あなたの愛はもう要りません。

たろ

文字の大きさ
64 / 64

64話

しおりを挟む
「ビアンカ!!」

 お父様の声に虚な目を向けた。

「………うさま……」

「こ、こないで!貴方なんか……いらない!貴方……なんか…大っ嫌い!」

 弱々しい声しか出ない。

 顔を見た瞬間、嬉しさよりも苛立ちを覚えた。
 助けに来てくれたのはわかる。

 なのに素直に喜べない。

 この人から受けてきた冷たい仕打ちは忘れない。
 この人のせいで母は亡くなった。
 この人のせいでずっと苦しく辛い思いをしてきた。
 この人のせいで今体は鉛のように重たく激しい痛みの中耐えていた。

 全てはこの人のせい。

「………すまない」

 お父様が苦しげな表情を見せた。

 全く心は痛まない。

 わたしのためにわたしに冷たくしたかもしれない。
 わたしのために無理やり嫁がせたのかもしれない。
 わたしのために継母と仲良くしていたのかもしれない。

 だけどこの人がわたしに与えた苦しみはこの人にはわからない。
 この人の気持ちがわたしにはわからないのと同じ。

「出て行ってください……あなたの助けなどいらない」

「わたしは君に触れない。他の者が助けるから」

 お父様はそう言うと地下の倉庫から出て行った。

 騎士の一人がお父様の後ろ姿を見送ってから、わたしのそばに来て「少し辛抱してください」とわたしを横抱きにして地下倉庫から救出してくれた。

 背中の傷が痛くて、苦痛で顰めていると「背中に傷があるのですね?」と騎士の背中におんぶされてしまった。

 かなり恥ずかしい格好ではあるけど、おかげで痛みが減ってホッとした。

 屋敷には女性のお医者様が駆けつけてくれていた。
 そしてオリエ様の姿もそこにあった。

「ビアンカ様!酷い怪我を!すぐに治療してあげてください」

「ええ、すぐに処置いたします」

 男性はすぐに部屋から追い出されお医者様とオリエ様が残された。

 制服を脱ぎ、下着姿になったわたしの体を見てオリエ様は何も言わずに手を握りしめてくれた。

 オリエ様の手は少し震えていた。

 かなり鞭で打たれ続けたので背中や太ももの傷はかなり酷い。

 さらに顔にも鞭の痕があった。

 頬を切れて真っ赤に腫れ上がっていた。

「オリエさま……」

 不思議にオリエさまが傍にいてくれるだけで心が落ち着いた。

 そんな時部屋の外が騒がしくなった。

「ビアンカ!どけ!ビアンカ!」

「ダメです!治療中です」

「中に入れろ!」

「中には女性のお医者様と女性の騎士のオリエ様しかおりません。ビアンカ様は治療中です!もうしばらくお待ちください」

 聞こえてきたのはフェリックス様の興奮した声だった。

 探してくださっていたのだろう。とても心配してくれていたことが窺える。

 オリエ様がわたしの手を離すと「少し話してきますね」と部屋を出て行った。

 フェリックス様に

 傷の手当てが終わり新しい服に着替えた。

 この屋敷は継母のもの。ここにいるわけにも行かずわたしは侯爵家へと連れて帰ってもらうことにした。

 ただドレスは窮屈で傷に触るため、寝巻き姿でこの屋敷を出なければならない。
 貴族令嬢としては他人にそんな姿を見せるわけには行かず、オリエ様が人目にあまり触れないようにとわたしにガウンをかけて馬車に乗せてくれた。

 フェリックス様はそんなわたしの姿を仕方なく遠巻きで見ていた。

 彼と目が合うと微笑んで見せた。

「大丈夫だよ」と彼に伝えたかったから。

 お父様の姿もあったがわたしは気づかないふりをしてそちらへは視線を向けなかった。

 自分でもとても性格が悪いなと思いながらもどうしてもお父様に優しく出来ずにいた。


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~

水無月あん
恋愛
私は伯爵家の娘ローザ。同じ年の侯爵家のダリル様と婚約している。が、ある日、私とはまるで性格が違う従姉妹のフランを預かることになった。距離が近づく二人に心が痛む……。 婚約者を奪われた側と奪った側の二人の少女のお話です。 5話で完結の短いお話です。 いつもながら、ゆるい設定のご都合主義です。 お暇な時にでも、お気軽に読んでいただければ幸いです。よろしくお願いします。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。 王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。 王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

処理中です...