが出てしまったのかそのまま眠りについた。
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
「あらあら、ビアンカったらぐっすり眠ってしまったみたいね?」
「疲れたのだと思います。起きたらビアンカをしっかり鍛え直さないといけないな」
「まぁ、貴方はビアンカを追いかけてここまで来たくせに!」
「お祖母様、ビアンカと約束したんです。ずっと俺のそばに居ると。俺が守ると約束したんです」
「だったらもう少し優しくしてあげなさい。好きな子に対して素直にならないと嫌われるわよ?」
「……こいつが素直に俺に助けを求めないからいけないんですよ」
「はあ~、ほんと貴方も素直じゃないわね」
「はい、ここがダッド侯爵家のお屋敷です」
想像を遥かに超えていた。
大きなお屋敷。そして広い敷地。
手入れをされている庭にはたくさんの花々が咲いていた。そしていくつもの四阿があり、いろんな場所でお茶を飲みながら花を愛でることができそう。
この場所でたくさんのお茶会やパーティーが開かれているのだろうと想像できる。
そしてお屋敷。
クーパー侯爵家の屋敷ですら十分大きいと思っていたのにこの屋敷は格がちがう。
建物自体も国が違うからかもしれないけど、手の込んだ建造物だとわかる。とても美しく豪華な装飾が施されている。そして重厚感があり思わず見入ってしまう。
つい使われている資材もお金がかかっているのだろうなと思われる。
門番さんは私の顔を見るなり、頭を下げて「お待ちしておりました。どうぞ中にお入りください」とすぐに通してくれた。
彼らの目には『私』ではなく、お母様の『アーシャ』の若かりし頃の姿を思い出していたのだろう。
なぜか私の顔をじっと見つめて目が潤んでいた。
屋敷の扉の外に、昔と変わらず優しい瞳を私に向けるお祖母様が立っていた。
もう60歳を過ぎているだろうはずなのに若々しく凛とした姿で私に微笑んだ。
「お祖母様……お久しぶりでございます」
「ビアンカ……お疲れ様」
お祖母様は「おいで!早く抱きしめさせて」と大きく手を広げた。
私は迷わずにお祖母様の胸に飛び込んだ。
懐かしい母の匂いがした。
懐かしい母と同じ優しさを感じた。
優しく頭を撫でてくれる手は母と同じ。
何も言わずただお祖母様の胸の中で子供のように泣き続けた。
どれくらい泣いたのだろう。
母が亡くなってから声を出して泣くことはやめた。
だって、母が亡くなったことより悲しいことなんてなかった。辛いことなんて母が亡くなったことよりまだマシだと思えた。
継母からの嫌がらせや鞭で打たれることよりも、屋敷の中で母の存在が消えてなくなっていくことの方が辛かった。
まるでもうこの屋敷には母はいなくなったのだと私に思わせるように、母の好きだったカーテンや家具は消えて、母の部屋だった場所は物置部屋と化していた。
思い出すだけで辛い。
好きなだけ泣かせてくれた。
目は真っ赤に腫れて顔をむくんで、鼻の頭が真っ赤になり鼻水を啜る音に、自分でも恥ずかしくなった。
客室に通されると、メイドがホットタオルを渡してくれた。
「ビアンカったら幾つになってもまだまだ子供ね?変わらずにいてくれて嬉しいわ」
私の隣に座ったお祖母様はずっと私の肩を抱いたまま離そうとしない。
「ずっと会いたかったわ」と言って、離れていた時間を惜しむようにずっとピッタリとくっついていた。
少し落ち着くと「お腹が空いたでしょう?」と食事の用意をしてくれた。
「あの、私を送ってくれたビリーさん達は?」
落ち着いてくるとビリーさん達にまだ何もお礼を言っていないことを思い出した。
「皆さんには、今、別の部屋でゆっくり寛いでもらっているわ。今夜はうちの屋敷に泊まってもらうつもりよ。大切なビアンカを連れてきてもらったのだからきちんとお礼をしないといけないもの」
その言葉に安心した。
残念ながら私にはそれだけの力がない。
今はお祖母様達に甘えるしかない。
「夕方にはアーシャの兄のアルク家族が領地から帰ってくるわ」
今この屋敷にはお祖母様が暮らしているらしい。
伯父様達家族は領地で普段は暮らしている。いくつもの領地や鉱山を持っている侯爵家。
伯父様は忙しく飛び回っているので家族は田舎の領地でのんびりと暮らしていると聞いた。
従兄弟のアッシュは体が弱く田舎で療養しているのだと話してくれた。
「アッシュは大丈夫なのかしら?」
「随分元気になってきたのよ?体力もついてきたし食欲も出てきたの。ビアンカに会えることを楽しみにしているわ」
「私も楽しみです。従兄弟達とは初めて会うのだもの」
お祖母様や伯父様達とは会ったことがある。最後に会ったのは母の葬儀の時だった。
でも従兄弟達はまだ幼くあまりにも遠いので来ることはできなかった。
食事も終わり落ち着いた頃、執事が部屋にやってきたお祖母様の耳打ちをしていた。
「そう、わかったわ」
執事は私の顔を見るとにこやかな顔で「ビアンカ様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。執事のジョンと申します。ご用がございましたらいつでもお申し付けください」と挨拶をして部屋を後にした。
ジョンの顔にも私を懐かしむような表情が見えた。
そして通してくれた部屋は、お母様がこの屋敷で暮らしていた時の部屋だった。
「この部屋はずっとアーシャ様が嫁がれて出て行かれた時のままです」
定期的に掃除をしていたのだろう。
清潔で塵ひとつない。
この部屋だけは時が止まっていたかのようにお母様の物がたくさん残されていた。
ドレスや小物、ベッドもそのまま。
ベッドに横になるとお母様の胸に包まれているような気持ちになった。
長い旅の疲れが出てしまったのかそのまま眠りについた。
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
「あらあら、ビアンカったらぐっすり眠ってしまったみたいね?」
「疲れたのだと思います。起きたらビアンカをしっかり鍛え直さないといけないな」
「まぁ、貴方はビアンカを追いかけてここまで来たくせに!」
「お祖母様、ビアンカと約束したんです。ずっと俺のそばに居ると。俺が守ると約束したんです」
「だったらもう少し優しくしてあげなさい。好きな子に対して素直にならないと嫌われるわよ?」
「……こいつが素直に俺に助けを求めないからいけないんですよ」
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