あなたの愛はもう要りません。

たろ

文字の大きさ
49 / 62

49話

しおりを挟む
「ごめんなさい………今はもうこれ以上話を聞きたくない……」

 継母の鞭の音が頭の中で鳴り響く。

 地面に鞭を打つあの音が聞こえると体が震えてきた。
 最初は痛いと思うくらいで我慢できた。だけど少しずつ痛みは増していく。

 継母とはできるだけ屋敷で顔を合わさないように静かに自分の部屋で過ごしていた。

 でも、書類の仕事を無理やり押し付けられ、間違いがあると呼ばれ鞭で叩かれた。

 それは少しずつ激しくなり、お父様は気づかないのか気づいても知らんぷりしているのか、助けてくれることはなかった。

 おかげで心は強くなった。泣き続けるよりもこの地獄から這い出してやるんだと思っていた。

 でも……お母様が殺されたことだけは許せない。お父様はお母様を愛していたはずなのに、継母とすぐに再婚した。

 それは知らなかったから?それとも知っていて継母を選んだの?

「一気にいろんなことを話し過ぎた……すまなかった……」
 殿下は肩を落とし項垂れていた。

 私は「違う」と小声で答え首を横に振った。

 殿下にもっと言いたいことはあった。

 私なんかのために夢を捨ててくるなんて……どうか国に帰ってほしい。

 貴方の夢を私なんかのために諦めないで!

 なのに、ずるい私は彼が傍にいてくれることを心強く感じてしまった。

 大好きだった人を諦めないですむかもしれない。そんな安堵感が一瞬湧いた……でもそれは私の幸せであって彼のためにはならない。

 これまでの彼の努力を簡単に捨て去ることはできない。

 私は殿下を拒否した。

 部屋から追い出し、彼に会いたくないと祖母に伝えてもらった。

 旅の疲れからなのか、精神的なショックのためなのかまた熱が出てしまった。

 背中の傷はもう治ったのに、継母に叩かれてきた腕や背中、太腿などがまた不思議に痛みを感じた。

 熱にうなされていただけなのに、体中が痛い。

 お祖母様が何度も心配して部屋に来てくれた。

「心配をおかけして申し訳ありません」

 弱々しく声を出す私を見てお祖母様は哀しみの色を浮かべた。

「心配くらいさせてちょうだい。ずっとずっと心残りだったの……貴女をあの国からどうして助け出さなかったのかと……そうすれば今頃貴女はこの国で学校に通い笑いの絶えない日々を過ごせたはずなのに……ごめんなさい。
 伯爵からビアンカを取り上げるのは彼の絶望と悲しみに追い打ちをかけてしまうと思ってしまった私の判断ミスだったわ」

 お祖母様は私のことを忘れてはいなかったんだ……

 それだけでも嬉しかった。

「お祖母様……私……使用人達には恵まれたんです。みんな家族のように優しく接してくれました」

「…………少しは幸せに暮らせたの?」

「はい、みんな優しかったです」
 
 お祖母様は涙ぐみながら私の手を握った。

「まだ手がとても熱いわ。熱がなかなか下がらないわね?もう一度お医者様を呼びましょう」

「寝ていれば大丈夫です……」

「何を言っているの?フェリックスがビアンカに色々話したことは知っているわ。いきなり話さないように言ったのに……貴女の顔を見たら我慢できなかったのね……」

「殿下が……王太子を辞めたなんて言い出したんです……そんなこと絶対駄目です、殿下は本当に努力をされてきたんです。私は幼い頃彼の努力を横で見てきたんです」

 涙が止まらない。何よりも受け止められない事実だった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

番ではなくなった私たち

拝詩ルルー
恋愛
アンは薬屋の一人娘だ。ハスキー犬の獣人のラルフとは幼馴染で、彼がアンのことを番だと言って猛烈なアプローチをした結果、二人は晴れて恋人同士になった。 ラルフは恵まれた体躯と素晴らしい剣の腕前から、勇者パーティーにスカウトされ、魔王討伐の旅について行くことに。 ──それから二年後。魔王は倒されたが、番の絆を失ってしまったラルフが街に戻って来た。 アンとラルフの恋の行方は……? ※全5話の短編です。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

処理中です...